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銃器と魔研者  作者: シゲル
7/9

第七章

1章から9章までの、長編分割投稿です!

文字数は、ライトノベルの文庫本、約一冊分。


今作の更新日については、毎日一章ずつとなっております。

『2月14日(火)~2月22日(水)』


章ごとに、文字数のバラツキがあります。

また、全体で未熟な部分がございますが、その点を合わせ、ご了承を願います。



 廊下に出たダンは、天気を見た。

 雨はぼんやりと窓の景色をにじませ、暗雲の中で稲光が泳ぐ。

「雨は濡れるから嫌いだ」

 他愛のない独り言を漏らし、彼は自分自身の寂しさとむなしさをごまかした。

(あいつに話しかけるタイミングが悪かったな。まあ、時間ならまだある)

 ダンは冷静に、話せなかった問題を分析してから、先頭車両へ向け歩き出す。

 腰に提げたダガーを一度抜き差ししてから、ダンはコートの裏に忍ばせている二本のマチェテに、手を伸ばした。

(武器はある。あとは、例の女がどれだけ強いのかによるな)

 ちゃんと武器があることを確認したダンは、コートの中から手を出して、倒したテーブルの陰に隠れる、警備員と思しき男に声をかける。

「お疲れ様」

「んっ、お前は? ここは危険だから、食堂車に戻れ」

 その言動からして、口ひげを蓄えた男は、やはり女の動向を見張る警備員のようで、ダンに乱暴ではあるが、引き返すよう忠告した。

 だが、ダンはその言葉を聞かず、ヘラヘラと笑ってズボンのポケットに手を突っ込む。

「ああ、ちょっとこの先の女の件で、仕事を受けてな」

「仕事? そんな話……」

 と髭男が言い掛けたタイミングで、ダンはすかさずしまっていた赤いダガーと拳銃が刻まれた円形のエンブレムを取り出し、見せつけた。

「早急の事態なんだ。これで話はわかるだろう」

「紋章持ち……っ! お前、何者だ……!」

 警備員の目は驚愕に見開かれ、ダンはネックレスタイプのエンブレムをポケットにしまいながら、簡単な嘘を吐く。

「言っただろう。仕事を受けたんだ。信じる、信じないかはお前の勝手だが、俺が敵ならお前には声を掛けないね。それに今は人手が必要だろ?」

 理にかなったことを口にするダンに、髭男は値踏みするように足元から頭のてっぺんまで視線を辿り、意を決したように頷いた。

「……わかった。健闘を祈る」

 髭男はテーブルを超えられるよう立ち位置を変え、ダンは肩合掌でお礼をしながらバリケードの役割をするテーブルの上をひょいっと跳ぶ。

「さあ、行くか」

 覚悟を決めるかのように、ダンは自分にその言葉を言い聞かせると、早足で女がいるという三両目の貫通扉を開いた。そして、

「――ようやく来た、ダン」

 無機質な声。

 聞き馴染みのその声に、ドアを開いたダンは途端に耳を疑い、目を見開いた。

「……どういうことだよ、これは?」

「どうもこうもない。あなたは私を倒すためにここに来て、私は邪魔するあなたを殺すためここにいる……それだけ」

 黒のローブを身に纏った彼女の体は、女性らしいフォルムをなぞっており、輪郭は彫刻家が万人受けするよう作品ようで、一度見たら絶対に忘れることはないだろう。

 そしてそれは、彼女の幼なじみであるダンも同様だった。

「エレナ……お前、なぜこんなところにいるんだよ?」

「用があるからここにいる。ダンは本当にバカ」

 エレナは眉一つ動かすことなくダンを貶すと、血濡れた薄桃色のカーペットを軋ませ彼の元へ歩み寄る。

 それは誰の血なのか、そして誰が凄惨な現場を作ったのかは一目瞭然。

 しかし、あえてダンはそのことを彼女に追求しない。

「ダン、クラルスは今どこにいる?」

「クラルス? あいつなら、後ろの車両にいるが、エレナ、お前はなぜここにいるんだ? お前はコレット先生の元で働いているんじゃなかったのか?」

「私は確かにコレット先生の元で働いている。でも、仕事はそれだけじゃない」

 エレナは通路の半分ほどの場所で立ち止まり、ジィっとダンを見つめる。

「そうかい。んなら、なぜ、クラルスを?」

「必要だから……それだけ」

 互いに真実を濁し、探るような問答。一問一答の声をぶつけ合った。

 このままダンは、穏便にことを進めようと試みるが、

「お喋りはここまで」

「なんだと?」

 エレナは目を伏せそう口にすると、ダンは眉をひそめて聞き返す。

「俺と話すの、そんなにつまらないのか?」

 ヘラヘラと軽薄そうな笑みを浮かべ、両手を挙げる。

「あまり、ダンと話してもメリットが無い。早い話、時間の無駄」

「そうか? 俺は楽しいぜ、なにせ離れ離れだった幼なじみともう一度再会できたんだから」

「私は別に楽しくない」

「ははっ、相変わらず冷てーなお前は」

 冗談を飛ばすように、彼は喉を鳴らして笑う。

 だが、そんな言動とは裏腹に、彼の心は焦りを抱えていた。

(マズイ……最悪の流れだ。このまま話が終われば――俺は、こいつ(エレナ)と戦うことになる)

 ダンの脳裏で思い描かれるシナリオ。

 それは、例え喧嘩っ早い性格である彼であっても、実現してほしくない。

「ダン、この質問に答えてくれれば、あなたに危害は加えない。だから答えて」

 そんなことを思うダンの心情など知らず、エレナは挑発、もしくは侮辱の両方に捉えられる言葉を簡潔に問い掛ける。

「あなたは、私の邪魔をする?」

 ダンは一瞬、息を飲む。が、すぐいつもの笑みを浮かべた。

「冗談はよしてくれ。知ってるだろ、俺の仕事」

「ダンは守るのか守らないのか、どっち?」

 淡々と、感情を込めることもなく、エレナは追求する。

「……」

 彼は答えられず口を噤み、そのアクションに対し、エレナの対応は早かった。

「……そう、答えない。なら、あなたはもういらない」

 と――言葉を吐き捨てた途端、エレナは姿勢を前のめりにし、廊下を駆ける。

 ダンは咄嗟にダガーの柄に手を遣り引き抜くが、間近に迫るエレナの顔を見て、その動きが鈍った。

「くぅっっっ! あぶねぇ!」

 膝蹴り。

 ローブをはためかせ、ダンの金的目掛けエレナは膝を真下から突き出したのだ。

 ダンはそれを左手でいなすと同時にバックステップを踏み、距離を取る。

「惜しい……」

 かのじょは抑揚の少ない声で、不吉なことを口走った。

「おまっ!? 今惜しいって言いやがっ――つぅっ!?」

 口を開く暇も与えず、エレナはダンを貫通扉に押さえつけると、ローブの袖に仕込んでいたナイフを取り出す。

「チッ!」

 さすがのダンも命の危険を感じ、腰に提げたダガーを引き抜き、腹部に迫っていたナイフを真横に弾いた。

 吹き飛んだナイフは、雨が降りしきる窓へと吹き飛び、不快な金属音を奏で床に落ちる。

「これが、傭兵として生き延びた力……」

 エレナは珍しく、感心したように息を吐いた。

 その隙に、ダンは彼女の首筋に刃を添える。

「見違えた。まさかお前がここまで動けるとはな。だが、この程度じゃ俺は殺せない」

 ダンは本心を述べ、目元を威圧的に細くさせた。

「だから、このまま手を引け。お前がやったことも、今この場を去れば見逃してやる」

「私のやったこと……? それって、人殺し?」

「そうだ。俺も仕事上、何人もの人間を殺してきた。そんな悪党である俺が、ああだこうだいう義理はないからな」

「……そう」

 彼女は息を吐くように声を漏らすと、すぅっと一歩後ろに下がる。

 その行動に、ダンは安心したように鼻を鳴らし、口元に柔和な笑みを浮かべた。

「ありがとうな、エレ――」

「――やっぱり、ダンはバカ」

 遮るようにエレナは口を開く。

 ダンがその言葉の意味を理解するよりも早く、彼女は腰の高さよりも体勢を低くして、足払いを繰り出した。

「なぁっ!?」

 彼はバランスを崩し、咄嗟に窓の縁に手を着く。

 当然、それを狙っていたエレナはその隙を見逃さず、床に落ちたナイフを拾い上げ、ダンの喉仏に切っ先を突き立てた。

「この程度じゃ、私は殺せない」

「はっ、こいつは見事な意趣返しだ。相手が女子供だからって油断するなって、よく親父から言われたが……男は弱い生き物だよ、まったく」

 体勢を崩したダンが刃を振るったところで、喉に突き立てられたナイフの方が早く彼の喉を貫くだろう。

 しかし、彼女はその切っ先を離し、再びダンから距離を取った。

 あまりの事態に、ダンは目をパチパチと瞬かせ、エレナの背中を撫でるポニーテールを見つめて問い掛ける。

「俺のこと、殺さないのか?」

「さっき、あなたは私のことを殺さなかった。それのお返し」

「義理堅い。まあ、俺としては大助かりだがよ」

 意図を理解したダンは、へらっと笑みを浮かべ立ち上がる。同時に、感触の悪い汗が彼の背筋に浮かんだ。

(手加減したら俺が死ぬ。まったく、愉快なくらいに強くなってくれるぜ、こいつは)

 ダンは握り締めるダガーを見つめ、力を込めた。

 が、その手は微かに震える。

 口では余裕綽々なことを言いながらも、彼は怯えていた。幼少の頃、共に生きてきた友と対峙することになったのだから。

 そんなダンの様子など目も遣らずに、エレナは無表情のまま静かに尋ねる。

「ダンがいくらバカでも、ここまですれば理解したでしょ?」

「……ああ」

 そして、ダンは一瞬の間を置いてから嘘を吐いた。

「わかった。お前が今、どうしたいのかは」

「よかった、なら始めましょう」

「が、その前に、これだけは教えてくれ。なんでお前は、こんなことをするんだ? こんなことして、何になる?」

 その問いに、エレナは目元を糸のように細くこらして彼を見据えると、口元を綻ばせる。

「理由? そんなの簡単。私の命の恩人、コレット先生とマリン先生のため。だから私は、二人が望めばなんだってする。誘拐や殺し、人体実験だって」

「なにを言ってやがる、マリン先生はもう……」

「マリン先生は殺された、憎き貴族に。でも、コレット先生とクラルスの力があれば、マリン先生も生き返ることができる」

「なんだと?」

 戯言にしか聞こえないエレナの話。

 だが、どんな怪我でも治る万能薬を作り出せる魔力石の存在……死んだ人間を蘇らせることも可能なのではないかと、そんな希望も湧いてしまう。

 しかし、唯一腑に落ちない点があった。

「先生とクラルスの力が必要なら、この列車を襲う必要なんてないだろ」

「ある。だって、マリン先生を生き返らせるには、クラルスの身体が必要だから」

「っ!?」

 投下されたその一言に、ダンは息を飲み、エレナは事件の種明かしを始める。

「クラルスの身体は、マリン先生を再現するのに適している。それに、当時の記憶や魔法学の知識も、全部クラルスなら持っている。でも、魔研者として名前があるクラルスがコレット先生の屋敷でいなくなれば、真っ先に先生が疑われる。だからこうして、列車強盗に襲われたことを建前に、クラルスを攫おうとしている」

 その説明に、ダンは唖然となり、拳を固めて聞き返した。

「クラルスを犠牲にして蘇らせる? エレナ、コレット先生は、そんなイカれた計画をやろうと思ってんのか?」

「ダンはバカ。コレット先生は正しいことをしているだけ」

「おいおい、お前まで狂ったか?」

「私はコレット先生が望むことを手伝っている」

「そいつを狂ってるって言うんだよ……」

 世迷い言。

 どんな人間に訊こうが、足のつま先から頭のてっぺんまで馬鹿にされそうな計画。

 だがそれを、さも当然のように説明し、かつ現在進行形でエレナは実行しているのだ。

 もはやこれは、義理でも何でもなく、忠誠……もしくは心酔と言えるだろう。

(やるしかねぇ。こんな馬鹿げた計画にクラルスを犠牲にしていいわけない)

 ダンはダガーの柄を力強く握り締め、迷いを捨てた。

 その証拠に、手に震えは見えない。

「お前のその話を聞いて、腹くくったよ」

 ダンのブレない瞳を見て、エレナは表情を能面のように冷たく変え、ローブの前紐をほどく。

「そう。初めから、ダンはこの計画に賛成してくれないと思ってた」

 彼女はローブを脱ぎ、床に落とす。その下は、コレットの屋敷で身に着けていたメイド服姿で、白いエプロン部分には返り血が付着していた。

「なら、なぜそうベラベラと話した?」

 ダガーを胸の高さに構え、ダンは中腰になる。

「答えた理由……クラルスを守るあなたには、この計画を知ってほしかったから」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味。それよりも、いいの? 敵は私だけじゃない」

「は……?」

 とダンが反応するが早いか遅いか、後方で爆発音が轟いた。

 窓ガラスを左右に振動させ、列車があぜ道を走ったかのような小刻みな揺れがダンの足をおぼつかせる。

「なんだ、今のは」

「コレット先生が雇った傭兵が、貨物室に爆弾を仕掛けていた。それに、誰かが引っかかっただけ」

「誰か……?」

 その話を聞いたダンは、この列車の警備長であるウォーターが話していた、起死回生の策――貨物室への襲撃の件を思い出した。

 そして今起こった揺れを踏まえれば、彼らがその罠に掛かったことは容易に想像付く。

「あいつらがやられたのか。まあ、強盗の侵入を許すほど勘が鈍っていたんだ、妥当だな」

「……それだけ?」

「何がだ?」

「ほかの人がやられたのに、何も思わない? 昔のダンは、誰かが傷付けばすぐに怒ってた」

 エレナは小首を傾げ、不思議そうに尋ねると、問われたダンは息を吐き出す。

「はっ、お前がそんなことを訊くとは、意外だな。ただまあ、その質問に答えるとしたら、ノーだ。顔見知りがやられるのは味気が悪い」

 ダンはまっすぐとエレナを見つめ、能弁に続けた。

「だが、どれくらい心に響くかと聞かれれば、そんなに響かないな。なにせ、俺の目的はクラルスと、あいつの大切なものを守ることだ。よその生死なんて俺にはどうだっていい」

「それが、今のダンの答え」

「ああ、俺の答えだ」

 自分勝手でありながら、どこか理にかなっているダンの言葉に、エレナは首を横に振る。

「今の爆発でダンの隙を衝く予定だったけど、作戦失敗……。だから、とっておきを出す」

 その一言に、ダンは集中力をさらに研ぎ澄ませ、彼女の出方を伺うと。

「ダン、これが何かわかる?」

 エレナはポケットから一本の注射器を取り出した。

 その中は緑色の液に満たされており、ダンは一目で理解する。

「強化薬……! くそっ!」

 エレナが取り出した注射器を目にしたダンは、それを使わせまいと、ダガーを投げ牽制。

 回転して迫りくる刃に、彼女はナイフを横に振って防いだ。

「はぁっ!」

 ダンはその振り切りざまを衝いて、エレナを取り押さえるため廊下を駆ける。が、

「ほしいならあげる」

「っ!」

 ぽいっと、エレナは注射器をダンに向けて放り投げた。

 予想にもしていなかった行動を前にし、彼は咄嗟に注射針を腕で薙ぐが、今度はそれを逆手に取られる。

「お返し」

 エレナは振り切っていたナイフを逆手に持ち直し、迷うことなくダンの右肩を斬り付けた。

「っっっ……!」

 コートにシャツと、ダンの着物は鮮血に染まり、ぽたぽたとピンクのカーペットに血痕を残す様は、彼の命をそぎ落とすかのように生々しい。

 悲鳴を上げなかったのは、何度もこういった場面に遭ったからか。ダンは片目を瞑り、苦痛に呻く。

 エレナはバックステップで彼から離れると、ナイフを眼前に持ち上げ、付着した血を見つめた。

「あんな単純なやり方に引っかかるなんて……ダン、本気出してる?」

 彼女の問い掛けに、ダンは傷口を手で押さえながら、痛みに引きつる口角を無理やり上げる。

「なに、気にすんな。ただ、お前みたいな美人を傷物にするのが、忍びないだけさ」

「面白い冗談」

「美人ってのは、本音だぜ」

「そう……なら、大人しく私に殺されて」

 そう言い終えると、エレナはスカートの下に隠していた麺棒を片手に、ダンへと接近した。

「あいにく、殺されるのは勘弁だ」

 ダンはコートに仕込んでいたマチェテを左手で抜くと、突き出された麺棒を刀身で真横に受け流す。

 そして、肩傷の痛みに眉をひそめながらも、ダンはエレナの麺棒を持つ手に手刀を打ち込んだ。

「……っ!」

 ぐにゃりと、初めてエレナの顔に苦悶の表情が浮かび、握っていた得物を床に落とす。

 それでも彼女はもう片方の腕を突き出し、ダンへと反撃を試みるが、

「おらぁっ!」

 ダンは自身の胸を力任せにエレナへと突き出し、彼女の攻撃が不完全なままワザと受けて威力を相殺した。

 攻撃が弾かれてしまったエレナは、小さく舌打ちをして再び距離を取ろうとするも、彼女の戦法を先読みしたダンは、マチェテの柄で彼女の横腹を突く。

「っかはぁ……!」

 体勢を崩したエレナは部屋の扉にぶつかり、その怯んだ際にダンは彼女を床へと押し倒した。

「俺に掴まれないよう、攻撃して後ろに下がるのは悪くなかった。が、そう何度も同じ手が通じるほど、戦いは甘くねぇぞ」

「くぅっ!」

 仰向けに倒されたエレナは、悔しさと靴底で押さえつけられた両腕の痛みに歯を食いしばりながらも、ダンを射貫き殺さんばかりに睨み付ける。

 ダンはその眼差しに動じず、マチェテを逆手に持った左手を振りかざした。

「俺の目的は、覚えているな?」

「……バカにしてるの、ダンは?」

「ああ、バカにしてるよ。クラルス(アイツ)を犠牲にしてマリン先生を生き返らせるだ? んな狂った計画を実行しようとしているお前なんか、大馬鹿だ」

「そう……なら、早く私を殺して。殺さないなら私を離して……コレット先生とマリン先生のため、あなたをすぐ殺すから」

 自身の生命の危機に陥りながらも、エレナは恩師のために働くことを口にする。

 そんな彼女の言葉に、ダンは口角をわずかに持ち上げ薄く笑うと、マチェテを持つ手に筋を浮かばせる。

「なら、お望み通りに」

 そう言って、ダンはマチェテを勢いよく振り下ろした。



 突如響いた爆音に、どよめく食堂車両。

 そんな不安の声に埋まる車内に座っていたユリア・ウェルベルは、立ち上がって音がした方向を見つめた。

「今の音は……貨物室から?」

 ユリアはざわつく気持ちを抑えるように、拳を握り締め胸に当てる。

 警備長であるウォーターと、ユリアより五つ年上であろう若い警備員が、貨物室に向かって数分。

 何も音沙汰ないと思ったその後すぐ、今の爆音聞こえたのだ。

「一体、何が……? いえ、それよりも先に、このことを二人に……っ」

 と、ユリアは二人がいる車両へとつま先を向け歩き出す。

しかし、数歩歩いてから彼女は、あるやり取りを思い出し、足を止めた。

「……確か、お二人はほかの方の治療に向かいました。そんな忙しいのに、何も情報を持たないまま助けを求めても、迷惑を掛けるだけ……。それどころか治療の邪魔をして、二人の足をただ引っ張るだけです」

 自身が反射的にしでかそうとした行動に待ったをかけ、ユリアは首を横に振る。

「そんなのはダメです。だったら、あたしはどうすれば……?」

 彼女は通路に立ち尽くしたまま顎に指を添え、首を傾げた。

(あたしはクラルスお姉様のように、治療の魔法学は学んでいません。それに、ダンお兄様のように、戦うこともできません……なら、あたしは何ができる?)

 自分に何ができるか、そうユリアが思慮に更けていると、

「ダメだ、こんなの耐えきれん! おいっ、ここの警備員はどこへ行った!」

 恐怖のあまり、大声を上げたスーツ姿の男性。

 彼はクラルスたちがくぐった貫通扉へと向かうため、突っ立つユリアを押し退けた。

「キャッ」

 列車の軽微な揺れもあり、彼女はバランスを崩して倒れそうになるも、近くにあったテーブルの角に手を遣って何とか踏ん張る。

 だが、肩に掛けていたユリアのショルダーバッグは、その勢いのまま椅子に座っていた女性の脚にぶつけてしまった。

「痛いっ! ちょっと、あなた何するのよ!」

「はっ、ご、ごめんなさいです!」

「堅い物にぶつかったわよ! 一体なにを入れているのよ!」

「ごめんなさい!」

「まあまあ、ハニー落ち着いて。君も、危ないからどこかに座って。ほら、向こうの席が空いてるから」

「はい、わかりました……」

 叱られたユリアは、肩を落として迷惑を掛けたカップルから離れ、言われた通り空いている席に歩み寄る。

「あたしは……へっぽこです」

 ダンとクラルスの力になれることが無いと気が付いた上、踏んだり蹴ったりな目に遭い、ユリアは一人落ち込む。

「誰かの怪我を治すことも、悪い人を倒すこともできません。あたしは、クラルスお姉様に色々教えてもらって、ダンお兄様には助けていただいたのに、何も、何もお返しすることができません。こんなんじゃ、お二人の友だちだなんて言えません」

 降りしきる雨は不安に拍車を掛けるかのごとく窓を叩き、未だ静けさを取り戻さない食堂車。

 ユリアの落ち込む姿は、そんな車内にじわじわと飲み込まれ、彼女を無力な存在へと引きずり込んでいく。しかし、

「……ダメです。こんな風にうじうじ考えたら、魔研者失格です」

 自らを叱責し、ユリアは頬を叩いた。

 周りの乗客が何事かと視線を遣るが、彼女はお構いなしに「よしっ」と小さく気合いを入れる。

「お二人みたいに、お役には立てません。でも、何が起こったのかを見に行くぐらいなら、あたしだって……それに、いざとなったら魔石銃だってあります」

 そういって、彼女は茶色いショルダーバッグを撫で、覚悟を決めた。

 ユリアは貨物車両がある場所へと歩きながら、ハンチング帽を被りながら位置を直す。

 周囲でユリアの様子を見ていた乗客たちは、今は関心無く俯いており、周りは神に祈る者、恋人と手を繋ぎ励まし合う者、恐怖を紛らわせるため酒に溺れる者など、多種多様だ。

 そんな喧噪を抜け、彼女は貫通扉をくぐる。

 皆自分や愛する者に対して意識を向けているため、彼女が一人で貨物室へと向かったことなど、誰も気に留めない。

 正面を向きながら、音を立てないようゆっくりと戸を閉めたユリアは、真っ直ぐ通路を見つめた。

 そこはダンと三人の強盗が戦闘を行った際の弾丸や血液が至る所に痕を残し、割れた窓ガラスからは雨が入り込んで桃色のカーペットを黒く染める。

 平和な日常では目にしない物騒な光景に、ユリアは喉を鳴らした。

「大丈夫……大丈夫です……」

 ユリアは自分を鼓舞するように呟いてからしゃがみ込み、ショルダーバッグから彼女の小さな手を簡単には不釣り合いな大型口径の魔石銃――『アントン』を取り出す。

「大丈夫……あたしには、この子があります。弾も、ちゃんと用意していますから」

 そう言って取り出したのは、ユリアが自ら作成した強力な徹甲弾。

 彼女は『アントン』のグリップから弾倉を手元に落とすと、七つの徹甲弾を入れてから、カシャッと小気味の良い音を立てて戻し、スライドを引いた。

 これでトリガーを引けば、いつでも弾が撃ち出せる。

「……不思議です。持ち慣れているはずなのに、いつもより重たい」

 握り締めた『アントン』に視線を落とし、ユリアは囁いた。

(これが、人を撃つ銃の重み……知らなかったです……)

 娯楽に近い感覚で銃を作っていたユリアは、初めて戦場でその銃を持ち、自身が作り出したものに畏怖を抱く。

 だが同時に、その性能を隅から隅まで理解しているため、愛おしさも感じていた。

「……」

 ユリアはショルダーバッグを片手で持つと、近くの部屋に置いて身軽な格好に。

 今、彼女が持っているのは一丁の銃、『アントン』だけだ。

「……ふぅ。それじゃあ、行きます」

 気持ちを抑えるため息を吐くと、ユリアは再度気合いを入れ直して廊下を進む。

 革靴で飛び散ったガラスを踏む度、パキパキと尖った音が鳴った。

 雨が入り込む場所に差し掛かってもユリアの歩調は一定で、柔い頬には雨粒が伝い、黒いケープは水を吸う。

 その地点を抜けて扉に着くと、湿った雨のにおいに混じって漂う、鼻につく火薬のにおい。

 次の車両へと続く貫通扉を開かずとも、ユリアはこの先で何が起こったのかを理解する。

「ウォーターさん……」

 それでも、現場を見ずに引き返すのは見ていないも同然。

 ユリアは意を決してノブに手を掛け開くと――、

 響く発砲音。辺りにバラバラと飛び散る、血濡れた肉片。

「くははっ! やっぱり、殺しは自分の手でやるのが最高だなっ!」

「この、外道め……!」

 耳障りな下銭な高笑いと、弱り切ったしわがれ声。

「ウォーター……さん?」

 ユリアの瞳に映し出されるのは、昨夜騒ぎを起こしたリカルドと名乗る傭兵。

 そして、血まみれの状態で床に膝を着く、マイク・ウォーターの姿だった。

「外道で結構。ここはすでに戦場だ。おれが持ってるのも旅を楽しむシャンパンじゃなく、お前らを殺すための銃。終わったんだよ、平和な時間は」

「くっ……!」

 ウォーターは悔しげに拳を握り締め、眼光鋭くリカルドを睨んだ。

「にしても、こいつも運が悪ぃな。お前みたいな上司を持ったばかりに、このザマだ。おれたちが何も準備せず、お前らを待つと思ってんのか?」

 リカルドはケタケタと歯を見せ笑い、ソードオフショットガンを肩に乗せながら足下に視線を落とす。

 やってきたユリアも、それに釣られてその先を見遣ると、顔の血の気が引いた。

「あぁ……あぁ……っ」

 彼女は目を見開き、口から震え声が漏れる。

 床に転がる、無残な死体。

 それはジャスタスと呼ばれていた若い警備員の成れの果てで、ハツラツとしていた生前の彼を見ているため、ユリアの心を襲う衝撃は、鋭利な刃物で切られたかのように深い。

「あンッ? おいおい、これはどういうことだ?」

 微かに漏れた息づかいもあり、ユリアの気配に気が付いたリカルドは下銭な笑みを浮かべたまま視線を遣る。

「あのクソガキにくっ付いて、ビクビク怯えてた小娘じゃねぇか。こんなところに何の……いや、愚問だな。お前の手にあるモンが、すべてを語ってるわけだしな」

「っ……!」

 リカルドはユリアの手に握られた銃に、殺気立ったように目を細め、彼女は息を飲んで銃口を向けた。

「ほう、おれに(そいつ)を向けるか。だが、変だな? 震えているぞ」

「……」

 その質問に返事をせず、ユリアは唇の裏で歯を食いしばる。が、手元はフルフルと照準が定まらない。

 滑稽な彼女の姿に、リカルドはバカにするように天井を見上げて笑い、目元を片手で覆った。

「ギャハハハッ! 幼児のお遊戯か、そいつは?」

「っっっ!」

 挑発的な彼の言葉に、さすがのユリアも頭にきて引き金に力を込める。

 しかし、弾丸が撃ち出されるまでに至らなかった。

「撃たないのか? お前が撃てば、おれは死ぬぜ?」

 そう言って、リカルドはユリアに正面を向けると、身体を大の字に伸ばす。

「ほら、撃てよ。お前の震える手でも当てられるよう、マトは大きいぜ?」

「っ……!」

 自らの命を危険に晒す行為に、ユリアは恐怖に足を一歩退いた。

 対してリカルドは愉快に笑って、彼女に一歩近づいた。

 彼は遊んでいた。

 普段の彼であれば、このような命を張った行為はしないだろう。

 だが、自らの手で人を殺した高揚感と、相手が争いごとを好まない女……しかも、人殺しに抵抗を覚える子供が、蛮勇を振るって向かってきたこともあり、悪趣味にも彼は嗜虐心を覚えていた。

「撃たないのか? 撃てば、お前はみんなから拍手喝采だぜ? 『人殺しをしてくれて、ありがとう!』ってな」

 リカルドはユリアの人としての罪悪感を針で刺すように、言葉を投げかける。

「銃を持ってんだから、使い方くらいわかってんだろ? トリガーを引いて、おれの頭を吹き飛ばす。あの床に転がった野郎みたいに、な」

 後ろ指で無残な死体を指し示し、タチの悪い例え方をされたユリアは、顔を引きつらせ、極力死体を視界に写さないようリカルドを見た。

「どうした? そんな怯えた目じゃ、おれは殺せないぜ?」

「そ……そんなの、関係ありません」

 ようやく、ユリアは応答し、リカルドは嬉しそうに声を弾ませる。

「お前は怯えた小動物が、目が据わった肉食動物を殺せると思ってんのか? 第一、よく考えてみろ。この列車に乗った不運な奴らは、一体どんな風にしていた?」

「どんなって……そんなの……」

「おれの予想だと、奴らは皆、恐怖と絶望に沈んでいただろうな。お前みたいに、自ら銃を手に戦おう、なんて奴はいなかったはずだ」

「……!? どうして、それを……っ!」

「そういうもんなんだよ、平和ボケした奴らは。よそが解決してくれるから、私たちは落ち込んでおきましょう、ってな」

 能弁に語るリカルド。

 その足下で、ウォーターが床に転がるショットガンにこっそりと手を伸ばそうとするが、届きそうなところでリカルドはウォーターの手を踏みつけた。

 苦悶のうめき声が漏れる。

「おいおい、水差すようなことすんな、ジジイ。首から上、吹き飛ばしてぇのか?」

 その威圧的な問いに、ウォーターは指が折れた痛みに顔を引きつらせながらも、不敵に笑った。

「できるもんならやってみろ。それとも何か? 貴様あの小娘と同様、儂を殺すのが恐いのか?」

「ほざけ、老いぼれがッ!」

 挑発的な一言に、リカルドはすぐ頭に血を上らせ激昂。

 靴底でウォーターの手を、力強くこすった。

「はがぁ……っ」

「爆発で吹き飛ばされ、打ち所が悪かったか? んならお望み通り、ぶっ殺してやるよ!」

 リカルドは足を後ろに引いて、躊躇うことなくウォーターの胸を蹴る。

 苦息が漏らすウォーターなど、気にも留めずただただ傷め付ける。

 靴は血で赤くなり、黄ばんだ歯が床に転がる。

 人間とは思えぬ所行。

 それを目の当たりにしたユリアは恐怖に心を蝕まれるが、リカルドに向けた銃口は外していない。

(あたしのことを、気にも留めていない……? あたしが撃てないって、思っているから?)

 ユリアは揺らぐ銃口を一点に留め、息を吐く。

(恐がったら……ダメ。あたしは……あたしは守るために、人を……)

 そしてユリアは信念を持ち、指に掛けた引き金を引いた。

 魔石銃『アントン』から撃ち出された弾丸は、リカルドの横腹に被弾し、そこを抉るようにして吹き飛ばす。

 横腹を打ち抜かれたリカルドは、初めは驚いたように目を見開くが、瞬時にユリアに笑いかけ……。

 床に勢いよく転がっていく。

 大型口径のハンドガンの衝撃で、バンザイをするような態勢になるユリアはその姿勢のまま硬直し、死ぬ前に彼が残した笑みが、もう一度脳裏によぎった。



「……ダン、どうして?」

 振り下ろされたマチェテを横目で見て、エレナは馬乗りになったダンを見上げた。

「……手元が狂った」

 問い掛けに、ダンは真面目な表情を崩してヘラヘラと笑う。しかし、その笑みは左肩に付けられた傷の痛みもあり、どこか無理をしている。

 その取って付けたような言葉とふざけた表情に、エレナはため息を吐いて胸を揺らし、ジィッと不満げに目を細めた。

「殺しのプロであるダンが、そんな単純なミスをするわけない。どうして、私を生かした?」

「プロはミスしない? はっ、ミスなんて誰だってするさ。どんな偉い貴族だって高名な学者だって、スラムの子供だって」

 マチェテを引き抜き、ダンは立ち上がる。

 その行動はミスとかどうとかの問題ではなく、明らかに意図的であった。

「……私を解放するのも、ミス?」

「ああ、ミスだ。攻撃を外したあまりに混乱し、態勢を整えるため立ち上がったら、相手に逃げられる……初歩的なミス。たくっ、初心を忘れべからずとは、言ったもんだな」

 口元に笑みを浮かべて説明する様は、一片の悔いはなく、清々しい。

「ダン……私は、あなたを殺そうとしている。その意味、わかってる?」

「わかってるさ。だがまあ、そいつもいいかもしれないな」

「何を言って……」

「んでもって、俺がまたお前をさっきみたいに押し倒す。何度来ようが、何度挑戦しようが、俺はお前をさっきみたいに倒してやる」

「バカ……ダンは、本当にバカ」

「はっ、俺はバカだぜ。全身が傷だらけになろうが、死にそうになっても傭兵を続けている、大馬鹿野郎だ。だからこそ、お前が挑もうが俺は死ぬつもりはねぇ」

 ダンはマチェテを収納し、肩の傷を手で押さえながらエレナに背を向ける。

 敵である彼の背を見たエレナは、反射的にナイフを投げる姿勢を取るが、投げない。

 ダンが、彼女が崇拝する、恩師の名前を口にしたから。

「それに、俺たちが互いに殺し合うなんて、死んだマリン先生は喜ばない。なにせ、クソみたいな環境で育った俺たちを認め、生きていてほしいと助けてくれたんだ。この世にいない人間の代弁をするのは、俺の勝手な自己満足かもしれない。だけど、あの人がもしこの惨状を見たらきっと……ゲンコツは覚悟しないといけないな」

「……クスッ」

 口にした一言に、思わずエレナから噴き出すような笑い声が漏れた。

 もちろん、その仕草にダンは見逃さず食い付く。

「良い思い出だぜ。口よりも先に、手を出すような人だったからな。何回ゲンコツとアイアンクローを喰らったことか。まあ、優等生だったエレナには関係無いことか」

「そんなことない……私も、喧嘩してやられたことがある」

 彼女はそっとナイフを下ろし、口元に手を添え笑った。

「そいつは以外だ。お前はあの頃から、先生が言うこと全部聞いてたもんだから、てっきり被害者じゃないと思っていたが……今さらながら、親近感が湧いたよ」

「宿題を毎回忘れてた、常習犯のダンには負ける」

「それは言ってくれるな、泣きたくなる」

 互いに顔を向けず交わされる、他愛のない会話。

 それが血なまぐさい場所でなければどれだけ嬉しいかと、ダンはしみじみと思いながら、後ろに立つエレナに告げる。

「まあ、マリン先生が悲しむってこともあるが、何より、俺たちのどっちかが死んでも、悲しむ奴がいる。そいつの泣き顔なんて、見たくねぇだろ?」

「……」

 名前を口にしなくても、エレナはその相手を頭に思い浮かべることができた。

「それでも、納得ができないなら、俺と一緒にきてくれ。お前をアイツの元まで案内する。そこでまた、三人で話し合おう。んで、俺たちの答えをコレット先生に伝えよう」

 そう言って、ダンはエレナの方に振り返って笑顔を見せた。

「ダン……」

 鉄仮面……とはもう呼べない、柔らかな微笑みを浮かべ、エレナは彼に近づいた……そのとき、

 ガラス窓を破って響く、銃声。

 その凶弾はエレナの背中から肉を喰らい、一直線上に貫いて地面に落ちた。

「かはっ……!」

 エレナは吐血し、白のメイド服を汚す鮮血を、手で触れる。

「これは……?」

「ッッッ! 伏せろエレナッ!」

 事態を把握したダンは、肩の痛みに耐え、彼女を庇うように腕を伸ばすが、遅い。

 続けて響く銃声――今度のそれは、彼女の命を奪うため心臓を貫いていた。

「――――ッ!」

 エレナは一度目を大きく見開き、助けを請うようにダンに手を伸ばすが、むなしく空を切り、力なく彼に寄りかかった。

 ダンはすぐに空き部屋の扉に向けて、力任せに体当たり。

 老朽化していた戸はあっけなくひしゃげて室内に吹き飛ぶも、ダンは横腹に被弾してしまう。

 血が溢れ、熱い痛みが全身を駆け巡るが、それでもエレナを抱いて部屋に避難。

 そっと彼女をベッドに寝かせ、応急処置に取り掛かる。

 しかし、止めどなく溢れる血液は包帯代わりに使ったシーツは真っ赤に染まり、代わりにエレナの顔色をみるみる青く冷たくさせていった。

 また、ダンが負った傷も、扉に体当たりをするなど無理したため傷口が広がり、利き腕である右腕の自由はもちろん、出血多量で視界がぼんやりと朦朧とする。

「クソッ……クソッ……クソッタレ! エレナ、おいっ! エレナ、しっかりしろ!」

 ダンは左手で彼女の肩を揺すり、意識を呼び戻そうと奮闘する。

 だが、返ってきたのはしっとりとした雨音と、聞き飽きるほど延々と鳴る列車の走行音。

 ダンの額には汗がにじみ、痛みと流血により、息が荒い。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 必死に処置するも、医者ではないダンでは限界があり、何より自分自身も怪我人。

 彼も力尽きて壁にもたれかかり、座り込んでしまう。

(何だよ、これは……)

 ダンは唯一自由が利く左手で怪我がひどい腹部を押さえ、入り口から見える曇天を見つめた。

 そしてすぐ、それをバックに二人の男が現れる。

「気分はどうだい、ダン君?」

 ダンはピントを合わせるよう目を細くさせ、その声の人物に質問した。

「こいつは……何の冗談だ? エレナは、お前のために働いていたんじゃないのかよ……コレット先生?」

 コレット・グランドフット。

 ダン、クラルス、エレナの恩師である彼は、自身が雇った傭兵、ジャックを隣に付き添わせ、優しげに微笑む。

「エレナ君はよく働いてくれたよ。私が指示したとおり、全部動いてくれたし、進んで私の魔法学の人体実験にも付き合ってくれた。どうだったかい、ダン君? 彼女と手合わせした感想は?」

 その質問にダンは奥歯を噛みしめ、敵意を持ってコレットを睨み付けた。

「アイツが俺と戦えるまで強くなっていたのは、てめぇの仕業か」

「まあそれでも、君に負けてしまったがね。筋肉を繊維をいじり、訓練はさせていたが、やはり熟成された戦闘技術には勝てなかった。今回の失敗を踏まえ、さらに性能を向上させよう」

 そう言ってコレットはベッドに横たわるエレナに近づくと、膝立ちになって彼女の白い頬に触れる。

 コレットはうっとりとその死に顔を見つめ、愛おしそうに顔を撫でた。

 死を悲しむわけでもないその姿に、ジャックは気色悪そうに握ったリボルバーに弾を込め、傷だらけのダンはそんな彼を殺意に満ちた目で睨んでから、コレットに問う。

「俺の質問に答えろ。エレナを撃ったのは、てめぇが雇った傭兵だろ。なぜ俺じゃなく、エレナを撃たせたんだ?」

「……私を裏切ろうとしたからだ」

「は?」

 コレットはエレナから手を離して立ち上がり、ダンに向き直って両手を大きく広げた。

「エレナ君は君に懐柔され、私を裏切ろうとした。だから撃たせたんだ。手元の危険分子は早々に処分しなければ、すぐに噛み付いてくる。主人が愛犬に食い殺されたなんて、悪い冗談だろ?」

「エレナに意志は無いと思ってんのか、てめぇは? エレナは、クラルスが悲しむから、死んだマリン先生がこんなこと絶対に許さないから、話をして答えを出そうとしたんだぞ。なのにてめぇは……!」

「エレナ君が崇拝していたのは、私とマリンだ。それは非常に、絶妙なバランスを維持していてね、彼女は結果を報告するときに口にするんだ『先生たちのため働く』と。だが、ダン君がマリンの意志を説いた途端、それが崩壊した。きっと、あのまま君たち三人が会えば、エレナ君は私を裏切り、敵対していただろう」

「……っ! んな身勝手な理由で、てめぇは!」

「自分の身に危険が迫っているのに、ダン君はそれを振り払わないのか?」

「それで大切な教え子を殺す。しかも、その理由が自分の思い通りに行かなくなったから……はっ、失望したぜ、コレット先生……いや、コレット!」

 ダンは彼を睨み付けたまま暴言を叫ぶ。だがその拍子に傷口からさらに血が噴き出し、彼は痛みを緩和するように息荒くする。

 これでは、まともに喋ることもできない。

 そのダンの様子に、コレットは両手を降ろして微笑む。

「忠告しただろう、自分の身体を大事にしなさいと。だが、それでも自分の信念を突き通そうとする姿は感動する。だからダン君……」

 コレットはスーツの懐から一本の注射器を取り出し、ダンの前でしゃがみ込んだ。

「私自ら、君を殺してあげよう」

「はぁ、はぁ、触るな……」

 眼前に迫るコレットに、ダンは拒む。だが見下すように口の端を上げたジャックがリボルバーの銃口を向けるため、身体を動かすことはできない。

 そんな彼の姿を見て、コレットはコケにしたようにほくそ笑み、注射針をダンの首筋に突き立てた。

「っ!」

 チクッとした感触にダンは眉をひそめ、片目を瞑る。

 コレットは微笑みを崩すこと、注入する薬について説明を始めた。

「これは最近作り出した薬でね。服用者の細胞を死滅させるんだ。銃弾を撃ち込まれても簡単に死なないダン君には、ぴったりな代物だろう?」

 薬を全部注入し、コレットは注射器を懐にしまった。

 薬を刺されたダンはぐったりとうなだれ、床に倒れ込む。毒物の効果で血の流れが滞ったのか、ダンの傷から流れる血の量は減っていた。

「……まあいい」

 コレットはその変化に違和感を覚えるが、まだ成すべきことがあるため、部屋を後にする。

「傭兵、ほかの連中はどうした?」

「邪魔者が消えたので、女の捜索に向かいました」

「そうか……。それと、もう一つ、訊きたいのだが……」

 そう言って、コレットは廊下に出たところで立ち止まり、後ろで同じように立ち止まったジャックを見ることなく、

「妙だと思わないか、この静けさ」

「妙……? 車両が離れているからでは?」

「それもあるかもしれないが、銃声が一つとして聞こえない。私は君たちに、乗客は殺しても構わないと指示したはずだ。それに、君のリーダーは、なぜこちらに来ていない?」

「……!」

 ジャックはその指摘に目を見開き、口を噤んだ。

「私はプラン通り、列車をこのまま脱線させる。ヘマはするな」

 そして二人は、それぞれ反対方向へと歩き出した。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!



●登場キャラクター名


=ダン


=クラルス・ブリュック


=エレナ・スリンガー


=コレット・グランドフット


=ユリア・ウェルベル


=ブラッド・スピリッツ


=リカルド・シーケンス


=ジャック


=マリン・グランドフット


=マイク・ウォーター


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