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銃器と魔研者  作者: シゲル
1/9

第一章

1章から9章までの、長編分割投稿です!

文字数は、ライトノベルの文庫本、約一冊分。


今作の更新日については、毎日一章ずつとなっております。

『2月14日(火)~2月22日(水)』


章ごとに、文字数のバラツキがあります。

また、全体で未熟な部分がございますが、その点を合わせ、ご了承を願います。



 列車の車窓から確認できる、緑が青々と生い茂った草原。遠くで揺れる黄色いナノハナの群れは、このラエトス大陸に季節の始まりを感じさせた。

 この広く澄み渡る空を見上げた者ならば、穏やかな草花を愛でサンドイッチをつまむ。そんな気持ちに駆られることだろう。

 しかし、座席にふてくされて座る、十代半ばの少女は違った。なんせ、

 ピィィィイイイイイイッ!

「ひゃっ!」

 辺り一帯に響く、魔石機関車のかん高い警笛。

 白い半袖シャツに、ロングスカートの彼女はそれに反応し、小柄な身体を震わせた。

「はわわわぁ……」

 聞き慣れないその音に、少女の心臓は小刻みに鐘を打つ。怯えるその姿は、まるで水を怖がるネコだ。

「ぷっ、くふふ……」

 我慢していたものを、たまらず漏らしたような笑い声。

 彼女は眉根をひそめ、向かいに座る、同い年の彼をにらんだ。

「むぅ……ダン、どうしてそんなに笑うの」

「くふぅ……ああ、すまんなクラルス」

くたびれた茶色のコートを羽織ったダンはそう謝るも、すぐ小刻みに震える。

「いや~お前がビクビクしてるから、つい……くくくっ」

「な、なによその態度! 蹴るわよ!」

 クラルス・ブリュックは目元をキッと引きつらせ、自身よりも頭一つ高いダンを指差し、脚を構えた。

 そんな彼女の風貌は十七にも関わらず、子供のように幼いため、恐さは感じられない。

「ふぅ……本当、お前といると退屈とは無縁だな」

 笑い終えたダンは、目元を指で拭いながら首を横に振った。

「それ、わたしのことバカにしてるでしょ、絶対っ!」

 ネコの次は、キャンキャンと吠える子犬のように彼に不服をぶつける。

「そもそもダンは、わたしが主だってこと、忘れてないよね?」

 そう続けられた言葉に、ダンは含んだように笑って反論する。

「おいおい、自分で言ったこと思い出せよ」

「思い出すって、何を……?」

「幼なじみなんだから、堅いのは抜きにしろ……自分で言ったことだろ?」

「あっ……」

 クラルスはその言葉を思い出し、口をぽかーんと開いた。

 ――主従関係。

 それがダンとクラルスを表わす、単純な間柄。

 業務内容は、傭兵であるダンが、学者であるクラルスを護衛する、ただそれだけ。

 そして今話題となっているのは、一ヵ月前に契約を交わした初日に、クラルスが口にしたお願い。

『わたしとダンは幼なじみなんだから、堅いのは抜きにして!』と。

「俺はお前に言われたことを、従順に守っているだけだぜ。しっかし、この仕事をしてて、初めて言われたぜ……んま、俺としてもありがたいけどな」

 見事揚げ足を取ったダンはケラケラと喉を揺らす。

 クラルスは納得しつつも、納得できない、と言わんばかりに口元をへの字に歪ませた。

「だ、だからって、わたしが驚いているところを笑わなくたっていいでしょ!」

「いや、笑うだろ。面白いもの見たら」

「そーいう考えが、無神経って言うの! そもそもダンは……」

 クラルスは腕を下ろすと、正当な反論か、感情に任せた八つ当たりか。グチグチと文句をこぼす。

(まーた、始まった……。飽きないのか、コイツ? あっ、あれが俺たちの街まで流れてる、ノース川か……デカいな)

 ダンは頬杖をつき、窓辺に流れる景色をぼーっと眺めた。

 この列車は北東から南西へと、このラエトス大陸を横断する形で向かう、特急形車両。

『クイーン・ラエトス号』

 大陸の名前である、『ラエトス』と、女王の意である『クイーン』を頭に持つ、高級かつ高速の魔石機関車。

 魔石機関車は、魔力石と呼ばれる特殊鉱石を燃料に動く列車で、全速力で走れば、ラエトス大陸を数十時間で横断できるほどだ。しかし……、

(今じゃこいつは型落ちの上、ただの金食い虫。電車が普及するまでの、繋ぎなんだよな)

 ダンは清掃が行き届きながらも、僅かながら傷んだ木製の窓ふちに視線を落とす。

 はげた木目。鍛えた人間であれば容易く壊すことが可能だ……とダンは思慮に老けた。

 そんな風に、お説教が聞き流されていることに気付かないクラルスは、天然ウェーブが入ったクリーム色の髪をくるくるといじり、話し続ける。

 髪質がなめらかなおかげで、彼女の髪が絡む心配はなさそうだ。

「それに今朝だって、食事中コレット先生の前でカチャカチャ音を立てて! ほんとっ、はずかしかったぁっー!」

 クラルスは髪の毛から手を離し、バンバンっと、今の心境を表わすよう窓辺を叩く。列車の個室のためか。彼女はお構いなしに素の表情を見せる。

 ダンは頬杖をついたまま、面倒くさそうに、

「へいへい、俺が悪うございました」

 と、おざなりに自身の非を認めた。

 彼のいい加減な態度に、クラルスは頬を膨らませる。

「むぅ……。ダン、わたしの話、聞いてないでしょ?」

「聞いてますよ~。今後は、努力を重ねる所存でごぜぇます~」

「……前にもそう言って、直さなかったよね」

「そうだったか?」

「そうよ! このあいだも研究室で居眠りして、盛大にいびきを掻いたでしょ!」

「よく覚えていたな、そんなこと」

「覚えられるわよ、このぐらい!」

 二人の頭に浮かぶのは、教授の研究室で机に突っ伏すダン。

 居眠りするな、と事前に注意していたクラルスにとって、ただただ教授に平謝りするしかない。

 指摘された彼は、腕を頭の後ろに回し、反省の色を一切見せずに口を開く。

「まあ、俺も人間さ。そういうこともある」

「あったらダメなの! わたしの信用にも関わるでしょ!」

 クラルスは感情が昂ぶったあまり、バンっとまた窓辺を叩く。ミシッと、微かに窓ふちが音を鳴らした。

「はぁ……相変わらず、名高い魔研者様はマジメなこった」

「わたしがマジメじゃなくって、ダンがだらしないの! ここに乗るときだって、ダンがフラフラってどこかに行っちゃったせいで、ギリギリになっちゃったし!」

「あれは仕方が無い。チンピラに絡まれた、チンピラがいたんだ。あいだに入るしか無いだろう?」

「それって、ダンがケンカに首を突っ込んだだけでしょっ! もうっ、今日という今日は、そういうの含めて、全部直してもらうからっ!」

 個室に響く、クラウスの叫び声。

 続けて、彼女の口からは「大体ダンは……」と、お説教が始まった。

(名家のお嬢様の子守より、野盗退治の方が断然楽だな、こりゃ)

 映り変わる窓の景色を中和剤にしながら、ダンは内心そう思う。

 そして、今朝の出来事を思い返した。



 朝露を帯びた草を踏み、ダンはブーツを濡らす。

 日課であり、趣味でもある早朝の走り込み。

「つぅ……はぁ、はぁ……」

 彼はダガーでバツ印を掘った木に手を遣り、息を荒げ立ち止まる。

 衣類を纏っていない上半身は、汗でびっしょりと濡れ、火照って湯気を漂わせた。

「……おしっ!」

 彼は根元に置いていた革袋の水筒を拾い上げると、顔から水をかぶる。渇いていた喉は、嬉しそうに揺れる。

「ふはぁ! 気持ちいいぜ、まったく!」

 口からこぼれた水は、所々に切り傷や銃創が刻まれた胴や腕を伝い、地面に落ちる。それもまた、熱くなった身体には最高のご褒美だ。

 革袋に水を少し残して、同じように根元に置く。

「今日はこのぐらいに……いや、まだだ。もう一往復!」

 顎に溜まった水滴を手の甲で拭い、緩みかけた気持ちを引き締め直す。

(今はクラルス(あいつ)を護ってやる立場だ。ここで油断して何かあったら、悔やんでも悔やみきれねぇ)

 走り込みを再開しようと、ダンがトントン、と足のつま先で地面を叩いた。その時、

「精が出ますね、ダン君」

 真横から聞こえてきた初老の声。

「あン……?」

 ダンは威圧的な視線を送り、相手を確認する。

 顔に入った年齢相応の柔らかなシワに比べ、ピンッと姿勢正しく伸びた背筋。

 上品に整えられた髪と顎髭には、所々に灰色が目立つ。

 その風貌、そして相手の顔を目にしたダンは、警戒心を解く。

「ははっ、おはようございます、グランドフット先生。しかしながら、こんな格好で申し訳ない。朝の走り込みは日課でして」

 普段の彼には似付かない爽やかな笑みを浮かべ、現れた人物をこころよく向かい入れた。

 コレット・グランドフット。

 ここ数週間、ダンとクラルスを屋敷に泊めさせてくれる家主であり、二人が幼い頃に勉強を教わった恩師だ。

「構わないよ、突然押しかけたのは私だからね」

 彼はにこやかに微笑み、髭を撫でる。

「それに、教え子の頑張っている姿を見るのはいいものさ」

「励ましのお言葉、ありがとうございます」

 ダンは深く頭を下げ、その態度に、コレットは柔らかな笑みを浮かべたまま手で制止する。

「そうかしこまらなくてもいい。早く目が覚めたから、キミと少し雑談でも、と思ってね。そうだ、これはどうかね?」

 彼は焦げ茶色のガウンの袖から、布の小袋を取り出す。

「少し腹ごしらえに食べるかい? 運動するのはいいが、その分エネルギーはしっかりと取らないと倒れてしまうからね」

 中が見えるよう差し出されたのは、いつも彼が愛食しているクッキーだった。

 菓子は甘い香りがほんわか漂わせ、訓練で疲れたダンを甘く誘惑する。だが、

「お心遣いはありがたいのですが、もう一往復しないといけないので。それが終わった後でもよろしいでしょうか?」

 さっき引き締めた気持ちを思い出し、断る。

「ああ、構わんよ。しかし、ダン君がそんな言葉遣いなのは、少しむず痒いな」

「でしたら……。いつもみたいに、こんな風に話した方がいいか?」

 先ほどまで謹厳実直だったダンは、へらへらと笑い、その堅苦しい雰囲気を崩した。

 指摘した本人は、首をこりこりと左右に動かし、わざとらしく自分の肩を揉む。

「ああ、結構だ。肩がこるのは、好きではなくてな」

「その意見には強く同感だ」

 コレットは満足げに頷く。が、ダンの上半身を見て眉をひそめた。

「しかし、ずいぶん見ないうちに新しい傷まで増やして……」

「何回か撃ち込まれたが、運良く生きてるよ。俺は昔からそうだろ?」

「そうだったな。熊に襲われた際も、運良く皮膚が癒着して……あのときの傷は、まだ痛むかい?」

 彼は心配そうに、ダンの胸にある爪痕と、腹部の咬傷に視線を遣る。ダンが七歳の頃、野生の熊によって残された傷だ。

 そのときのことを思い返し、本人は控えめに微笑む。

「いいや、もうすっかり平気だ。あのときは死ぬほど痛かったけどな」

 十年の歳月が経っているにも関わらず、大きく生々しい傷跡。当時の状況を語るには、十分過ぎるほどだ。

 目を伏せ、コレットは首を横に振る。

「ならよかった。綺麗に治療できればよかったが、当時の私にはまだまだ……」

「んな顔しないでくれ。傷の一つ二つくらい、構いやしねぇよ。現に俺は、先生のおかげで生きているんだ。それだけで十分さ」

 ダンは晴れやかに語り、古傷のへこみに触れる。

「それに、これはクラルスたちを守ることができた証だ。後悔なんて、犬のエサにでもしてやれ」

 前向きな彼の志に、コレットは一瞬間の抜けたような顔を浮かべるが、すぐ空を仰いで笑った。

「はっはっはっ! ならよかった。だけど無理は禁物だ」

 豪快な姿を見せる彼だが、生徒思いがゆえに、きちんとダンにブレーキをかける。

「あまり身体を虐めて、倒れられても困るよ。確か森を抜けた……港のある村まで、走っているんだったな?」

「その辺りはちゃんと分かってますよ。しかし、どうして場所を?」

 ダンの早朝特訓は、屋敷にいる誰にも話していない。それは、護衛対象であるクラルスも同様だ。

「なに、私の使用人がとても働き者でな。魚を買いに行く途中で、ダン君を見たらしい」

 真相を知ることができ、ダンは己の力不足を恥じて苦笑いを浮かべる。

「視線に気付かないなんて、俺もまだまだ甘い……。しかし、朝から新鮮な魚を食べられて、先生は幸せだな」

「まったくだよ。私は土地にも人に恵まれ、本当に運が良い」

 そう言って、コレットはすぐ近くに生える木に触れ、青々とした葉を見上げる。口角を柔らかく上げ、慈愛に満ちた表情だ。

「本当に、ありがたい限りだ。そのおかげで、今のところ研究も問題なく進められている」

「クラルスと一緒に作っていた例の薬のことか。確か、魔力石を使ってどんな病気や怪我にも効く万能薬だとか」

「ああ。材料となる薬草は、ここみたいに自然豊かじゃないと採れないからね」

「なるほど。先生がわざわざ、こんな辺境に屋敷を作ったのも納得できる」

 ダンは腰に提げているダガーを、手首を使って抜いたり戻したりしながらケラケラ笑う。

 ここまでダンとクラルスが来るのに、馬車と列車を使って約半月。途中途中、学校や研究所を回っていたため遅くなってしまったが、何事もなく到着することができたのだ。

 彼の言葉に、コレットは控えめな笑顔を浮かべる。

「はは、遠方まで足を運ばせ申し訳ないな。だけどダン君は一つ、勘違いをしている」

「勘違い?」

 ダンは手を止め、首を傾げた。

「ああ。確かにここは材料が豊富だ。だが、私がこの村を選んだ本当の理由は、彼女が生まれ育った……私が、妻のマリンと出会った場所なんだ」

「先生が、マリン先生と……」

 胸にチクリと痛みを走らせながらも、ダンは冷静に話を聞いた。

 ――コレットには、マリンという最愛の妻がいた。

 マリンは病弱でありながらも、孤児や怪我人を助け、研究で疲れたコレットのことを支え、深く愛していた。

 互いに無くてはならない、大切な存在。

 しかし五年前。

 彼女は国内で起こった内乱に巻き込まれ、命を奪われた。

 内乱のきっかけは、貴族間で起こった対立。

 貴族は私兵や傭兵を野盗に装わせ、敵対する領地の野畑や教会、そして孤児院などを襲撃した。

 そしてそれに巻き込まれたマリンや孤児院に残っていた子供たちは誘拐、もしくは殺され、運良く外出していたコレットやダン、クラルスやエレナは助かった。

 その事件もあり、コレットは孤児院を閉め、ダンたちはそれぞれの親元に帰されたのだ。

 ダンは目を閉じ、お腹が大きく、母性に溢れていた彼女を思い出しながら頭を下げる。

「……すみませんでした、勝手なことを言って」

 初めて彼に勉強を教えたのもマリンだったため、自身が口に発言に責任を感じ、罪悪感にさいなまれた。

「謝る必要は無い。私がただ、妻の話をしただけなんだから」

 彼の謝罪に、コレットは軽く首を横に振って変わらぬ口調で話す。

「詳しいわけを何も知らず、俺は失礼なことを言ったんだ。だから、謝らせてくれ」

「ふふっ、ダン君のそういうところは、何も変わってないな」

「何がだ?」

 顔を上げ、コレットの目を真っ直ぐと見る。

「そういう自分が正しいと思ったことをする、素直で行動力のあるところさ。マリンも私も、キミのそういうところが好きだった」

 コレットは木から手を離し、笑顔のままダンと向かい合う。その瞳は穏やかでありながら、強い輝きを灯していた。

「自分が悪いと思って、すぐ謝ることができる人間はそう多くない。なんせ、それは頭が良い悪いじゃなく、『心』そのものだからね」

 彼はそう話すと、自分自身の胸を軽く叩いた。

「心とは、自分自身の本当の姿だ。正しいこと、間違っていること。頭で考えるそれ全てが、己の心で感じてから自身が成すべきことになる」

 その言葉に、ダンは一度目を開く。が、すぐに茶化すように笑った。

「知ってるだろ、先生。俺は昔から勉強が嫌いだって」

「はは、そうだったな。だけどいつかきっと、キミにも分かるときが来るだろう」

「先生の言うそのときを、楽しみにしておくさ。……よしっ、小休憩はここまで!」

「走り込みの邪魔をしてすまなかった」

「構いやしない。むしろ、口の悪い俺と話してくれるだけ嬉しいさ」

 彼の言葉に、コレットはクスッと笑って話を続ける。

「ダン君はクラルス君を守るナイトであり、命の恩人である旧友の子でもあり、そして私の大切な教え子だ。当たり前のことをしているだけだよ」

「当たり前……か」

 ダンはコレットに背を向け、機嫌の良い声で言う。

「今日は朝からツイてる」

「ふふっ、ダン君とクラルス君が帰る日だ。そうであってもらわないと困るよ」

「確かにその通りだ。んじゃ、俺はもう一度走りに行く」

「じゃあ私は、ここで待っていようかな」

「いや、先生は先に戻ってくれ。身体を冷やしたらダメだからな」

「なんのこれくらい。春先の寒さは心地が良いものさ」

「徹夜続きだろ? これで風邪を引かれたら、後味が悪い」

「そんなやわじゃないさ。それに私が学んでいた分野が、医療や医学に強いと、キミなら知っているだろう?」

 コレットは歳を忘れさせるような、悪戯を企てた子供のように笑う。

 横目でその顔を見たダンは、

「まったく……先生には負けるぜ」

「はっはっはっ。年老いても、まだまだキミには負けるつもりはないさ」

 コレットは喉を揺らし、大口を開けて笑う。

 そんな彼の反応を横目で見たダンは、「本当に元気だ」と安心したように呟き、駆け出した。



 陽も高くなり、ダンとコレットは屋敷の前まで戻ってきた。

「しかし、デカいよな……ここ」

 ダンは二階建ての洋館を見上げ、感嘆の息を吐く。

 正面の窓を見る限り、ざっと九つの部屋。裏手には、魔法研究に実験室や食堂があるので、さらに規模は大きい。

 彼の一言に、コレットは自慢するわけでもなく、穏やかに笑う。

「とは言っても、ほとんど部屋は実験室、もしくは研究のための資料室だがね」

「俺が先生の元で勉強しているときは、そんなお金があるようには思えなかったんだが?」

 少し、意地悪な訊き方をする。

 ダンたちがコレットのもとで学んでいたのは、人口一万人ほどの小さな町。

 そこに建てられたこぢんまりとした屋敷で、老若男女お金が無い人たちをタダに近い料金、もしくは本当に無料で診療しながら、ダンやクラルス、孤児たちの面倒を見ていた。

 そのため、年長者が独り立ちして出て行くまで、同じ部屋で雑魚寝は当たり前だった上に、食べ物や勉強に使う道具以外、お金を使うことなんて一度もなかった。

 これに対して、コレットは控えめに微笑み、説明する。

「キミたちが私のもとを離れた後、大きな仕事が舞い込んでね。どうやら、私たちが勉強を教えているのが貴族に伝わったらしく、もっと大きな街で教師をしてほしいと」

「貴族だと?」

 貴族というフレーズに、ダンは目付きを細め、嫌悪感を表情に出した。

「コレット先生、あんなことがあったのに、なんでそんな仕事を?」

 理解しがたい、といわんばかりにダンはコレットを見遣ると、

「安心してくれ、貴族にも様々さ。それに憎しみは何も産まない、私も前に進まなければいない。マリンのためにも」

 恩師の名前が出てきたことで、ダンは眉をひそめて気まずそうに頭を掻く。

 なにせ、コレットのやりかたにとやかくいう権利は彼にはないのだから。

 コレットはそんな彼を温かく見つめ話を続ける。

「それで私は街の大学に、講師として雇われたんだ」

「そいつは金になりそうだ。で、何を教えたんだ? あいつらは商人の真似事が好きだから、奴隷の数え方や借用書の書き方でも教えたのか?」

「いいや、魔法学だ」

 コレットは彼の嫌みったらしい問いを一言で答え、いつものにこやかな微笑みで話した。

「その大学は物理や化学、そして錬金学などがあるにも関わらず、魔法学だけは無くてね」

 軽いノリで話す一方、ダンは渋い顔で頭を掻く。

「あ~……。魔法因子をどうとか、頭が痛くなるアレか」

「ふふっ、ダン君は苦手だったね」

「あんなワケのわからないもの、誰だって嫌いだ」

 二人が話す魔法学は『不可能を可能にする』を基とした学問。

 そしてその研究対象となるのは、魔力石と呼ばれる特殊鉱石。

 それは特別な条件下、かつ特定の物質に生成される稀少な石で、石炭や原油を遙かにしのぐ莫大なエネルギーを持っている。

 しかし、その加工の難しさ、未だ解明されていない多くの要素があるゆえ、研究や富裕層にしか出回っておらず、一般には普及されていないのが現状だ。

 初期の頃は、莫大なエネルギーを利用して動く、専用列車の燃料として使われていたが、石には限りがあるとわかった途端、列車の開発は中止され、石炭やエンジン、電気など、別の物に成り代わっている。

「魔力石のエネルギーは、人体にも効力を発揮するとか、専門家がすぐ近くにいるから魔法学についての知識は最低限知っているが、いざ勉強するかと訊かれればする気にはなれないな。そもそも、不可能を可能とか、意味がわからん……」

「そこが面白いんだ。例えば今回の魔力石を使った万能薬の製作も、誰も成し遂げられなかった不可能を、可能にする。そしてさらに不可能が生まれれば、それを可能にするため研究する。どの学問にも精通し、終わりのない最上級の学問……魅力的だ」

 両の手を大きく広げ、熱く語るコレット。瞳はキラキラと輝き、童心を感じさせる。

 魔力石に魅入られた研究者……魔研者の多くは、空想家や奇抜な者など、特徴的な者が多い。クラルスのように、至ってまともな研究者もいるにはいるが、大抵どこか抜けている。

 熱くなるコレットの姿を間近にして、ダンは苦笑いを作る。

(ああ、魔法学に精通する魔法研究者……魔研者は、やっぱりどこか狂ってるな)

 彼は胸の内に、思わず本音をぶちまけた。

話が終わり、コレットは正面扉を開く。すると、ちょうど階段から降りてきたクラルスと鉢合わせた。

「あっ、コレット先生! おはようございますっ!」

 聞き手が元気になりそうな、ハツラツとしていて可愛らしい声。

 クラルスはフリルが付いたピンクのドレスと、白のカーディガンを微かに揺らし、トットッと、小走りで近寄ってくる。ブラウンのカーペットのおかげで、足音は柔らかく聞こえる。

「おはよう、クラルス君。よく眠れたかい?」

「はいっ、眠れました!」

 彼女ははにかみながら、自身の眉を隠していたクリーム色の髪をそっと横に撫でる。

「ふふっ、それは良かった。朝食の準備をさせてあるから、一緒に行こうか」

「はい、喜んで」

 気心の知れた笑顔で話す二人。

 その様子を見るダンは、金が関わった無粋なことを尋ねるのはやめ、軽く片手を上げる。

「あっ、俺は腹減ってないので、先に部屋に戻りますわ。出発時間までに用があれば、部屋まで……」

「何を言っている。朝食はダン君の分も用意しているよ」

 コレットは悪戯が上手くいった子供のように微笑み、ダンはその一言に目をパチクリとさせる。

「なんだって……?」

「キミの分も用意してある。ここに来てからずっと、パンしか食べていないと、エレナ君が言っていたからね」

「あいつ、だいぶお喋りになったみたいだな……」

 ダンは眉間にシワを寄せ、頭を掻く。

 彼はここ数週間、満腹にならない程度の軽食しか摂っていなかった。

 お腹がいっぱいになって、緊張感が緩まぬように。

 そんな彼に対して、ジトーッと、クラルスが不機嫌な視線を送る。

「ダン……それ、ほんとなの?」

「さあな。調理場で洗っている皿の数でも、確認してみたらどうだ?」

「早くおしえてっ! くだらないこと言ってないで!」

 安易な一言に、先ほどの可愛らしい声が怒鳴り声に変わる。

 ダンは片耳を押さえ、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。

「耳元で騒ぐな、やかましい……」

「だったら正直に答えてくれる?」

「へいへい、そうですよ。ここに来てからずっと、パンと水だけですが、問題でも?」

「はぁ……問題よ。わたしが少し目を離したら、すぐいい加減な生活になるんだから……」

「いちいちうるせぇな。俺が何を食っていようが、お前には関係ないだろ」

「ダンのその身体付きで、パンと水だけなんて……ぜんっぜん、足りないでしょっ! 動けなくなったらどうするつもり!」

「飯の量を減らしたぐらい、どうってことねぇよ。心配しすぎだ」

「そう強がって、昔からグウグウお腹を鳴らしていたのはどこの誰だったかしら?」

「うっ……」

 彼女の言葉に、図星を衝かれたようにダンは唸り、

「……お、覚えてねぇよ、そんなこと」

 とそっぽを向いた。

「ダンが覚えて無くても、わたしが覚えてるわ。あれはわたしたちが五歳の頃、屋台で買ったチリビーンズをひっくり返して、涙目で――」

「オーケーオーケー! 俺が悪かった! あのときのことをぶり返すのは勘弁してくれ!」

「ふふんっ、素直でよろしい!」

 降参したダンを見て、クラルスは勝ち誇ったように胸を張り、鼻を鳴らした。

(恥ずかしい思い出を、今になって引きに出されるのはさすがに辛いな……)

 兄妹みたいなやりとりに、コレットは口元に手を遣り笑う。

「昔と変わらず仲が良くて、安心したよ」

「……ハッ! コ、コレット先生!? あ、朝から騒がしくして、ごめんなさいっ!」

 クラルスは視線を受け、恥ずかしさのあまり顔をボッと真っ赤に染めた。

(今さら何を照れてんだか……)

 ぺこぺこ頭を下げる彼女に対して、ダンはため息を吐く。

「はっはっはっ、構わないよ。騒がしいのは嫌いじゃない。それに、元気だからこそケンカができるんだ。マリンもきっと、今の二人を見たら喜んでいるに違いない」

「し、してませんよぉ……ケンカだなんて……」

 口喧嘩をしていた、というのは嘘じゃないため、クラルスは歯切れの悪い返事をした。

 コレットはそんな彼女を、自分の子供に向けるような、優しげな瞳で見つめる。

「気にしなくていい。さあ、食事が冷めないうちに行こう。ダン君もここまで言われたんだ。もちろん来るだろう?」

 彼は疲れた顔を見せるダンの方を見て、拒むことを許さない空気に包み込む。

「分かりましたよ、分かりました……」

 ダンは両手を挙げて降参し、渋々了承。

 コレットはその反応を笑い飛ばし、張り切った様子で食堂へと歩き出した。



 豪華な装飾とは無縁な、質素な造りの食堂。

 黒い染料を使われた壁とライトのオレンジは、宝石などでは表現できない気品さを高める。

 それでも落ち着いた気持ちにさせるのは、窓ガラス越しに差し込む、柔らかな光のおかげだろう。

 そんな雰囲気に漂う、食欲を誘う香ばしい料理の匂い。

 小麦色に焼けた魚のムニエルに、とろっとしたクリームソース。

 クラルスはその表面にナイフを入れる。すっと衣が割れ、中からふんわりと湯気が踊った。

 そして切り分けた魚を一口……笑顔がこぼれる。

「はむっ、う~ん!」

 至福の心地。そう言わんばかりに頬を綻ばせ、舌鼓を打った。

 彼女の隣に佇む、紺と白を基調としたメイド服の少女は、無機質なトーンで説明する。

「今朝とれたばかりの新鮮な鱈に、塩で下味、小麦粉を付けて炒めたムニエル。ソースにはクリームを使い、柔らかな味わいにした。どう、クラルス?」

 女神を模った彫刻のように、整った輪郭と身体付き。

 感情を読み取らせない澄ました表情は、鉄仮面を彷彿とさせる。

 彼女はこのグランドフット邸の専属ハウスキーパーにして、ダンやクラルスと同様、コレットのもとで勉学に励んだ一人――エレナ・スリンガー。

そんな彼女と打って変わり、クラルスは喜びで上ずった声を上げる。

「皮も食べやすくて、ソースも塩も良い感じに利いてて、ほんとにおいしい! さっすがエレナ!」

「そう……良かった」

 大人びた雰囲気のエレナは、感謝の意を込めて微笑んだ。

 二人の真向かいに座るコレットも、満足げに頷いてから彼女を褒める。

「エレナ君の料理は、都会のシェフにも負けない美味しさだ。本当に、エレナ君の努力と、豊かな才能には感服だよ」

 彼がにこやかに口にした言葉を聞き、エレナは首を横に振った。後ろで束ねられたブロンズの髪が、ゆったりと揺れる。

「ううん。先生が教えてくれたから、こんなに上手く作れるようになった」

「私は少し、コツを教えただけだよ。強い我を出さず、人の話をよく聞く謙虚さがエレナ君にあったからこそ、ここまで力を付けたんだ。私自身、大したことはしていないさ」

「先生……。ありがとう、ございます!」

 先生のことを尊敬する生徒に、教え子を理解している教師。

 互いに信頼しているからこそ、より良い成長を遂げることができたのだろう。

 そんな二人が微笑む姿を見て、クラルスは静かに笑った。その時、

 キキィッ、と彼女の隣の席から、食器をこする不快な金属音。

 クラルスは思わず「ひゃっ!」と身震いし、エレナは眉をほんのわずかひそめた。

 一方で、コレットだけは彼らしい、と温かい目で見つめる。

「おおっ! 飯なんて、とりあえず腹に入ればいいと思ってたが、確かにウマいなこれは」

 発信源であるダンは、三人の視線など気に留めず、ムニエルを食べ進めていた。

 その態度に、エレナは蛇のようにキツく目元を細め、

「ダン……あなたは食事マナーが悪い。静かに食べて……いいえ、食べろ」

 歯に衣着せぬ調子で、冷たく言い放った。

 それに対して、ダンはひょうひょうとした態度で受け止める。

「すまねぇな。野宿が長かったせいか、フォークとナイフを使うのは、ずいぶん久しぶりで」

 ふざけた回答に、エレナは苛立ちと呆れを含んだ舌打ちをこぼす。

「だからバカは困る。コレット先生から教えてもらったこと、忘れた?」

「はは、相変わらずキツい言い方も変わってないな。直した方がいいぜ、それ」

「あなたには言われたくない。そもそも、私がこんな言い方になるのは、学習しないダンにだけ」

「俺にだけって、まさかお前……っ!?」

「むしずが走る……くだらないこと言わないで」

「ひどい言いようだな」

「趣味の悪い冗談を言うから」

「とはいえ、同じ学舎で過ごした仲だろ?」

「不名誉な」

「お前って奴は……」

 エレナは心底嫌そうに顔をしかめ、ダンは諦めたように肩を落とした。

 そんなやり取りを隣で見ていたクラルスは、ムスッと頬を膨らませる。

「ダン、エレナ。食事中なんだから、それぐらいにしなさいよ」

 すると、注意された本人たちは、対照的な謝り方をする。

「へいへい」

「ごめんなさい、クラルス……」

「ほんと二人とも、昔となにも変わってないんだから」

 クラルスは露骨にため息を吐き、首を横に振る。

 しかし、この場にいる四人にとって、この空気は非常に懐かしく、居心地が良かった。

「ふふっ、三人とも昔と変わらず仲が良くて、私は嬉しいよ」

 今のやり取りに、コレットは静かでありながらはっきりと笑った。

 妻を亡くした彼にとって、教え子たちと一緒に過ごすのは、まさに贅沢なひとときなのだろう。

「あ、あのコレット先生、また、うちのダンが騒がしくしてごめんなさい……」

 クラルスは騒いでいたダンの代わりに、目を伏せて謝った。その頬は羞恥で赤い。

 その言い方に名指しされた本人は眉をひそめ、「俺を犬みてぇに呼ぶな」と抗議する。

「まったく、キミたちのやり取りには退屈しないな。本当、いつまでも一緒にいてほしいよ」

「わたしも同じ気持ちです。せっかく先生と再開できて、五年前と同じように、また勉強できているんですから」

 寂しさをちらつかせて、クラルスは控えめに笑う。食堂の雰囲気が、雨でも降ったのかと、しっとりと濡れる。

「そうか、あの日からもう五年も経ったのか……」

 コレットはフォークとナイフをお皿に置くと、瞳を閉じて想う。

「時間とは偉大なのか残酷なのか……。一日では語り尽くせないほどに、様々な出来事があった」

 しみじみと、彼は感傷に浸る。だが、

「……しかし今は、時間に感謝しよう」

 三人の顔を見回して、彼は口を開く。

「私とマリンの大切な教え子たちが、こうして無事に、成長した姿を見せてくれたこの瞬間に。ありがとう、と」

 達成感に満ちた、安堵の表情。

 それはエレナ、クラルス、そしてダンに伝播し、食堂の空気を一変させた。

 ダンはニタニタと口元を緩ませながらセリフに便乗し、クラルスの頭にポンッ、と手を乗せる。

「だけどまあ、コイツのちんちくりんのところとか、エレナの口が悪いところは変わってないけどな」

「ちょっ! どういう意味よそれ!? あと勝手に頭さわんなぁっ!」

「さっさとクラルスの頭から、その火薬臭い手を離せ。そして表に出て、土に還れ」

 バタバタと、クラルスは頭に乗った手をどかそうと真っ赤な顔で抵抗。エレナはゴゴゴッと殺気立った気配を纏わせ、どこからともなく取り出した木の麺棒を、片手で振りかざす。

 その光景はまるで、教室でふざけ合う子供たちのようだ。

「ふふっ、いつまでもキミたちとこうしていたいよ、本当に……ね」

 昔に戻ったかのような三人を見て、コレットはただ微笑んだ。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!



●登場キャラクター名


=ダン


=クラルス・ブリュック


=エレナ・スリンガー


=コレット・グランドフット


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