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序章「過去の栄光」

 積み上げた物は、新しい何かによって崩されるのが通説だ。

 それまで最強の戦術と呼ばれたファランクス形態の進軍が、近年発見された『魔法』と呼ばれる技術によって作られた罠によって壊滅したり、初の実戦投入による戦果から、様々な軍人から最強と思われていた『魔法』も、詠唱に時間がかかったために、騎兵の突撃にあっけなく攻略されたりと様々な例がある。

 戦場というのは、変わり続ける。

 それだからこそ楽しい、という命知らずな「アホ」もいるが、出来るだけ想定外の事は避けたいのが人間だ。

 しかし、敵の策は完全に読めるわけがなく、ただ一人でさえ、自分の思い通りに動いてくれる敵はいない。

 だからこそ一度始まってしまえば被害のない戦争などありはしないのだ。

 最前線に出る兵士達はそれらのことを分かっていながら、戦場へと向かう。

 元より死ぬ覚悟は出来ている。

 恐れるものは何も無い

 何故ならば、部下たちはパルテミアに身を捧げると誓った者たち。

 そして俺は、その部下達をまとめ上げ、絶対に守ると決めた隊長だ。

 国に対する忠誠と、己の努力を信じる心では、 他の誰にも負ける気はない。

 国民達は、国のために戦争に行く俺達に、励ましや声援を送ってくれる。

 誰もが、自分の国を誇りに思い、自分の国が勝つことを信じて疑わなかったのだ。

 そう、まるで怪物を相手にしているかのような、圧倒的な『力』を見るまでは...


•••••••••••


「クソッ、なんだよこの火の玉の嵐は! まともに進めやしねぇ! 」

 雨霰のようにこちらに高速で向かってくる火の玉。

「隊長ォ! どうするんですかァ!? このままじゃ皆やられてしまいますぜ! 」

 部下達と俺は、それを剣で切り裂き、受け止めたりしながら自分の体を守る。

 しかし、あまりの多さに全てを上手く弾くことはできず、部下達はジリジリと後退していく。

 他の小隊には少なからず死者は出ていて、出ていないのは俺達の小隊だけだ。

 今のところ無事であっても、このままだと俺の部下達は確実に無駄死に。

 今でさえ、いつ終わるかわからない『謎の連射魔法』に対応するので、みんな精一杯だ。

 この戦いで俺達の戦争が終結する訳じゃない。俺も部下もこんなところで死ぬわけにはいかない。

 火の玉の弾道を剣で逸らし、考えをまとめ始める。

 後退命令はさっき出されたばかり。

 ここが何もない平坦な土地であったら良かったのだが、この土地には一つだけ、後退する際に考慮しなければならない問題があった。

 それは、進軍してきた際に使った橋が、今も果たして使えるかどうか、だ。

 今、戦場となっているこの平原には、両軍を挟んで中央に、とても大きな流れの速い川がある。

 深さもなかなかの物で、一般人でも一応泳いで渡れる距離だ。

 とはいえ、流されないようにしながら反対側に渡らなければならないため体力をかなり消耗する。

 進軍する際に、ここで体力を消耗するのは得策ではない、と考えたパルテミア軍の上官は、予め川底に沈めておいた大量の板を、軍が統括している大勢の魔法師の「力」魔法で浮かび上がらせ、「空間」魔法で位置を空中に固定。

それを俺達は橋として川の反対側に渡った。

 その橋がまだ無事ならいいのだが...

「ヴェル、橋はもう使えない。また浮き上がらせるには相応の時間が必要よ」

 突然、俺の考えを見透かしたかのように聞こえる隣からの声。

 同じ所属の、別の小隊長の女だ。

「そりゃそうだよなぁ...。じゃあ仕方ない。」

 俺は考えを切り替え、すぐに隊員達に指示を飛ばす。

「全員、自分の体を守りつつ本陣まで後退!橋はもう焼け落ちているから、仕方ない。川を渡れ!水の中なら火の玉も当たらん!」

 部下達は「「「了解!!」」」

と火の玉が飛んでくる音にも負けない声で俺に応える。

 後は部下達に任せておいてもきっと大丈夫だろう。これで隊長として俺が言うべきことは言った。

 後は、彼らの背中を守るだけだ。

 普通の人間とは思えない速さで戦線を離脱していく小隊員達。

 火の玉の射程外になったのか、今まで部下達に向かっていた火の玉のほぼ全てが俺に向かってくる。

 俺はそれを剣で受け止め、切り裂き、叩き落しながら、なんとか直撃を回避する。

 まるで流星のごとく向かってくる火の玉。

 それを受け止める度に、ボロボロの剣が軋む。持っている剣がこれまでにないほど熱く、振り続ける内に腕にどんどん感覚が無くなっていく。

 このまま部下を守って死ぬのならば仕方ない。隊長としての死ぬのならば本望だ。だが、部下を守りきるまで死ぬわけにはいかない。

「本当に仲間思いだね、ヴェルは。」

 突然、俺の隣から下がった筈の女の声がした。

「一瞬、亡霊かなにかと思ったが。なんだ、リュミエか」

「なんだとは何よ。なんだとは」

リュミエと呼ばれた女も自分の得物の双剣で火の玉を叩き落としていく。

「なんでまだこんな所にいるんだ。 面倒な事になったら、俺が全部引き受けるって言っただろうが」

「自分の小隊員ぐらい自分で守る」

「素直に下がってればいいものを」

「戦闘中なのに口が減らないよね。感謝ぐらい素直にしたらいいんじゃない?ヴェルの面倒事を半分引き受けて上げてるんだから。」

「その言葉そっくりそのままお前に返すぞ。」

「...ヴェル、その性格直した方がいいよ。」

「お前もな...っと!」

より一層攻撃が激しくなり、喋っている余裕が無くなる。

 これ以上攻撃が増す可能性がある事を考えると、たとえ二人であってもこのまま耐えることが出来るとは考えづらい。

 リュミエもそれが分かったらしく、だんだんと後退していくのが視界の端に見える。

 すると、耳にかけている小型装着用通信石から部下の声が聞こえた。

「隊長!全員無事に本陣に帰還したぞ!

 隊長の事だから、死ぬ事はねぇとは思うが、絶対無事に帰ってこいよ!男の約束だ!」

そして返答する暇もなくすぐに通信が切れる。

 全く勝手な奴らだ。火の玉が降りしきるこの状況で『帰れ』とは。

 状況は最悪。援軍は望めない。

 だが、俺は帰らなくてはならない。

部下が待っていてくれているんだ。

絶対に帰らなければ...

 ジリジリと後ずさりをしながら川へと近づいていく。

 時間にして数分だろうか。背後でドプン、と何かが川に落ちる音がした。

どうやらリュミエが先に川に潜ったらしい。

俺も早く入らなければ...。

 そうして川に入るまであと一歩のところまで来た。

 川底は深いが、潜ればすぐに渡ることができるだろう。

 これで潜ればひとまず敵の攻撃を避けることが出来る...

「!? しまった!」

 一瞬気を抜いてしまったために、遅れた対応。

 すんでのところで先程の火の玉を弾くことができたが、二発目が隙だらけの脇腹に直撃する。

 とてつもない痛みと炎の熱さが体を襲う。

迫ってくる死。

 なんとか火を消し止めようと、地面の上を転がるものの、魔法で着いた火だからかは知らないが、なかなか消えない。

 とうとうその火の痛みに耐えきれず、俺は川に飛び込んだ。

 川に入ったことで、燃えていた軍服の火は消し止めることができたが、心の準備も体の準備もしていないまま川に入ってしまったため、着水時に多くの水を飲んでしまう。

 息が苦しい。

 何かを掴もうと、藁にもすがる思いで手を伸ばす。

 しかし周りには何もなく、水面上の手は空をかくばかりで、手応えは全くない。

 なんとかこの状況を脱さなければ、と力を振り絞ったものの、脇腹に致命傷を抱えた上、限界近くまで剣を振った腕は、疲れ切ってしまっている。

 薄れゆく意識、狭まる視界。

 はっきりとしてくる走馬灯。

 水の中で一人、孤独死だ。

 俺の人生はこんな事で終わるのか...

 「国の繁栄に命をかけろ」とか部下に言っていた俺が戦場で一人溺死とか...笑い者になるわな...

 そんな事を思っている自分を、誰かが対岸の水上から呼んでいる気がしたが、俺はそれに応える力は既に無く、川の流れに身を任せ、力なく目を閉じた...。


•••••••••••


「...」

 優しい声が聞こえる。

 冷たい物が頭の上に置かれる。

 香水のような匂い、ふかふかのベット、優しい日差し。

 まさか、ここは天国か? とも一瞬思ったが、生憎、天国に行けるような仕事はしていない。

 神様に手違いがあった可能性を除いて、多分、俺はまだ生きている。という事だ。

 死んでいなかったという安心からか、今まで溜まっていた疲れがどっと体を襲う。

 体の疲労が激しいらしく、両手両足を動かす事すらままならない。

 状況を把握するため、意識が判然としない中、薄く目を開ける。

 今来ている服は軍服のような固い服ではなく、柔らかく、かつ暖かい物のようだ。

 戦闘で受けた傷のほとんどは治っており、また、一番重症だった筈の右の脇腹付近は少し痛みが残るだけで、そこまでは気にならない。

 誰かが治療魔法で治してくれたのか...?

 しかも、普通の兵士ならば受ける事が出来ないほど高等の。

 軍が助けてくれていて、軍の救護班に連れてこられたのならベッドの上に寝ている理由がわかるが、先にも考えたように、受けている治療魔法があまりにも高等な為、その可能性は低い。

 ここは軍の救護舎ではないのか?

 だとしたら、俺はどこかの貴族に奇跡的に拾われたか、捕虜になったかのどちらかだ。

 まあ、捕虜になったとしても、協定のお陰で乱暴に扱われることはないだろう。現状確認を終え、少し眠くなった俺は再び寝る事に集中した。

 すると、始めに聞こえてきた、声の主であろう女の子が、独り言の様に呟く。

 「...いつ起きるのかな...?......もしかしたら...いや、私に限ってそんな事...でもそう考えると自信が...」

 地味にうるさいのだが、俺は介護されている身。

 穏便に済ませなければ面倒そうだ。

 声の主はというと、「多分、大丈夫。多分、大丈夫。多分...」という風に、独り言を繰り返している。

 前言撤回。こうも独り言を続けられると寝ようにも寝ることができない。

 やんわりと、自分の思いを伝える事にした。

「すまんが、もう少し寝かせておいてくれないか?...」

「...!? 」

 突然、声の主が俺の声に慌てたかのように俺の周りをパタパタと駆け回る。


 暫くの間、足音は俺の周りをずっと回っていたが、突如、ドアの音がした。やがて、遠くなっていく足音。

 誰かを呼びに行った...のか...?

 俺にはその予想が当たっているかどうかは分からないが、分かったところで現状が変わることはなさそうだ。

 ともかく、俺は、休める時に休む事を心の中に決め、もう1度寝る事にした...

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