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41 二日目を終えて




 二回戦の全試合が終わり、闘技場を離れた琉斗たちは王都の中心部から少し外れた居酒屋で夕食をとっていた。この時期、王都の目ぼしいエリアはどこも込み合っているとのことで、隠れ家的な店を選ぶことにしたのだ。


 食にこだわりのあるレラが薦める店だけあって、料理はどれも素朴ながら味わい深いものばかりだ。繁華街から離れていることもあり、席は込み合うこともなく、客層も落ち着いている。


「あー、悔しい! 今年も二回戦突破したかったのに!」


 そう叫ぶと、セレナが何杯目かの麦酒を勢いよくあおる。


「さすがの腕前でしたね、ナスルは」


「もう、強すぎよあの男! 私の魔法をあっさり弾き飛ばしてくれちゃうし!」


 目の前の串焼きをまとめて手に取ると、セレナはそれをいっぺんに口にする。


「こうなったら頼んだわよ、レラ! 絶対に負けないでよね!」


「まかせてください、私は決勝まで負けるわけにはいきませんから」


 レラが微笑む。


 彼女はと言えば、まったく危なげない試合内容で準々決勝への進出を決めていた。危なげないどころか、試合開始早々レラの槍の一突きで相手の剣は空高く弾き飛ばされてしまっていたのだ。



 話は琉斗の試合にも及ぶ。


「それにしてもリュート、今日の相手は強敵でしたね」


「ああ、俺もびっくりしたよ」


「あの甲冑剣士が、まさかあんなに強いとは思いませんでした」


 ザードとの一戦を思い出しながら、琉斗は小さくうなずいた。


 あの強さは本物だった。確実に今まで戦った相手の中でも最強だ。試合ではお互い相手を探り合っていたが、それでもなお彼女の強さはあの熊のような魔族の幹部、ボルドンを上回っていた。


 もし彼女が本気を出していたならば、その強さはボルドンの比ではないだろう。レラには悪いが、正直ザードの方が彼女より強いのは間違いないように思われた。


 それに、あの角だ。琉斗は彼女の額に角が生えているのを確かに見た。その後見た時にはもう消えてしまっていたが、あれはいったい何だったのだろう。


 彼女はいったい何者なのだろうか。琉斗が己の思考に没頭していると、レラがやや不機嫌そうな声でつぶやいた。


「リュート、そんなに彼女のことが気になるんですか?」


「え、ああ、まあな」


「そうですか。そうですよね、随分と綺麗な顔をしてましたもんね」


「は、はあ!?」


 思わず琉斗が叫ぶ。もしかして、レラは自分がザードに気があると誤解でもしているのだろうか。


「ち、違う! 俺はただ、彼女が何者かと思ってだな……」


 慌てて言い訳する琉斗に、レラがぷっ、と吹き出した。


「ごめんなさい、あんまり黙り込んでいるものなので、ついからかってしまいました」


「な、何だ、おどかさないでくれよ」


 レラが可愛らしくちろりと舌を出す。そんな茶目っ気がいちいち胸に刺さる。


「俺はただ、あいつが何者なのか気になってただけだよ。確かに女だったことには驚いたけど」


「そうよね、私もまさかあんな綺麗な女の子だとは思わなかったわ」


「私もまったく聞いたことがない剣士でした。有名な冒険者なら一通り知っていると思っていたのですが、まだまだ隠れた才能がいるということですね」


 セレナとレラが顔を見合わせて笑う。それから手元の酒を手に取ると、同時に口をつけていく。琉斗も果実酒を一気にあおり、店員におかわりを注文した。



 それにしても、本当にあの女性は何者だったのだろう。どことなく、自分に近いものを感じなくもなかったのだが。














 その夜は夜空も晴れ渡り、満天の星の中に少しだけ欠けた月がぽっかりと浮かんでいた。


 王都をぐるりと囲む巨大な市壁の上にはかがり火が掲げられ、ところどころに配置された警備兵が松明たいまつ片手に見回りを続けている。



 そんな市壁の上に、一つの人影があった。長い銀髪は月の光を浴びて妖しく輝き、風に吹かれてゆらゆらと揺らめいている。影は明かりが輝く町に背を向け、壁の向こうのどこか遠くを見つめている。


 人影――ザードは、誰に聞かせるというわけでもなく何ごとかをつぶやいていた。


「我が主よ――見つけました、あなたがお探しの者を」


 試合が終わり処分してしまったのか、今の彼女は鎧も大剣も身につけてはいなかった。Tシャツに短パンという極めてラフな格好で、健康的な手足が露出している。


 整った顔には、何かを成し遂げたという満足気な表情が浮かんでいた。


「あなたがおっしゃる通りでした。とても私などが力を推し量れるような存在ではありません。あの者が本来の力を取り戻したらと思うと、恐ろしくて夜も眠れません」


 その時、彼女に突然松明の明かりが向けられた。市壁の警備をしていた兵士が誰何する。


「誰だ、そこにいるのは!」


 ザードはその問いには答えず、一人つぶやいた。


「今御身のおそばへ戻ります、我が主」


 そして、町の反対側、市壁の外側へとその身を投じた。


「お、おい!?」


 まだ若い兵士が、慌てて駆け寄る。


 だが、すでにザードの姿はどこにも見えなくなっていた。



 と、すぐ近くにいた別の兵士が叫び声を上げる。


「な、何だあれは!?」


 その声に、市壁の下を覗き込んでいた若い兵士も顔を上げる。そして、驚きに目を見開いた。


 彼らの目の前に現れたのは、一体の龍であった。赤茶色の鱗に覆われた身体は細身で実に優美な姿をしている。その頭部は美しい銀色の鱗で覆われていた。


 龍は一対の翼をはためかせると、ぐんぐんと空へ上昇していく。

 呆気にとられる兵士たちを尻目に、龍はそのまま飛び去っていく。




 龍の姿はみるみる小さくなり、やがて遥か西の空へと消えていった。






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