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潜水艇で朝食を

ぴちょーん、ぴちょーん……! 

黒で塗りつぶしたみたいな底なしの空間に水音が規則正しく鳴る。真夏なのにひんやりとしていて、少しだが海風が吹いていた。どうやら一本道らしくかすかな明かりが向こうから漏れている。だんだん目が慣れてくると天井は低く鍾乳洞にも似た洞窟で、濡れた岩肌を歩いても歩いても出口は見えず、三途の川に向かっているような気分だった。

ふいに、りーん、りーん……と可愛らしい鈴の音が混じる。耳を澄ませれば神経質そうに地面を蹴るかかとの高い靴らしき音もする。

「……まー、姉さまーっ。いないんですかー? ただいま戻りましたよー……?」

洞窟の奥深くに姉さま、と呼びかけるのは大人びた少女だ。顔立ちははっきりとし、鼻筋はとおり、頬は薔薇色。白橡の髪を高く結い上げ、鈴の髪飾りが歩くたびりーん、りーんと涼やかに揺れた。

静かなる、冷たい、洞窟……

「…………ふ、はは」

「んんっ……?」

ちゃりーん……! どこかで金属片みたいなのが落ちた音がした。

「フッハハハハハハハッ!!これはこの国の機械技術の先駆者になる……量産され技術が応用・多様化されさらなる発展を遂げるだろう!これを利用した新しいビジネスが考案され未知なる市場が開拓される!その規模は数億、数十億にまで膨れ上がり私はこの市場の創始者として歴史に名を連ねるのだ……ッ!」

反響で鼓膜が破れそうになる。がしゃーん! ぱりーん! ぐしゃっ! なんて不吉な音までいやにうるさく聞こえてきた。

「……っ、姉さまっ……!」

耳に指突っ込んで全速力で駆け抜ける。足場は悪いが残念なことにこの薄暗い道はよぉく知っている。

「うるさーーーーーーーーい!」

床に落ちたシャーレがまたひとつ割れた。


洞窟の奥はびっくりするほど明るくて小さな公園程度の広さに開けており、穴の反対側は町の港にほど近い海に面していた。なぜだか古書やら宝石やらまじないじみた道具が大量に溢れて機械仕掛けのからくり時計や歯車がむき出しのままの等身大人形が守護神のように据えられ、まるで神様のアトリエの如き風貌を模していた。

 しかし、巫女もどきがまず視線を奪われたのはもっと別な、巨大なもの、で

「何よこれぇ……」

 うげえ、と変な顔をする。

「何って……最高傑作だよ。君の姉のね」

 少女に対して姉と自称するのもまた年若い女だった。いや、女というにはあまりにもかけ離れていて、妹とそっくりの美しい髪はざっくばらんなおかっぱ頭で全身から機械油の変なにおいを漂わせていた。

「これぞ我が大発明にして大革新ッ! 自力で動力を確保し水上のみならず潜水可能なハイテク・メカニカルッ!『魚型潜水艦魚風』ここに顕現したりッどうだ妹よ! 」

水の滴る天然の景色に巨大な魚が鎮座していた。近づいてみるとそれは金属片を隙間なくみっちりとつなぎ合わせられており、開閉できそうな窓の中からはよくわからない鉄製の機械が所狭しと並べられていて、どうやら人が入ることを想定されているようだ。それは船と同じく水に浮き、荒縄で岸辺に繋がれていた。というかもうやりすぎの域にまで達していて出来の悪いおもちゃのような気さえしてくる、正直微妙なビジュアルをしている。

「うわっグロテスク」

「何を言う……この人を小馬鹿にしたような表情、アホみたいなたらこ唇、どこをどうとっても完璧なフォルムだろう」

「どうして本物じゃなくてデフォルメされたほうをもとにデザインしちゃったのよ! こんな悪目立ちする巨体、怪しすぎるでしょ!」

「まあ船体が完成しただけで塗装は明日だがな。そのまえに試運転をしようと思う」

「とそう……?しうんてん……?」

「潜航と航行が成功すればもう完成も同然だ……フフッ……」

 魚型のおもちゃに負けず劣らず気持ち悪い笑い声で笑う姉。いったいこの人は何を言っているのだ。

「ねえ姉さまこれ一体何なの? 水に浮く巨大な鉄の塊なんて悪目立ちしちゃうじゃない……」

「んん、これは潜水艇だ。潜水ができる船だよ妹さんや」

「はあ……」

そこから姉さまは複雑難解な設計図や中身の機能、起動の仕組みやらについてを研究者らしく熱弁していたが文系一筋の私にはさっぱり分からず右から左へと聞き流して適当に相槌を打っておいた。つまるところこの姉妹の隠れ家に突如現れたこの腹立たしい顔をした魚はその見た目通り水の中を泳ぐらしい。

「で、君に頼みなんだが」

「……何するの……目立つような真似だけは」

「大丈夫大丈夫! ちょっと風起こしてもらってこいつ沖に出してみるだけだから!」

「ばかーーーーーーーーーーーーーーー! 」

やっぱりだ!嫌な予感しかしない!この変人思考め!こんなものを海に放り出すだなんて、正気か! 

「い、い、い、嫌よ!ただでさえこんな洞窟に住んでるって言うのに変な機械造ってるなんてご近所に噂立ったら!私もう仕事もらえない 」

「一番近い家ここから1キロぐらいあるけど」

「そういうことじゃないのよ!ただでさえ変人がいつも奇声を上げているから近寄るなーなんて噂されてるのにまた変なことしないでよばか!」

悲鳴を上げる妹をよそにいそいそと準備をしていつもは「重いし動きにくい」と言ってめったに使わない錬金術師の正装であるローブまで着こみはじめた。

「それに海には国の護衛艦隊が四六時中巡回してるじゃない!見つかって変な風に告発されちゃったら姉妹で路頭に迷うことになるわよ!本来なら錬金術師も風水師もそれだけで食っていける職業じゃないのに!私たちは有事の際国軍に協力することを条件に生活が保障されてるわけでたとえささいなことでも国に歯向かうだなんてねえ……!」

 路頭に迷う、の金切り声にしばし一考し、あっと納得したように顔を上げて

「……ああ!大丈夫!エンジンかける時が一番燃料使うけど風起こしてくれれば最初の動力半分で済むから!」

「ちがーーーーーーーーう!」


 その後どんなやりとりがあったのかはもう脳が焼ききれそうに疲れたので言いたくない。適当とがさつを人型にしたみたいなあほんだらでも頭が良い。いままでの人生を良い子で通してきた妹は、やっぱり姉には勝てないのだ。

「もうやだ……独り立ちしたい……」

「日雇いの仕事しかしないお人よしの癖にそりゃあ無理だろ」

「いっそ就職活動始めようかな……」

 そう言うと袂に柳のような細腕を突っ込んで一対のハンドベルを取り出した。短刀を扱うアサシンのごとき構えで銅製の鈴を鳴らす。二つの波長を合わせ、風との波長を合わせ、地面との波長を合わせ、同調させている、らしい。風水師と魔法使いほど感覚的な職業はなく、「あいつらは本当に公務員でいいのか?」と同業者以外から変な目で見られるのも給料が少ない原因で、近々合同のストライキが行われるとかしないとか。

 ぐるるるる……

 洞窟の奥からつきあげるような強風が岸壁に押し寄せて積みあがったガラクタたちを恨みとばかりに吹っ飛ばした。獣のごとき唸り声を響かせて二人を乗せた船体をゆっくりと海原へ押し出す。足元がぐらり、と揺れて巫女服風スカートのすそが揺れた。姉がひゅぅと口笛を吹いた。

「いやあ、壮観だねえ」

「本来こんなことに使うものじゃないんですけ、ど……! 」

 やがて風が収束すると主を優しく取り巻き、じゃれて甘えるようにひらひら、ひらひら踊った。

「んっ……潮、風……」

暴風域を抜けると初夏の明るい日差しが照り付けて魚は本物みたいにぬらり、と光った。

 船は面白いように飛沫を上げながらすいすい進む。小さく気味悪い見た目だけれど、どんな立派な客船よりも快適に沖へ沖へと航海した。

「海はいいなあ……こんな魚の上でなければ最高だったのに」

「最高速度はこれぐらい……エンジン音異常なし機関も正常……空からの索敵、はっと……?」

 そのとき、ひときわ大きな波が船を飲み込んで姉妹の体をずぶ濡れにした。ぬぅ、と黒い影が躍り出て視界を遮った。

「そこの怪しい船体止まりなさい!こちらは国王直属近衛騎士団海軍部隊である! 直ちに運転をとりやめ我らに応答せよ!応答しない場合は王への反逆とみなしただちに攻撃を開始する!繰り返す、こちらは――」

「ね、姉さまこれ……」

「やーっぱり迷彩なしじゃ見つかるかあ……索敵は改良の余地ありっと」

「や、やっぱりって何!気づいてたの!?分かっててやってたわけ!?」

「ちくしょう……やっぱりまだ試運転は早かったか……?いや初動力か?全部エンジンにしたほうが……それだと負担が大きすぎるな……」

「話聞いてよ!ねえったら!」

 潜水艇の何倍も大きい騎士団の船上でぎらつく矛や銛に背筋が凍る。兜の奥の目線が痛い。マストに描かれた国旗が悪夢のようにゆらめいた。お願いだから事の重大さに気付いてくれ。職どころか命も危うい。腕組んで熟考している場合じゃないんだよ。

「ちっ、違うんです聖騎士様!この機械は、戦争とか反乱目的じゃなくってですね、その……!」

「あっ!?機械スペース後尾に移せるか!?だとしたら設計全部変わってくるか!あ、あ、これ、だ……っ!」

ぎょっとして青ざめる。何を言っているのだこのあんぽんたんは 仁王立ちしていた騎士団員までもがあっけにとられてローブを引きずった穀潰しを見た。

「ねえ、さん……? 」

「そうと決まれば今すぐ図面書き換えて材料調達して改造を……!」

「何言ってるの!? 何考えてるの!? 国軍に見つかったらおしまいだって言ったじゃない! 馬鹿なの? 家なし国家特殊戦闘員なんて聞いたことないわよ!」

「え?何言ってんだよ早く戻って改造すっから風……」

「何言ってるのこんな怪しい船見つかるに決まってるでしょ!? 何がやりたいのか私には皆目見当がつかないけどこれだけは言わせてもらうわ。大ばか者!!あああ協力するんじゃなかったああ……!」

年相応の儚げな悲鳴が響く洋上で。歪な姉妹を乗せた歪な鉄と、木製の大型武装船が穏やかな波に揺れていた。今日もこの国は平和だ。


その後。魚型潜水艇『魚風』は国の聖騎士団に回収され発明家の錬金術師の姉は一度お縄についたものの悪意はないこと、潜水艇にも攻撃手段がなかったこと、国家特殊戦闘員という立場から無断での航海など国に直接関与するような行動の制限を条件に釈放された。てっきり税金で暮らしている人間を牢屋には入れられないとかの体裁の問題かと思われたが本人いわく、

「誰一人魚風の仕組みを理解できやしなかったんだよ。あんな複雑な、俺でさえ構想設計に丸三年かかったものを凡人が2日3日じゃ理解できねぇって。何度説明しても欠片も理解しねえの。しっかし騎士団の奴らいじくりまわしてポンコツにしたうえ鉄くずにして沈めやがって……なーにが手違いだよクソ……あいつらぜってぇ許さない。末代まで呪う」とぼやいていたそうな。

 これ以降また発明に明け暮れ、「魚風Ⅱ」「魚風・改」「魚風EX」などが製造、改装されたが、これらが海に出ることはなかった。妹のほうは発明に消える生活費に頭を抱えながらも変わらず生真面目に働き、それなりな平穏を享受して過ごした。


 世界で誰よりも早く潜航可能な船を造り、耐圧構造、金属溶接、水中で稼働するエンジンに魚眼レンズ等様々な技術を確立させた天才は歴史の闇に埋もれたままでいる。


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