アコナイト
「死が老人だけに訪れるというのは間違いだ。死は最初からそこにいる」____ヘルマン・ファイフィル____。
どこまでも続く暗闇。
山の木々たちに囲まれているこの森は静寂に包まれ、鳥や虫たちの羽ばたきや鳴き声はなく、静とした空間に聞こえるのは自分の足音。見上げるとみえる壮大な空には、太陽どころか月や星すらなく、延々とただ真っ暗なだけ。
私、リツカはひたすらに走っていた。いったい自分がどこに向かっているのか、果たして本当にこの方角で合っているのかという疑問を極力考えまいとしながら、無我夢中で前へ前へと暗闇の中を駆け抜けていた。
来るときに穿いてきた、街で買ったお気に入りのピンクのスニーカーも、少し古臭い学校指定の紺色のセーラー服も、木の枝や蔦に引っかかったり転んだりしているうちにボロボロになっている。服だけではなく、頭や顔など身体全体に泥や草が付いていて気持ち悪い。
「はぁ……はぁ……本当っ、もう最悪」
最悪、確かに今日は朝から最悪だった。
**********
今日の私は携帯のアラームが鳴る前に、母親の甲高い声で目を覚ました。その時私は内心で(またか……)と思いながら溜息をつく。
朝帰りの父親にヒステリックに喚き散らす母親。反省すればいいものを、お互いの悪いところを言って罵り合い、それから物の投げ合いにまで発展する。こういうことは初めてじゃない。
私が小さいころから両親の関係はあまり良くなかった。私が虐待されるようなことにはならなかったが、父と母が楽しく会話をしているところを見たことがなく、また、私に対しても、あの二人は一寸の興味を持とうとはしなかった。その癖に、私が家を出て県外の高校に通いたいといったときは、猛反対され、結局地元の進学校に通わされることになった。私は正直もう耐えきれなかったのだ。広い家に三人も住んでいるのに必要最低限の会話しかなく、お互いに干渉しない空間に。だから出ていこうとしたのに、あの人たちは、それでも私を自分達の監視下に置こうとする。おそらく、私を信用していないのだろう。目が届かない場所に置いたら、私がなにか迷惑をかけるようなことをすると考えていたに違いない。
いや、私だけじゃない、あの二人は誰も信用しないだろう、誰もが心の中では自分の利益についてしか考えていないと思っているのだ、自分たちがそうであるように。だから、だからこそ、息が詰まりそうな、まるで歯車の大きさが合わないような関係なのに、離れようとしない。お互いに傷つくのが嫌なのだ、「×1」という目で見られたくないから、今の関係を保っている。愛情もなく、信愛もなく。
私はそんな両親に好意など持てるはずもなかった。いや寧ろ、嫌悪感すら抱いていた。やさしい言葉をかけられたことはない、褒めてもらったことも、叱られたことも。ただ、無機質な目で私を見て、義務を遂行する機械のようにご飯を作り家事をし、働く。
最低限の世話、最低限の関係、最低限の会話、最低な人たち。
皿が割れる音を聞きながら決心した。
家を出よう、あてはないけど、一秒でも早くこの牢獄から出たい。
大急ぎで私物を大きめのリュックサックに詰める。私物といっても、ほとんど生活必需品ばかりだからすぐに終わった。着ていく服に迷ったが、何かと便利と考えて結局制服にした。
肝心の現金の蓄えはあった。両親に内緒でしていたアルバイトのお金と、毎年大勢の親戚から貰えるお年玉、それに加えて私が殆どお金を使わなかったから、お金が貯まっていったのだ。
さすがに玄関から外に出ようとしたら喧嘩中の両親も気づいてしまうので、靴は新品のスニーカーを出して、まずは二階のベランダに出る。9月も中旬なので少し肌寒いと思いながら、すぐ隣に隣接した家の窓を4回弱く叩く。それから少しして、寝癖髪の男が窓を開けた。幼馴染のタケだ。
「・・・・・・寝てたんだけど」
タケは眠そうにそう呟いた。クラスの女子からクールと言われているその整った顔も、寝起きは見る影もない。
「ごめんごめん。って、もう起きないと遅刻する時間だよ?」
「いいんだよ、いつもこんなもんだから」
昔から遅刻癖があるやつだから、いまさら私が何を言っても仕方ない。タケは欠伸をして
「で、こんな朝っぱらからなんの用だよ。つか、その荷物は?」
「まって、今そっちに行って説明するから」
「え。いやちょっと!」
タケの静止を振り切って、私は助走も付けずに勢い良くジャンプした。と言っても1メートルも飛ばない。そのままタケのベッドに着地する。
「おまっ、あぶねえよ! 玄関から普通に入ればいいだろ!」
「それができない理由があるんだってば。そのためにこっちに来たんだし」
それを聞いたタケは少し怪訝な顔をして
「もしかして、また?」
「そそ、また」
タケは昔ながらの付き合いなので、もちろん私の両親の不仲を知っている。朧気ながらしか思い出せないくらい昔は、タケが幼い私をよく慰めてくれていた。
「他人の家のことは悪く言いたくないけれど・・・・・・本当に毎回毎回良く飽きないな。最近頻度が減ってきたから少し良くなったと思った矢先にこれだ。おじいさんおばあさんになってからも続けるのかねぇ。仲良くする努力をするとか、もう最悪、別れたほうがいいのかもな。お互いのために」
「ほんとにね」
と相槌を打つと、タケは私の鼻を掴んで
「お前もお前だよ。ただ黙って我慢してないで、なんか行動おこせよ。これじゃ現状はいつまで経っても変わらん」
と言いながら引っ張る。ものすごく痛い。
「止めてってば! なによ、だから行動を今から起こそうとしているんじゃない。私だって仏じゃあるまいし、我慢の限界があるもの」
「おいおい。仏様は二回までしか我慢できない堪え性の無いやつだろ。そんなことも知らないなんて、やっぱりリツカは馬鹿だな」
全力の右ストレートで殴った。顔は可哀想なのと、クラスの女子を敵に回したくないから、お腹の少し上の方を狙った。タケは数秒間悶絶して
「この暴力女! 少しは情けってものがないのか!」
「生憎、私はあの二人の娘だからね。手が出るのは仕方ないことなのよ。私を恨むなら、私をこんな性格にした両親と自分を恨みなさい」
「いや俺は関係ないだろ」
「幼馴染でしょ? 私の性格形成に多大な影響を与えているよ。タケだって」
絶対に口が裂けても言えないけど、実際、幼少期はタケという心の支えがあったから、何も問題なく過ごせたのだと思う。もしタケがいなかったら、なんて考えるとぞっとする。私の心はもっと早く折れていたかもしれないし、寧ろもっとひどい状態になっていたかもしれない。
「ははっ。じゃあ、俺がこんな性格である一端はリツカが原因ということだな」
とタケは笑う。
「そうね」
「俺が遅刻魔で、サボり癖が抜けなくて、誰かに起こしてもらわないと起きられないのも、リツカのせいな」
「いや、それはあんたが悪いだけだから」
「自分のことを棚に上げんなよ」
そんな感じで他愛もない話を続けること数十分、気がついたらとうの昔に一限目が始まっている時間になっていたので、二人で学校をサボることにした。高校生になって初めてのサボりだったが、よく考えると家出をしようとしたのだからどうってことないなと思い直した。そう、家出しようとした。でも、タケと話しているうちに、そんな気はサラサラなくなっていた。不思議なもので、唯一気を許せる人間だからか、昔からタケと話すと嫌なことやストレスを忘れられた。今回も、朝はもう二度と家に帰って親に会いたくないと思っていたのに、もう少しなら、せめて大学生になるまでは頑張ろうという気になっていた。
「そういえば、聞きそびれていたけど、結局お前そんな荷物持って何をするつもりだったん?」
「あー、家出でもしようかなって思ったんだけど」
ガタッとタケは立ち上がる。私は驚いて目を見開いた。
「馬鹿か、お前は!」
「あっ、また馬鹿って言った!」
「いや馬鹿だろ! お前生活力ゼロだし、方向音痴だし、勉強はできるけど常識が少し抜けているし、一日も経たないで野垂れ死ぬって!」
酷い言い草だけど、冷静に考えてみると全く反論できない。そんな自分にどうしようもなく悔しい気持ちになる。
「だから止めよう、なっ?」
「いや、だから最後まで聞こうって。あんたはなんでそんなムキになんのさ」
「そりゃムキになるだろ。お前が死に急ぐようなことをいうからさ」
「いやいや、人間そんなに簡単に死なないから」
「・・・・・・そんなことないだろ」
タケは窓から外を、私の家ではなく向かいの家の方を見る。それが霧島さんの家だと気づいて、私はハッとした。あそこの家には5歳位の女の子が住んでいた。よく笑う子で、元気な挨拶をしてくれたのが印象的だった。その子のお母さんとは昔からお世話になっていたから、その女の子と遊んだこともあったのだ。しかし丁度一週間前、その女の子は、女の子は
「とにかく、お前は昔から危なっかしいんだよ。少しは自重しろ」
「私は大丈夫だって、私は」
「ふーん」
タケの馬鹿にしたように鼻で笑うのをみて、私も少しむきになる。
「よく考えたら、子供の頃よく怪我をしていたのはタケの方じゃない! そのたびに私が保健室に連れて行ったのを忘れたの。とくに中学の時の骨折なんか、私、あんたが病院に運ばれたって訊いて心臓が止まるかと思ったのよ?」
「それはもう時効だろ! それにあれはお前を____」
それから黙って俯いてから
「いや、なんでもない」
と小さく呟く。
私が? 何なのだろう。
「ちょっと、そこまで言って止めないでよ」
「なんでもないっての。それより今はお前の話だろ。本当にもう家出とか考えんなよ。どうしても我慢できないときは、俺に言えよ、な?」
「・・・・・・わかったよ」
「おう、絶対だぞ。お前が死んだら俺も死んでやるからな」
「あんたもさらっと怖いこと言うわね」
だからお前も気をつけろよ、俺のために。タケはそう言って、なんとも言えない表情で笑った。昔からタケはその目を細めて口元だけ笑う時は決まって、いつものようにふざけてないで、本心から言っているのだと思っている。違うのかもしれないけど。
「あ、お手洗い借りるね」
私はタケにそう断って立ち上がり、下に降りるために階段に向かう。丁度一段目を降りようとした時、世界が揺れた。いや、地面が揺れている。地震だ。
「あっ、あっ、あ」
「り、リツカ!」
視界が一転二転と移り変わる。その直後に訪れる浮遊感。エレベータで下に降りた時の感覚に似ている。そんなことを思った刹那、頭に強い衝撃。それから、どんどんと意識が遠くなってきた。誰かに名前を呼ばれている気がしたけど、それに私は答えることができなかった。
「え?」
気づいたら。本当に、ふと意識を取り戻したら、3m先も見えない暗闇の森の中に私はいた。ここは、どこだ。
私はさっきまで何をしていた?
どうして私はここにいるの?
疑問と不安が頭のなかをグルグルと駆け巡る。早くここから抜けだしたい。
「は、早く帰ろう」
私は走りだした。どちらに向かえばいいかわからなかったけれど、一刻でも早くここから出るために。
そして現在に至る。
かれこれもう30分は走っているから息は絶え絶えで、吐き気がする。しかし私の頭はそれと対照的に少しだけ冷静になってきた。私は制服のポケットから白いガラパゴス携帯(今はフューチャーフォンだっけ?)を取り出して開く。電源が切れているのか、画面には何も表示されないのを見て、私は助けを呼べない現状を確認した。
どうしてここに私がいるのか、なんで私がこんな目に、そう考えても答えなんて出そうにないから、とりあえずは、この状況を整理する。
「よく考えるのよリツカ。ここはどこかの山の中よね。時間はおそらく深夜。それ以外の情報は皆無に近い。この中で私が取れる行動は、今は視界が悪いから日が出てから移動するか、または、ここから移動して光源を頼りに人を探して助けを求めるか」
不安を打ち消すように自分の名前を言いながら、一つ一つ現状を口に出して並べていく
「今のところは危険な動物や虫は発見してないけど、もしかしたら毒蛇やなんかがいるかもしれない。でも、もし明日になっても人一人に会えない状況になったことを考えると、今日は体力を温存していたほうがいいかしら。最悪、食料や水は自分で確保しないといけないし」
結局のところ、今日のうちに行動するか、朝を待つか、ただそれだけ。
「まあ、こんな山の中で人を見つけるのは至難の業か。今日はどこかで休む所を」
「お姉さん、迷子?」
突然、後ろから声が投げかけられ、背中に冷たいものが走る感覚がして鳥肌が立つ。恐る恐る後ろを振り返ってみると
「・・・・・・うっ」
私は喉まで込み上げてきた悲鳴をすんでの所でこらえた。
そこにいたのは女の子。最近はあまりみられないおかっぱの、5歳位の可愛らしい女の子だ。彼女はこの場所に不釣り合いな、花柄模様の上等な着物を来ていて、私の顔をじっと見つめている。
この髪型を、この目を、この少女を、私は知っている。
「どうして。どうして橙子ちゃんがここにいるの?」
「あたしー?」
そうだ、この女の子の名前は霧島 橙子。私の家の近くに住んでいる。可愛らしい元気な女の子。一週間前に車に撥ねられてすぐに病院に運ばれたが、助からなかった女の子。
彼女の母親の小さな背中を思い出す。ずっと涙を流しながら「橙子、橙子」と呼んでいた姿を見て、私が死んでも母は私のために涙は流してくれないだろうなと思っていた。逆に保険金が下りてきて大喜びするのかもしれない。ありそうな話だ、そう思った。
だから、彼女は、橙子はもう死んでいるはずなのだ。私もこの目で彼女の死体を見た。初めて見た人の死んだあとの姿は、まるで人形のようだった。
橙子はえーと、と少し考えてから
「トーコはねぇ、パパとママをまっているの。だからトーコはパパとママがくるまで、みんなといっしょにいないといけないのー」
みんな? パパとママが来るまでって、一体どういうことなのだろう。いや、それよりも、今聞かないといけないことは
「橙子ちゃん、ここはどこ?」
「えーとね、ここは『ひがん山』だよ。それでー、このさきにあるのが『ひがんむら』なんだってー」
「ひがん?」
少なくとも私達が住んでいる市の近くにそんな山や地名はなかった。ということは、私が住んでいたところより、ここはずっと遠くにあるのかもしれない。
それにしても、これからどうしよう。とりあえず、その村に案内してもらって、電話を借りようかな。
「橙子ちゃんの村に私を案内してくれないかな?」
「いいよー」
そう言って橙子は私に背を向けて走りだした。楽しそうにきゃっきゃと笑いながら、こっちだよーと私に叫んでいる。
「ま、まってよ!」
私も急いでその小さな背中を追いかける。橙子は足を止めないでひたすら走る。私には暗くてここがどこかも全くわからないのに、橙子にとってここはもう住み慣れたところなのだろう。
それから何分たっただろうか、いつの間にか私達はさっきまでの獣道ではなく、しっかり舗装されている道に出ていた。道の隅には、おそらく赤い花が植えられている。少し不気味なこの花は、確か彼岸花といった気がする。この山の名前は「彼岸山」だったのだと、その花を見た瞬間納得した。
「ねえ、橙子ちゃん。あと村にはどれくらいでつくの?」
「もう、ここが村だよ?」
橙子は私の方に振り返り、立ち止まった。それから視線を全体に向ける。私も真似をする。すると今まで木々だと思っていたのが建物に変わっていた。最近では殆ど見ない、茅葺屋根の古い建物。人気がないのと、光がないのが合わさって不気味な雰囲気を醸し出している。
「もうすぐ家につくよ」
そう橙子は言って、リツカの手を引いた。その手は、恐ろしいまでに体温というものを感じさせない。本当に、冷たい手。
橙子が歩みを止めた先には、年季が入って今にも落ちそうな木造の大きな橋があった。その下からは川の水が流れる、轟々という音が聞こえる。
「山の中にこんな場所があったなんて……」
橋の真ん中辺りで下を覗くと、暗くて川自体は全く見えないことに気づく。落ちたら助かりそうにもないな、そう思った。
ゆっくりと、一歩一歩気をつけながら歩いて、ようやく橋を渡りきった時、囁きのような抑揚のない……悪く言えば冷たい印象を受ける声がした。
「……お帰りなさい、橙子」
「かあ様」
橙子が手を離して向かった先には、橙子をそのまま大人にしたような、凛とした、それでいてどことなく艶めかしい雰囲気の女性がそこにいた。
でも、まて。変だ。おかしい。橙子は今、この女性に向かって「かあ様」といったが、私の知っている橙子ちゃんのお母さんは、もっと柔らかい印象の可憐な女性だ。
だったら、この女性は一体誰?
「その方は?」
とその女性は、橙子に問う。橙子は少し誇らしげに
「あのね、あのね。迷子を連れてきてあげたの。前にかあ様が言った通り」
「まあ、そう」
と頷き、私の方を向いて
「大変でしたね、今日はもう遅いです。私の家に泊まって下さいな」
とてもありがたい提案なのだが、果たして本当に付いて行って大丈夫なのかという考えが私の頭をよぎる。逡巡していると、橙子が私の制服の裾をギュッと引っ張った。
「・・・・・・わかりました、お言葉に甘えさせていただきます」
私たちはそれから橙子の家に向かった。橋を渡った先にも先ほどと同じように家が立ち並ぶ。見渡してみると、近代的な建物はあまりなく古風なものばかりで、車やバイクはもちろん、自転車なども一台も見つけられなかった。コンビニすらない。ここの村人は一体どういう生活をしているのだろう。
途中、その女性は突然立ち止まり
「そこに生えている紫の花があるでしょう? なんだか知っていますか?」
「いえ……私の街では見たことがないので」
「それはトリカブトといって、使い方によっては漢方薬、使い方によっては猛毒となる植物です。色は紫色だけではなくて白や黄色もあるのですよ。ここに生えているのはヤマトリカブト。花言葉は」
私の目をじっと見てから、笑った。それは微笑みと言うよりは、冷笑に近いものだった。
「____あなたは私に死を与えた」
突然、冷たい風が私の中を通り過ぎるような、そんな感覚がした。
「それは、どういう」
意味ですか、という私の言葉を遮ってその女性は続ける。
「ねぇ、あなた、ご両親はまだ生きていらっしゃる?」
「今朝までは」
元気に皿やコップを投げ合っていましたとは、流石に言えない。
「そう、それは残念。ね?」
残念、両親が元気なことが。
そう言ったのか、この人は。
どうしてそんなことを言いながら、微笑みを浮かべられるのか。どうして事も無げに言えるのか。まるで私の心の中を見透かしたかのように見るのか。
理解できない。
確かに私は両親が嫌いだ。嫌悪している。
それでも、それでもだ。
一度だって、死んだほうがいいなんて考えたことはない。できるなら、仲良くしたいと思っていた。そのはず。
「あなたは、この世で一番親不孝なことって知っている?」
私に回答をさせる気はないのか、すぐに続ける。
「この村はね、親不孝な子どもたちが集まる場所なの。私もそうだし、橙子も、あなたも。両親の迎えが来るまで、ここからは出られない。私はもう10年近く待っているけど、まだまだ迎えは来ない」
「だから毎日祈っているのよ」
「早く死なないかなって」
「いずれあなたも、そうなるわ」
「この村の名前は悲願村。悲しい願いが渦巻く所」
「この世で一番親不孝なことはね」
それを訊いて私は理解する。
「ああ、私は」
死んでいたのか。
タケは暗闇の中、必死で幼馴染を探していた。
気がついた時にはこの木々に囲まれていた。太陽はもちろん、月も星もなく、暗闇の中歩いていた時、見つけたのだ。ピンクのストラップを。
タケはそれに見覚えがあった。幼馴染にタケがプレゼントしたものだ。
この世に一つだけの、手作りの。
我ながら自分に似合わないことをしたと思っている。が、そのとき彼女が見せた笑顔が今でも忘れられない。だからこそ、いつも携帯に付けていることをタケは知っていたのだ。
「おーい! リツカー!」
幼馴染の名前を呼びながら山の中を歩く。
そういえば、昔にもこんなことがあった。
彼女はもう覚えていないだろうけど、小学生の頃、遠足で近くにある山に登った。
タケ自身もほとんど覚えていないが、弁当を忘れた、というか、母親が作らなくて弁当がなかった彼女に、弁当を分けてあげたことがあった。しかし、二人共そんな量じゃ足りなくて、休憩時間を使って山の中に食材を探しに行ったのだ。
今思うと、ものすごく馬鹿なことをしていた。
そのまま食べるつもりだったのか。
まあ、結局案の定、二人共山の中で迷子になり、先生にこっぴどく怒られた。
(・・・・・・あれ、そういえば、あの時誰が見つけて)
「お兄さん、迷子?」
突然の後ろからの声にタケは驚き、振り返る。そこには__________。
……この主人公、落ち着きじゃない?←