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 昼を過ぎた頃、二人はようやくアルトック山の麓までたどり着いた。


 緑と水に満たされた住宅地や、人の溢れる市街地周辺からは、想像がつかないほどごつごつとした山で、

 剥き出しの岩肌に突風が叩き付けられ、砂埃があちらこちらに舞っている。

 なだらかな坂道だが、頂上は雲に隠れ、

 巨人が置き忘れたような背の高い岩があたり一面に転がっていた。



 周囲に人気(ひとけ)はない。

 この無価値な山までやってくる

 物好きな人間などそうはいないからだ。



 リュックを背負い直して、

 ショーンが言った。

「さあやってきたぞ、ジム。

 ここから僕たちは、かつてここで何があったのかを探らなくてはならない」

「何十年も昔の話だ。

 なにか残っているのかな?」

「さてね。

 もしかしたらなにもないかもしれない。

 そしたら、振り出しに戻るだけだよ」



 口々にそう掛け合いながら、

 とにかく二人は山の頂上を目指す。



 すると岩の一つがゴトリ、

 と音を立てて動いた。



 先頭に立っていたジムが、

 それに気づいて警告する。

「ショーン、気をつけた方がいい。

 どうやら風で地面がえぐれて、

 岩が移動するようだぞ。

 転がってきたらやっかいだな」

「まってくれジム。

 地面がえぐれて岩が転がるとして、果たしてそれが空中に浮き上がるのかい?」

「意味がわからないぞ。

 なにを馬鹿なことを言い出すんだ」

「ああ、同感だよ、ジム。

 だがしかし、だとすれば

 あれはいったいなんなのだろうか」



 ジムはショーンの示した方角を見た。



 一見してジムは、ショーンの言ったように岩が空中に浮いているものと錯覚した。



 だがしかし、その下で自分の何倍もの重量のあるそれを持ち上げる人影を見つけ、すぐさま別の衝撃を受けた。



「シャーレ!

 ……ああ、まさかそんな、嘘だろう!?」



 煌びやかなドレスを纏ったシャーレが、涼しい顔からはおよそ想像しがたい行為をやってのけている。ジムはモンスターのような力を発揮する恋人を見て、嘆いた。



 シャーレは脅し替わりに岩を放り投げ、

 あさってのほうにやると、

 大声でジムに告げた。



「いけない子だわ、ジム。

 あなたはどうして、

 私を消そうとするのかしら?

 さあ、この岩ですりつぶされたくなければ、すぐに市街へ引き返すのよ!」


 それを聞いて、ショーンが言った。

「あれが君のヒロインかい?

  なかなか野性味溢れる、

 魅力的な娘じゃないか」

「この最悪の事態に、よくもそんなジョークが言えるな、ショーン」

「さて、

 そこまで悪い状況とは思えないがね。

 考えてもみたまえ。

 たった今一つの事実が立証されたのさ。

 〝彼女にとって、どうやらここは、

  力尽くでも通してはならないらしい〟

 ……ってね。

 手がかりのまったくない我々は、これを事件解決の糸口として逃す手はないぞ」

「なるほど、まったくだ。

 しかしショーン、

 見ての通り彼女は手強い。

 僕は昨晩、彼女に戦いを挑み、

 赤子のように伸されてしまった。

 賢い君には、何か、

 これを潜り抜ける策でもあるのかい?」


「ああ、みたまえ犠牲となったあの岩を。

 僕は炭鉱の見学に行ったことがあるが、あの岩はざっと200ポンドほどある。屈強な炭鉱夫でも、ああやすやすと持ち上げたりできやしない。


 ――さて、今は策の話だったかな?


 こうなっては正面から戦いを挑むぐらいしか策といえるものを思いつかないが、

 君は、まさか僕に、あんな怪物の相手をしろと言ったりしないだろうね?」



「一度退くしかないのか」



 そう断念したジムに、

 ショーンは首を左右に振って言った。



「違う違う。

 大いに間違っているぞ、わが親友よ。

 今君は、こう答えるべきだったんだ。


 〝その通りだ、やってみせてくれ、

  ショーン!!〟


 すると僕は笑みを浮かべ、

 こう返事をするのさ。


 〝いいとも!

  腕前をご披露しよう!!〟」



 そしてショーンは駆けた。

 驚いたらしいシャーレは、詰め寄るショーン相手に岩を武器にする事を諦め、素手で彼に掴みかかろうとした。


 だがすんでのところでショーンは身を翻し、彼女の腕を掴み、「エイヤ!」と一声あげて腰を捻る。シャーレは空中を舞い、地面にしたたかに叩きつけられた。

 そのままショーンは彼女の背後に被さり、利き腕を捻って身動きを封じた。

 口笛をひゅうと吹いて、ショーンが言う。


「ごらんあれ。いかに怪力の持ち主でも、それを制するために錬られた東洋の武術、

 〝バリツ〟ならこんな真似もできる!」


「ショーン、手加減をしておくれ。

 彼女はシャーレの体を持っているんだ」


「手加減?

 冗談じゃない。

 こう見えてもね、僕も精一杯なのさ。

 なにせこの腕力だ、いつ振り解かれるかわかったもんじゃない。

 ……さあ、行くんだジム!

 行ってこの先に何があるのか、

 その目で確かめてくれ。

 今君はこの少女と僕の、

 二つの命を背負ってしまったぞ!」



 ジムは頷くと、罵声を浴びせるシャーレに背を向けて、

 一人アルトック山を駆け上がった。

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