3
アルトック山に向かうには、
とにかく市街地を抜けなくてはならない。
リーンの市街地は中規模な街だ。
静かな郊外とは趣が全く違う、人々の行き交う交易町として栄えていた。
すぐ側の港町との交流があり、山の向こうの農村から作物を買い付けた行商人や、アルトック山と対になって並ぶガナメン山の炭鉱からの多くの石炭や食料が往来している。
そんなわけで、人が多い市街地の端から端まで10マイルほどあり、足では少しばかり時間がかかる。
市街地の中心を抜けたあたりで、休憩を申し出たのはショーンだった。
「まってくれ、ジム。
さっきはああ言ったが、ただ急ぐばかりでは事は良く進まないぞ。
そこにあるカフェで一息入れよう」
一刻も早く先に進みたいジムだったが、
ショーンの言うとおり、この先何が起こるか分からないのに無理をしては良くないと思い直した。
二人はオープンテラスに落ち着いた。
ショーンは女給仕にチップを渡し、
こうオーダーした。
「エスプレッソを2つ。
それとサンドイッチもそれぞれに。
ここは僕が奢ろう」
「いいのかい?
一件の依頼人は僕だよ」
「構うものか。こちらはそれを堪能させてもらっている。お釣りがいるくらいさ」
ジムは改めて、ショーンという男は、良くも悪くも奇妙な性格をしていると思った。
「ところでジム。
君はアルトック山について、
何を知っている?」
食事を始めてから、
ショーンはこう切り出した。
「さてね。古くは火山だった事と、今は何もない禿げ山ということぐらいかな」
「残念だが、
僕もそのくらいしか知らない。
山の主についても、それらしい昔話が残っている程度だったからね。
すると先々代の領主は、一体何をしでかしてその山の主を怒らせたのかな」
「うん。僕も気になっていた。
そうだな。
火山があったなら、温泉ぐらいは
湧いていたのかも知れない」
「なるほど。
あれは珍しい飲み物として、
よく売れるからね」
「アルトック山と領主を結びつけるとしたら、そのあたりかな」
「君にしては鋭いが、
真相を知る根拠としては今ひとつだな」
「なにがあったにせよ、あの優しいシャーレが呪われるのは理不尽な話さ」
「実はそのことなんだがね、怒らないで聞いてほしい。もし、……おや?」
ショーンが新たな仮説らしきモノを論じようとした矢先、
二人の元にふらりと老人が現れた。
身長はまるで児童ほどしかなく、
白いひげは垢にまみれ、
それらはもみあげとの区別がつかない。
全身にボロ布を纏いつつ何かしら入った袋を背負って、杖をつたってようやく歩ける様子だった。
それを見たショーンはこう言った。
「やあ物乞いかい?
どうか構わないで行ってくれ。
せっかくの食事の味が落ちる」
するとジムはショーンを咎め、
老人に言った。
「この25セントを渡そう。
安い端切れ肉なら当分買えるはずだ。
……ああ、
それからもう10セントも要るね。
夜は冷える。
これは必ず毛布に使うんだ。」
この言葉に老人は感激すると、袋から丸いトレーのような金属を取り出し、しわがれた声で言った。
「そんな優しい言葉をかけられたのは初めてです。あっしにゃあ、これしかお返しするモノを持っていやしません。どうか、受け取ってくだせえ」
ジムはそれを丁重に受け取った。
老人はまた、
よちよちとどこかに去っていく。
「捨てたまえ。
疫病がはびこっているかも知れないぞ」
ショーンはジムに言った。
「ずいぶん錆びているけど、古い皿かな?
見たことない模様が刻まれてるぞ」
ジムは円盤を観察して呟いた。
「どうせあの乞食が犬のエサ入れを盗んできたんだろう。みたまえ、あちこち塗料が剥げてるじゃないか。
……ああ、いやまて、
それを貸してくれ、ジム」
興味のない素振りから一転、ショーンはジムから円盤を受け取ると、しげしげと眺めて言った。
「これは銅鏡だ」
「銅鏡?」
「青銅でできた鏡だよ。
錆びて面影がないが、
かつては水面の様に反射していたんだ。
……それもこれは東洋で、
神社に祀られてた代物だ」
「ショーン、聞いてくれ。
残念だが僕は考古学者じゃないんだ。
君の言っていることが、
僕にはさっぱりわからない」
「つまり、そうだな。
これは教会の十字架と同じさ。
こいつが光り輝いていた頃、神と交信するシンボルと信じられていたんだ」
「そんなものを、
何故あの老人が持っていたんだろう」
「ううん、それには答えられないな。
間の悪いことに、
あの物乞いもどこかへ行ってしまった。
これには想像以上の価値がありそうだ。
返そう。
間違いなく、君が貰ったものだ」
ジムは頷き、
銅鏡をリュックに仕舞いこんだ。
そしてサンドイッチを頬張り言った。
「さあ、ショーン。そろそろ前に進もう」