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 翌朝ジムは、重たい体を引きずり、自宅にも帰らずある人物を訪ねていた。

 煉瓦をタールで覆った住処を見つけると、木戸を打ち鳴らす。



「ショーン!

 ショーン=コラージ!

 開けてくれ、ジムだ!」



 するとまもなく扉が開かれる。

 迎えたのはジムと同い年の少年だ。



 ぴしっとしたYシャツの上にチョッキを被せ、チェック柄のズボンも着崩れが無い。

 金髪は整髪剤で整えられ、精悍な顔つきにある鋭い眼光は、同年代の少年達とは違う精力的な輝きを持っていた。



 彼こそがショーン=コラージ。

 リーン随一の偏屈者として知られる男だ。



 彼はジムを少し観察すると、

 喜びをこめてこう言った。



「やあ、ジム!

 すばらしき我が親友よ!

 その顔は、なかなかおもしろいやっかい事を持ちこんできてくれたようだね!!」

「その通りだ、ショーン。

 君にとって最高で、

 僕にとって最悪の出来事だ。

 そしてこんなやっかいな事件は、

 君以外に相談する事はできない」

「よろしい! 大変よろしい!!

 ……さあさあ、そんなところに立ってないで、中に入りたまえ。

 見たところ

 君の体はずいぶん冷えているね。

 上物のアッサム・ティーを振る舞おう!」




 ジムが事の顛末をショーンに話す。

 ショーンは先の嬉々とした表情とは打って変わって、椅子の背もたれに深く腰掛け、じっと目を閉じ、静寂に聞き入っていた。



 一見すると、まるで寝ているように取られがちだが、それは大きな誤りだ。

 ジムは彼が考え事をしながら神経を研ぎ澄ましている時、それ以外の動作を止めてしまうことをよくよく知っていた。


 ジムが言葉を紡ぎ終えると、目を開いて、しかしまた停止し、そして今度は大笑いを始めた。



「なにが可笑しいんだ、ショーン!」

 ジムは大声を上げた。


「いや、すまない。だってほら……君にしては、なかなかロマンチックな恋をしていたのかと思うと、不思議に笑いがこみ上げてきてね。それも僕の知らないところで!

 まるでルーン=ルーシィーの〝悔恨の口付け〟のようじゃないか。

 そして我らがジム・リックバートンの次の主演はあの喜劇、〝怪傑の仮面〟ときた。

 ヒロインを救うため、

 颯爽とマントを翻すのさ。

 それを想像すると、笑わないでくれと言う方が……無理というものじゃないかね?」

「君に相談したのが間違いだったよ。

 失礼する!」


 憤慨するジムを、

 ショーンは詫びて引き留めた。


「待ってくれジム、謝るよ。

 事の深刻さは僕にも伝わった。

 本当さ……疑わないでほしいな。

 それが証拠に、君に有力な情報を僕は知っている。待ちたまえ」

 そういうとショーンは、まだわき起こる笑みを噛み殺しながら、本棚から一冊を抜き出した。



 ジムが問いかける。

「それはなんだい? 古い文献かい?」

「あながち不正解ではないかな。

 これは僕の日記だ」

「日記が一体どう役に立つのさ」

「日記を役立てる方法を知らない節、君は日記というモノを勘違いしている。

 日記とは、その日の出来事を記すばかりではなく、自らが意識的に行った行為の記録の総称だ。

 そして過去の自分は常に未来の自分を支える材料を残す。

 ……些細な事実を忘れなければね。

 よくに日記をつけ始めて、書くことがないとぼやく哀れな人間がいるが、僕から言わせればそんなものは日記とは呼べない。せいぜい、市街地の路地裏にいるゴロツキが残した落書き、それと同価値の代物さ」


「君の持論はまた今度、ゆっくりと聞こう。今はそれを活かしてほしいな」


「焦りは禁物だよ、ジム。

 少し落ち着きたまえ」

 そう言ってショーンは本をめくる。

「ああ、あった。

 2年前の僕曰く、こうある。

 『3番区の青空市で、それはそれは上品な婦人達――もちろんこれは皮肉だ――の噂話を耳に挟む。

  領主の娘は昔から狂人癖があり、

 それゆえ幽閉されている。

 それは先々代の領主が、アルトック山の主に粗相を働いた呪いである』と」


「それがシャーレだというのかい!?

 ……ただの噂話じゃないか!」

 ジムが抗議の声を上げると、ショーンは極めて冷静にこう言った。



「ジム。

 ここら一帯の人間はね、

 『天に在す我らが父』とある神以外の存在を信じちゃいけないきまりなのさ。

 それが山の主だなんて……本当に存在しない限り、間違っても口にしたりしないとその日の僕は書き記しているよ」



 ジムは唸った。

 シャーレの秘密は、彼女すら知らないところで、街の怪談話としてとっくに知れ渡っていたのだ。




「やあ、まさかその彼女と、君がくっつくなんてかつての僕も予想していなかったようだけどね。

 ……どうしたんだい、ジム。

 唸ってないで、さあ!

 支度をしないか!」

「支度だって?」

「いやまったく、

 ほとほと君は主役には向いてないよ。

 アルトック山に行くのさ!

 『悩む間に、時間を惜しむべきだ』と、

 〝怪傑の仮面〟にもこうあるぞ!!」



 ショーンに急かされ、

 そうだとジムは立ち上がった。

 下らない世間話にショックを受けている場合ではない。今はシャーレを救うために行動しなくては。





 勇むジムの側で、ショーンはせむしのように体をかがめて何かを数えていた。

 のぞきこむと端金が少々積まれているのが見える。

 ショーンは少し呻くと、

 珍しく困った顔で振り返った。



「ところでジム。君は馬車を雇う賃金を持ち合わせているかい?」



 アルトック山まで、少しばかりくたびれなくてはならないようだ。


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