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かつて見た果て  作者: 笠倉とあ
番外編
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13/18

花舞う風に散る夢と-4

 アレクと出会って三日目。

 その日は、朝から湿度が高かった。

 日が昇っても上がらない気温と、纏わり付いてくるような湿気に、風邪を引かなければ良いですがと、少女の隣を歩いていた少年がぽつりと呟いた。


「アレクさん、本当にこっちで良いんですか?」

「うんうん、本当にこっちで間違いないよ。絶対絶対。絶対確実」

「そこまでしれっと太鼓判押されると却って胡散臭いんですけど」


 主に少女とアレクの間で下らない遣り取りが交わされながらも、彼らは森の中を行く。

 進むごとに霧が深くなってくるせいで、三人の歩みはどうしても鈍った。頂点が見えないほど高く聳える木々の間を縫いながら、突き出た根に引っかからないように足を進める。


「……何か聞こえません?」


 真っ先に足を止めたのは、長年の山歩きで最も五感の発達した少女だった。少年は即座に動きを止め、アレクも逆らわず二人に倣う。

 きょろきょろと辺りを見回しながら、少女は違和感の正体を探ろうと数歩足を踏み出して、


「あべしっ!」


 がくんっ、とよろめいて木にぶつかった。

 少しびくっとした顔で、少年とアレクが少女を見る。木の根ではない感触に少女が慌てて足元を見れば、地面にはポコポコと穴が開いていた。


「何これ。モグラ?」


 ぽつんと呟いて穴を覗き込んだ少女は、しかし次の瞬間目の前に飛び込んできたものにぎょっとした。


「覗くな!」

「……っ!」


 反射で後ろに跳ぼうとした少女を、穴を見つけたと同時に駆け寄ってきたアレクの右手が襟を掴んで引き戻す。

 バネ仕掛けのように飛び出してきた耳の長い動物が、がっちり少女と視線を合わせる。獲物を捕らえられなかった真っ赤な口が、小さな牙をカチカチ言わせて再び穴に引っ込んだ。

 枯れ葉色の少年が、少女の元に走ってくる。顔を引き攣らせながらダラダラ冷や汗を流している少女に、怪我がないかを手早く確かめた。


「どうやら怪我はなさそうですね。……あれが何だかご存知なのですか?」


 アレクを見上げて問うた少年に、アレクは周囲を見回しながら首肯した。


「うん、あれは確かチェーンテールラビットだよ。本で読んだことがある」

「特徴は?」

「端的に言うなら、地中に穴を掘って移動する兎だね。バネみたいになってる尻尾でジャンプしたり、穴の中で遭遇した同族とやり合ったりする」

「……それは、穴の規模によっては相当に厄介ですね。どこから出てくるか分からない」

「あ、あのアレクさん、兎ってことは草食ですか?」

「ううん、肉食。牙は小さいけど、食い付いたら離れないから気を付けてね。群れで動くから、一斉に食い掛かられたら危ないよ」

「なにそれこわい」


 そんな風に言われてしまえば、ポコポコ開いた穴の中から無数の目がこちらを見詰めているような錯覚さえ覚えてしまう。

 ぶるりと体を震わせた少女を余所に、少年はアレクを見上げて首を傾げた。


「走るか、足音を潜めて突破するわけにはいかないんですか?」

「無理じゃないかな。多分この先はしばらく穴だらけだよ。視界が悪いから俺たちは走れないし、チェーンテールラビットは縄張り意識が強いから、踏み込んだら確実に攻撃してくる」

「それに地面の中って音が伝わりやすいから。私たちじゃ、どんなに足音忍ばせても気付かれるよ」

「そうですか……」


 揃って否定され、少年が少しだけ肩を落とす。木々の向こうへと視線を送りながら、アレクは眉を顰めた。


「霧が晴れるのを待つしかないのかなぁ……きっともう少しで『彼女』を見つけられるのに」

「……霧が晴れれば良いのですか?」


 ぽつりと言った台詞を聞き止め、少年が顔を上げた。少し驚いた顔をしたアレクは、すぐに気を取り直して頷いてみせる。


「うん。チェーンテールラビットは主な生活圏が地中生活だから、日光は嫌いなんだよ。霧が晴れて日が射せば、彼らが光に慣れるまでの短時間、攻撃を受けずに通ることが出来ると思う」

「成程」


 なら何とかなりそうですね、と無表情に独りごちて。

 少年はくるりと隣を振り向き、そこに立つ少女へ視線を送った。


「と言うことで、ちょっと霧を払ってきてください」

「私そんな特殊機能付いてないよ!?」


 情けない声で叫ぶ少女に、少年は平然とした顔で、「あなたが一番適任なんですよ」と告げた。




※※※




 ラバナイーグルという鳥がいる。


 大きさは、山犬を掴んで飛べるくらい。基本的には大人しいが、子育ての時期には警戒心が高くなる。雛の声なら縄張り中どこにいても聞き付けるそうだ。

 そしてこの鳥の最大の特徴は、その身に纏う風の魔力である。興奮したラバナイーグルの羽ばたきは、たった一度で膨大な風を巻き起こす。


『――つまり、一種の魔獣なんです。別名、風鳴鳥』


 もしも呼ぶことが出来ればこの程度の霧は一発で晴れます、と。

 自信ありげに告げてきた少年の声を思い出しながら、少女はするすると木をよじ登っていく。


『あなたが昨日見たというのは、恐らくラバナイーグルの雛です。ラバナイーグルの縄張りは広い、ここならまだ充分その範囲内でしょう。

 出来るだけ高い所でラバナイーグルを呼んで、やって来る前に下に降りなければいけません。山猿のあなた、失礼、山猿並みにすばしっこいあなたにしか出来ないことでしょう』

『今なんでさらっと喧嘩売った!?』


 余計な一言まで思い出してちょっと怒りが再燃しかけるが、少女はそれを消火して最後の枝に手をかけた。ぐいっと体を持ち上げると、一気に近くなった空が視界一杯に広がる。

 高い高い木の頂点に到着した彼女は、先程摘んだばかりの葉っぱを一枚指に摘まんだ。

 紫がかった、どこにでもある――ラバナイーグルの雛さえ仲間と勘違いさせた、小さな一枚の葉を。

 そして。



 ピョプーーーーーーーー!!!!



 息の限りに発した、少し間抜けな草笛の音が。

 高く高く、そして確かな『親』を呼ぶ意思を持って、広大な縄張りへと響き渡った。




※※※




 ――ざざざざざざざっ!と。

 摩擦が心配になるほどの勢いで少女が滑り降りてきたと同時に、凄まじい突風が木々と空気を掻き乱した。

 耳をつんざく高い鳴き声。雛を求める親鳥の声にかなりの罪悪感を覚えるが、彼或いは彼女の雛は全員きちんと巣に揃っているので、今回だけは許してもらいたい。


「――霧が晴れた!」


 木の下で待機していたアレクが、ぱっと顔を明るくして叫ぶ。着地した少女は素早く地面に耳を付けると、一番足の遅い少年の手を掴み、一気に見通しが良くなった森の中を走り出した。


「音と気配を感じなくなりました。今のうちに通り抜けますよ!」

「うん!」


 霧が戻ってくる前に、最低限チェーンテールラビットの縄張りを抜けなければならない。加えていつまでも留まれば、ラバナイーグルに見つかって攻撃されないとも限らない。

 そこら中に開いた穴も、地面から突き出す木の根も、見えてさえいるなら避けることは出来る。

 一刻も早く二種類の獣から離れようと、三人は木々が途切れる場所まで全速力で駆け抜けた。



「――――っっ!!」



 そうして森から抜けた瞬間、アレクが大きく息を呑む。

 そこは、薄暗い森の中が別世界であるかのように、陽光が降り注ぐ明るい空間。

 轟と音を立てて風が吹いたそこには、緑色の小高い丘と、一本の樹が存在していた。


「アレクさん!?」


 その樹を見た瞬間、アレクが再び走り出す。何かに追い立てられるようなその背中に、子供たちは慌てて彼を追いかけた。


 丘の上に立つその樹は、大人三人分の身長を合わせてようやく天辺に手が届くかという高さだった。

 元は立派な樹だったのだろう。花も葉もなく、すっかり枯れてしまった樹はそれでもしっかりと立っていて、かつての壮麗さを忍ばせる。


 灰色がかった木肌を晒すその古木に、アレクがそっと歩み寄った。

 樹を見るその目は酷く優しい。口元に刻まれた微笑には、焦がれるような色が浮かんでいた。

 乾いた幹に頬を寄せ、大切そうに手を触れる。

 そうして彼は、ありったけの愛しさを込めた声で囁いた。



「――遅くなってごめんね。迎えに来たよ――ホワイトレイン」



 刹那。

 白い嵐が、彼らの視界を埋め尽くす。



 少女は基本人が好いので、アレクに対しても油断はしてないけど普通に懐く。

 少年は少女に比べて警戒心が強過ぎるので、未だにアレクとは大分距離があるしアレクの名前も呼ぶ気がない。

 アレクはそういうの全部見透かしてて、二人とも可愛いなあと笑っている。

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