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 なぜ、家出をしたのか。

 家出をする必要があったのか。

 家出なんかする度胸があったのか。

 というか……どこに家出をしたのだ?


 隣の家のイトコ、相良さがら 健吾けんごが家出をした。

 私、相良さがら 三紀みきよりも4つ年下の15歳。

 来年高校受験を控えているという大事なこの時期に一体何を考えているというのだアイツは。


 今から休めば確実に内申に響く。

 健吾の通っている中学はとても厳しく、病気の場合は医師の診断書がなければ、ズル休みだとされるし、

 家庭の事情であれば親が学校まで出向かなければならない。


「だからね、三紀ちゃんに、健吾の代わりに学校に行ってもらいたいのよ」


 高校を卒業し、私はすぐに実家の家業をついだ。商業高校だったこともあり、母親と一緒に経理の仕事をやっている。

 だけど、経理の仕事がそんなにあるわけでもなく、近くのコンビニでバイトをしたりしていた。


 ニートじゃないけど、実際普通のOLよりのんびりした生活だ。

 そんな生活が1か月すぎ、すこし退屈だなと思い始めた矢先の出来事。


「で、ですが、私、女なんですけど」

「大丈夫よ! 背の高さといい見た目は健吾そっくりじゃない!」


 たしかに、イトコの健吾とはまるで双子のようによく似ている。隔世遺伝というやつなのか、お父さんのおばあちゃんに二人ともよく似ているのだ。


「健吾も声変わりがまだで、ほんと、三紀ちゃんを見ると健吾を見ているようだわ……ぐすん」


 ぐすん? て言いながら泣くか、ふつう……とあやうく突っ込みそうになってしまった。 

 ていうか、涙ぐまれても。

 たしかに、息子が家出をして傷心なのはわかるけど、何もイトコの女の子を自分の息子の代わりに学校に通わせようだなんて。


「お、お母さん……」

「人助けだと思ってやってみればいいじゃない。 それに暇なんでしょう? 最近運動もしてないし、ちょうどいいじゃない」


 そ、そういう問題ですかーーーーー!!


「お願い、三紀ちゃん。 一生で一度のお願い!」


 つい先日もなんか地域のスーパーで安売りがあって、一人一点だけだから、一生で一度のお願いで歩いて30分もかかるスーパーまで一緒に行ったのは、あれは、一生で何度目のお願いだったのでしょうか。


「おばさん、気持はわかりますが心の準備が」

「そうね、それに今考査明けの休み期間だから、まだ時間はあるわ」


 諦めてはくれないのですね。


「今日が木曜日で来週の月曜日にお休みが終わるから、その時までには制服は用意しておくわ。」


 ちょ、ちょちょちょ、まだいいとは言ってないっての!


「あ、それとさらしが必要よね」


 お、お母さん?

 顎に人差し指を添えて空を見上げているお母さん。

 どうやら、私の男子校生姿を想像しているらしいが。


「あの、月曜日は私バイトがあるんですけ……ど」

「大丈夫、私が代わりに行ってあげるわ」

「お、おばさんがですか!?」

「お給料の半分は三紀ちゃんにあげるから、せめてものお礼よ」


 と、Vサインをするおばさん。

 健吾の代わりに学校に行くだけで、バイト代の半分が貰える。


 おいしい、かもしれない。

 け、けど!


「も、もし女だってバレたらどうするんですか!? 健吾の通っている高校は・・・

男子校じゃないですか!!」


「そこらへんはぬかりなく。一応健吾の代わりに三紀ちゃんが行くことになるの誠くんにも言ってあるから。彼、健吾と同じクラスなのよ」


「誠くんって、あの、泣きべその中島誠くんですか?」


「もう泣きべそなんかじゃないわよ、誠くん。バスケットボール始めてから、ぐんぐん背が伸びて今じゃ、泣かせる誠くん」


 何を泣かせるんだ? いや、誰を?

 とりあえず、誰か知っている人がいるのは心強いけど。


「けど、けどですねえ」

「お願い、三紀ちゃん……! 健吾の将来がかかってるの!」


 うっ、そう言われると正直きつい。

 健吾の将来。

 健吾は一人っ子だから、ここで道を踏み外してしまえば、お父さんとお母さんはさぞかし心細い思いをするだろう。しかも健吾のお父さんもうちと同じく自営業をしている。しかも結構大きい会社なのだ。


 ゆくゆくは、健吾に会社を継いでもらいたいと思っている。だから、いい高校を出て、いい大学にはいってほしいのだ。他の社員から父親のコネで入社したと思われてほしくないから、ちゃんと勉強し他人から認められる人間になってほしいから。


 その点私は……。

 女だし、弟がいるから、きっと家は弟が継ぐことになるんだろうし。


 このまま家業の経理を職にして、合コンとかでどこのだれだか知らない人と知り合って、結婚して、子どもを産んで……


 健吾は……健吾は今が一番大事な時。

 私は毎日が同じ日々。そしてずっとそれが続く日々。


「おばさん」

「じゃぁ、明日制服持ってくるからよろしくね、三紀ちゃん!!」


「え?」


 まだ、私、いいともなんとも言ってないのですが……。

 という声は口から出ることなく、めでたく私は男子校に入学するのでした。



***



「三紀?」


 バス停の前で立ち呆けていると、後ろから低くて心地よい声が私をよんだ。

 知らない男の人の声だったけど、きっと声の主は。


「誠くん?」


 身長は170センチは超えているだろう。

 とりあえず、私の家族はみな小柄なので、こんなにでかい人間が目の前に立つと……

 胸がすくむ思いである。

 かくいう私も158センチと女子にしては平均的なのだが、男子にしてみればとても低い。

 健吾もあともう少ししたら、このぐらい大きくなるのだろうか。まったく想像もつかないけど。


「ほんとうに、そっくりだな。一瞬健吾がいるのかと思った」


 健吾を憐むべきなのか、私自信を憐むべきなのか。健吾が女っぽいのか、私が男っぽいのか。


「いとこだからねえ」

「声もそっくり」


 そりゃあ、どうも。

 健吾が声変わりしてたら、私はこんな変な役を任されなくてすんだのに。

 成長が遅いにもほどがあるというものだ。


 バスがきて、一緒に乗り込んだ。少し早い時間のせいだろうか、車内はとても空いていた。


「まずは、校内を一通り案内するから」

「うん、助かるよ。そ、それより……」

「何?」

「健吾っていつもどんな感じ?」

「……」


 突然黙りこくる誠君。

 あれ、どうしたのかな? なんで目をそらすのかな? なんでそわそわし出すのかな? 言ってくれないと分からないよ?


「あんまり、そういうのは意識しなくていいと思う」

「え、そうなの?」


 意識しなくていいって言っても、あまりに性格違ってたらどうするんだよ! ばれたくないから、きいてるのに。

 たぶん、すごく言いにくいことがあるんだろうな。すごく気になるけど、なんかききたくない気もする。


「大丈夫、俺がなんとかするから」


 力強くそう断言した誠君は昔の面影が全くと言っていいほどなくなっていた。近所の子にいじめられて、毎日泣きべそを書いていたあの誠君はいづこへ。


 そっと誠くんの横顔を盗み見る。

 しかし、いい男に育ったものだ。中学三年生とは思えないぐらい大人びてるし、女子にもてそうだな。あ、でも学校は男子校だよね。もったいないなあ。高校は共学に通うのかな?

 そしたら、モテモテだろうなあ。


「降りるよ」

「う、うん」


 誠君の背を追いかけ、バスから降り立つ。誠君の肩越しから見える校舎は……


「で、でっかいねー。ははっ」


 思わず笑ってしまうぐらい、半端のない建物のでかさだった。

 というか、校門から校舎までの距離はいったい何?

 なんか途中に銅像がたっているんですが、あれはいったいなんですか?

 み、水がなんか地面から出てるんですが、あれはよく公園なんかにある噴水と呼ばれるものでしょうか?


「まあ、無駄に金掛けてるからね」

「無駄にもほどがあるでしょうよ」


 ぷっ。

 頭上から誠くんの噴き出す声がきこえた。見上げると口に手をそえ、笑っている誠くん。

 なんだ、笑うとちゃんと中学生じゃん、とほっとしたのもつかの間


「なんか、そういうところ、おばさんくさい」


 わるかったな、どうせおばさんですよ。まだあんたと同じ10代だけどね!

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