赤龍ネス
赤龍ネスは、生まれた時から強かった。
その強靱な生命力は、誕生と同時に母龍の生命を奪うほどだった。
そして強い龍は、その魂を求める別の龍を引き寄せる。
赤龍ネスは、己を狙う全ての龍に勝ってきた。
その強さを危惧した父龍も、兄弟龍も倒してきた。結果、一族は全て赤龍が喰らう事になった。
やがて成龍となった赤龍には、新たな悩みが芽生えた。
彼はあまりに強く、その子を生める龍が存在しなかった。母体の生命力が持たないのだ。
だから、強い魂を持つ龍を求めた。
その結果が、白龍フリゼであり、雪龍スノウであり、緑龍だった。
だが、ようやく生まれた卵は母龍が掠い、または龍狩に阻止され、ようやく安定したかに思えたそれは人間共に砕かれた。
これまで集めてきた餌も無駄になった。
断じて、許せん。
人間共、根絶やしにしてくれる。
その手始めが、目の前の龍狩だ。
赤龍が口に炎を溜めている。
その火力は何らかの力で底上げしているのだろう、これまでの比ではないのは、明らかだ。
後ろで見守っていた龍騎士団長コマンディルは叫んだ。
「避けろ、少年!!」
それを否定したのは、つい先刻団を抜けた、ユージンという騎士だ。
「いや、フィーロは避けない!!」
何故、と問いかけ、コマンディルは自分で結論に到った。
「まさか……我々のせいか……?」
フィーロが避ければ、そのままあの火の息吹を喰らうのは、自分達だ。
ユージンは、軍船の後ろの海を指差した。
「ボク達だけじゃないです。このずっと向こうには港町ヨクトレイルがある」
「奴の炎は、そこまで届くというのか!?」
「放ってないから分かりません。でも、フィーロは届くと信じてる」
ユージンは、吐息を漏らした。
「そしてフィーロは、そこに住む人々が炎で焼かれる事を、何より嫌ってる。だから避けない」
「ならばせめて、我々が盾になり……」
「それなら、フィーロが倒れてからの方が、わずかに威力が落ちてくれるでしょう」
龍狩の親友は、そう断じた。
そもそも、今戦っている少年も、自分達が盾になる事など望んでいないだろう。それをやるぐらいなら民を守れと、怒鳴られかねない。
だが現実問題として、これから放たれる火の息吹を受けきれるだけの力が、フィーロにないのは明らかだ。
「勝ち目は、もはやないのか……?」
「いえ……もしかしたら、一つだけ」
考え込みながら、ユージンが呟く。
「あるのか!?」
「完全に他力本願になるんですけど、姫様やフィーロから聞いた、龍狩の力の源が魂だって言うのなら……」
ユージンは、黒煙で濁った空を見上げた。
「あ」
「どうした?」
「勝ちの目が、出て来ました」
空を見上げたままのユージンに釣られて、コマンディルも空を見上げた。他の龍騎士達も見上げた。
わずかに黒煙の隙間から光が差していた。
いや。
正確には、光の粒だ。
「あれは……」
コマンディルの表情が、希望に綻んだ。
フィーロと赤龍は同時に動いた。
赤龍の口から吐き出される火の息吹に、フィーロは真っ正面から突っ込んだ。
その身体を覆う黒い外套ヒネズミノカワコロモは、あらゆる炎を遮断する。
が、赤龍の火は、その概念すら焼き尽くそうとしていた。
燃え尽きる前にその口を貫ければ、フィーロの勝ち。その前にフィーロが燃え尽きれば、赤龍の勝ち。
だが、この時点でフィーロは自分の死を確信していた。己の龍骨剣の一撃は届くかも知れないが、その時にはもう、自分の身は消失してしまっているだろう。
ジリジリと肉を焼かれ、汗を流しながら、フィーロは炎の中を突き進む。
その、身体が不意に楽になった。
いよいよ、痛覚すら失いつつあるかと一瞬思ったが、どうも違う。
自分の身を、黄金の光が包んでいた。
「……!?」
赤龍も、龍狩の異常に気がついた。
それは、人間達の魂だ。
自分達が奪い、そして龍狩が解放してきた魂が、恩に報いよと還ってきたらしい。
小賢しい。
火を吐きながら、赤龍ネスは思う。
ならば、その魂ごと焼き尽くしてくれる――!!
さらに赤龍の火力が上がった。
フィーロは人々の魂に包まれながら、考えた。
自分が龍狩に到った経緯、油龍や空龍や光龍といった龍の魂を取り込み力としてきたこと、そして龍が人里を襲い続けてきたこと。
だから、フィーロは自分のために戻って来てくれた魂を、自分のために使わなかった。
別の事に使わせてもらう事にした。
魂達もそれを承諾した。
フィーロは、自分の胸元に手を当てた。
ここまでの思考はほぼ一瞬、次の瞬間フィーロの胸元が輝いた。
「知っているぞ」
呟くフィーロと赤龍の間に、楕円形の光が割って入った。
フィーロが守り続けてきた、白龍の龍卵だ。
龍卵の表面に亀裂が入り、そこから桃花色の光が新たに漏れる。
「魂こそ、龍の力だ。今、新たな龍が孵化するに充分な力を得た」
砕けた殻は柔らかな布に変わり、中にいた少女を包む桃花色の着物へと変化した。
燃えるような赤い目は、赤龍ネスによく似ている。
透明感のある銀色の髪とその容姿は、雪龍スノウ……いや、人間となった時の白龍フリゼに似ているのだろう。
「いけるか?」
フィーロは娘に尋ねた。
何故龍ではなく人間の姿なのか、とかそんな事を考えている場合ではない。
「うん、おとーさん」
「よしやっちまえ、透龍ツララ!!」
炎が、凍る。
吐き出される火の全てを透龍ツララは吸収し、それをそのまま冷気に変換しているのだ。
そして、フィーロがツララを追い抜く。
赤龍ネスの牙を蹴り、さらに奥へ、力を溜めた龍骨剣を振り抜いた。
「火砕撃――!!」
その一撃は、赤龍ネスの口を貫き、後頭部から龍骨剣の先端と同時に炎を吐き出した。
赤龍の炎が止み、踏ん張っていた四肢が崩れ落ちる。
どう……と重い音を立てて、その身体が横に倒れた。
龍狩フィーロとその娘、ツララの勝利だった。
何とか赤龍の口から這い出たフィーロは、黒い岩地に横たわった。
「やっと、終わった……」




