鉄龍イーロン
鉄龍イーロンが、岩地に降り立つ。
それを取り囲んだのは、先刻フィーロが倒した、五体の異形の龍騎士達だ。
「アイツらは、何だ?」
コマンディル団長が、フィーロに尋ねてきた。
「そういえば言ってなかったな。アンタの言う考えの違う貴族とかその他色々が作り出した、龍狩モドキだ」
「龍狩!?」
ユージンが仰天する。
「あくまでモドキな。戦りあった感触だと、あれは多分龍の血を極限まで薄めて飲んだんだろう。それでも劇物だし、生き残れただけでも大したモンだが――」
龍騎士達が、一斉に鉄龍イーロンに躍り掛かった。
鉄龍の動きは鈍重で、フィーロのように光速で反撃をされることはないだろう。避けられることもないだろう。
ただし。
「――龍には届かない」
彼らの武器は、確かに鉄龍の身体を打った。
が、鉄龍の特性は、その無類の硬さ。
通常の龍の鱗を加工した武器程度では、傷一つ付きはしない。
鉄龍は面倒臭そうに身体を振るうと、龍騎士達を地面に叩き付けた。
大きくバウンドして、彼らはそのまま動かなくなった……が。
「大丈夫、死んじゃいない。……ただ、生きているのも不幸かもしれないが」
フィーロの呟きに、ユージンが首を傾げた。
「え、どういう事?」
「身体こそ爆砕しなかったモノの、血と適合するために精神を使い果たしたらしい。人としての理性が殆ど残ってないんだ」
言わば、あれは人の形をした獣なのだ。
そして今、その格付けが済んだ。
あの龍騎士達が、鉄龍に立ち向かうことはもうないだろう。
鉄龍はその首をもたげると、フィーロの方を向いた。
軍船に乗っていた龍騎士達が、ひぃっと短い悲鳴を上げる。
「次は、俺の番だな」
龍骨剣は既に抜いてある。
あとは鉄龍イーロンをぶちのめすだけだ。
「勝てるのか……あれに?」
コマンディル団長は、声に不安を滲ませていた。
「龍騎士団の団長ともあろうモノが、ずいぶんと弱腰だな」
「情けない話だが、我々が狩ってきた龍の知性は、あれよりも数段低い」
「そうなのか、ユージン?」
ユージンは頷いた。
「うん。基本、獣狩りに近いね。もちろんあのクラスを相手にする事だって何度もあったけど、そういう時は常にフル装備だったよ」
今回は、先走った龍騎士団の一部を、撤退させるのが目的だった。
よってスピード重視であり、重い装備などほとんど持ってきていなかったのだ。
「そうか。まあ、ちょっとやってくる」
巨大な鉄龍は、どうやらこちらを待ってくれているようだった。
……と言っても、そんなに気長にはしてくれないだろう。
「ちょっとって、そんな気軽に……」
団長の言葉に、フィーロは肩を竦めた。
「侮ってる訳じゃないが、正直あれは敵じゃない。これまでで一番楽に勝てる。助太刀はいらない。というかむしろ、困るから遠くにいてくれ」
鉄龍イーロンは、こちらに歩いてくる少年を見下ろした。
信じがたいことだが、これで自分達と同等の力を持つ人間だ。
王都で見せたあのパワー、あのスピードを考えれば、決して油断は出来ない。
最初から、全力の一撃を叩き込んでやる。
「三頭」
唐突に、少年が言った。
「これまで三頭の龍を葬ってきた。油龍ベニバナ。光龍イルミネント。そして――空龍ポイゾ」
もしも龍に顔色、というモノが有るならばイーロンの顔は真っ青になっていただろう。
「言っている意味は、分かるな。俺は――知っているぞ」
既にそれは始まっていた。
鉄龍イーロンは自分の鱗の異常に気がついた。
異様な臭気と共に、自慢の黒光りする鱗が赤く濁っていく。
アイツ――空龍ポイゾの力だ。
「鉄は、錆びる。何でも空気にさらし続けると、赤く腐るらしいじゃないか」
少年――フィーロを中心に吐き出された毒は、鉄龍イーロンを蝕み、その身体を腐らせていく。
このままでは、やられる。
ならば――やられる前にやれ!!
鉄龍イーロンは前肢を振りかざした。
必殺の鉤爪が、フィーロの身体を抉り――倒す直前に、龍骨剣に阻まれた。
赤く汚れた鉤爪を、龍骨剣が貫いたのだ。
「お前は……故郷のみんなを笑いながら切り裂いていったよな」
鉤爪から龍骨剣を引き抜くと、フィーロはそれを一閃させた。
鉄龍イーロンの手が、ゴトンと落ちる。
「俺は笑わないが、嬲らせてもらうぞ」
次の瞬間、フィーロの姿が消えた。
そして、鉄龍イーロンの赤錆びた鱗が何枚も削り飛ばされる。
「――――――――っ!? ――――!!」
身体から鱗を皮や肉ごと剥がされ、鉄龍は悲鳴を上げる。
だが、フィーロが鉄龍の胴体を駆ける度に、鱗が次から次へとめくり取られていった。
程なくして、鉄龍の身体のあちこちが裸にされ、血まみれの肉が露わになっていた。
あまりの激痛に、もはや鉄龍イーロンは動く事も叶わなかった。
翼も根本からへし折られた為、飛ぶことも出来ない。
フィーロはそれを見届けると、軍船前にいたユージン達の下に戻った。
そして、コマンディル隊長に声を掛けた。
「団長、死んだ龍騎士団の仇を取れ。あんな強盗と区別がつかないような連中でも、一応は団員だっただろう。今なら、普通の武器でも通じる。毒は吹き飛ばしておいたから、もう近付いても大丈夫だ」
「いいのか?」
「俺の気は晴れた。鱗は使い物にならないが、骨と皮はまだ何とかなるかもしれない。ただし最後の魂だけはもらっておくぞ。あれは人の手には負えないからな」
「分かった。全員、武器を整え突撃せよ!!」
龍騎士団の動きは速かった。
軍船から次々と騎士が出て、団長を先頭に鉄龍イーロンの成れの果てに群がっていく。
血飛沫が上がり、イーロンの悲鳴が何度も轟いた。
「お前は行かないのか?」
ユージンだけは、フィーロと共に残っていた。
「だってボク、さっき退団しただろ?」
「そういや、そうか」
「それに、ボクも分はフィーロがしてくれてると思ってるんだ」
「楽でいいな、おい」
「だねぇ」
あはは、とユージンは笑った。
「まあ、退団した事だし、これからはフィーロと一緒にいさせてもらうよ。残り一頭だし、一番おいしい場所で見せてもらう事にする」
「そりゃ別にいいけどな」
「でまあ無事に終わったら、義父さんに報告して、それから故郷に墓参りだ。その後はボクは旅に出るつもりだけど、フィーロもどうせ暇だろうしついてくるよね」
「……すごいな、お前」
「え、何が? 人生設計? そんな大したモンじゃないと思うけど」
「いや……」
フィーロは思わず笑いが込み上げていた。
「四人目、って俺に言わせない辺りが、流石というか……」
残り、一頭。




