下山
宮殿に戻ると、氷龍コーラスが深々とお辞儀をしてきた。
「スノウを助けてくれて、礼を言う。儂に出来る事ならば何でもしよう」
そして、チラリと再び背中に隠れた雪龍スノウを見た。
「何か前にもあったぞ、この展開」
思わず、フィーロは小さくツッコミを入れていた。
「礼なら飯を食わせてもらったし、充分だ。それに、スノウには悪い事をした」
「悪い事?」
コーラスはキョトンとした。
「おとりに使う事になった。すまなかったな」
フィーロが謝ると、スノウはフルフルと首を振った。
そして小さく呟いた。
「…………」
怖かったけど、やるのは当然。
今度こそ、お姉ちゃんの言う事を聞かないと……。
最初フィーロは、雪龍スノウが何を言っているのか分からなかった。
が、白龍フリゼの記憶を辿り、それが何なのか理解した。
「ああ!」
フリゼが赤龍に捕まった原因だ。
山の麓にある人の里を見てみたい、というスノウを、危ないからとフリゼは禁じたのだ。
しかし、その禁止は逆にスノウの好奇心を刺激してしまい、彼女はこっそり山を下りてしまった。
人に捕まった程度ならばまだよかったが、運の悪い事に近くにいた赤龍に捕まりかけた。
スノウを探してやはり山を下りたフリゼは、妹の代わりに捕まったのだ。
それを、どうやらずっとスノウは後悔していたらしかった。
ずっと氷龍コーラスの背中に隠れていたのも、怒られると思っていたからか。
「大丈夫だ。別にフリゼは怒っていない」
フィーロはスノウに言った。
「山を下りるのは悪い事じゃない。世間を知る事が出来るからな。ただ、黙って行ったのは悪い。そこは反省しろ」
「……はい」
「ようやく大きな声が出たな」
と言っても、かろうじて普通に聞こえるレベルのか細い声だったが。
「……!!」
スノウは頬を赤くし、コクコクと頷いた。
「爺さん、そういう訳であの子が山を下りたい時は、ヤバイのがいない時に警護をつけた方がいいな」
「無論じゃ」
出発は、大広間で少し待つ事になった。
というのも、まだ氷龍が言っていた『道具』を蔵から出していなかったからだ。
別に準備をしていなかったわけではなく、単純に蔵が大きすぎるらしい。
そして、氷龍が戻って来て、小さな革袋を差し出してきた。
「この袋じゃ」
「例の道具袋か」
「うむ。生命以外なら大抵のモノは入るぞ。そこの壺、入れ」
氷龍が言うと、部屋の隅にあった大きな壺が、ひゅるんと袋に入った。
袋の大きさは変わっていない。
「便利だな」
「じゃろう。それとこの外套もやろう。ヒネズミノカワコロモと言うてな。炎の一切を遮断する」
黒く畳まれた布を、雪霊が差し出してくる。
それを広げると、なるほど立派な外套だ。
「赤龍と戦う時に、役に立ちそうだ」
「うむ」
「助かった。そろそろ出発する」
ただ、あと一つだけ困った事があった。
「出発するんで、そろそろ離してくれると助かるんだが」
フィーロ(とその中にある白龍フリゼの魂)が許してから、ずっと雪龍スノウが袖をつまみながら侍っていたのだ。
「ついでにお前も対抗意識を燃やすな」
首飾りの龍卵が浮かび、スノウとは反対側にフィーロを引っ張っていた。
痛くはないが、微妙に鬱陶しい。
「これ、スノウ。聞き分けのない事をするでない。フィーロ殿が困っておるじゃろうが」
氷龍コーラスも、娘を窘めた。
「…………」
か細い声で、スノウが質問した。
その内容に、フィーロは軽く頭を振った。
「……三人目だ、それ」
「?」
首を傾げるスノウに、ニヤリと笑う氷龍コーラス。
「ふぉふぉふぉ、お主もやるのう」
「勘弁してくれ。今は女に構っている暇はない。そういうのは、全部終わってからだ」
赤龍を討った後の予定と言えば、養父であるヨーフへの報告と、故郷への墓参り。
それ以上の事は考えていない。
何せ生きて戻れるかも、怪しいのだから。
「ほう、終わってからなら娘にも好機があるという事じゃな?」
「揚げ足を取らないでくれ。それに多分……旅に出る事になると思う。俺は放浪する民の人間だったからな」
「ふむ……お主の滅ぼされた故郷の場所を、聞いておいてよいかの?」
「何を企んでるのか知らないけど、どうせ言わなくても調べそうだから教えておく」
「ふぉっふぉっふぉ、分かっておるのう。さあ、そうと決まれば色々せねばならぬ事が出来てきたわい」
やけに張り切る氷龍と、まだ別れを惜しむ風な雪龍スノウと別れ、フィーロは霊峰ヒエタを下山した。
赤龍の気配を探ったが、既にいなくなっていた。
ならば、次の目的地である光龍イルミネントのアジトに向かうのに、何の障害もないようだ。




