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龍狩と赤龍  作者: 丘野 境界
龍狩
28/41

空龍ポイゾ

 空龍ポイゾが雪龍スノウに追いついたのは、とある山の頂上近くにある雪原だった。

 スノウの身体は姉に似て白く、確かにこの白い景色の中では隠れやすそうだったが、それよりも早く追いつく事が出来た。

 ただ。


 何かがヤバイ。

 空龍ポイゾの本能が何度も警告していた。

 しかし、それが何なのかは分からなかった。


 その一方で、緊急性はない。

 すぐに、ここを立ち去れば問題はないさ。

 そう楽観視して、ポイゾは雪龍スノウを追い詰めた。

 スノウは雪原を後退するが、その背が岩壁にぶつかり、それ以上逃れる事が出来ない。

 飛んでも、すぐにポイゾが追いつくだろう。

 彼はスノウの手を掴もうと、自分の手を伸ばし――


 ――酷く冷たい風が吹いた。


「スノウ、よく頑張った」


 ポイゾはスノウが逃げないように警戒しながら振り返る。

 風に乗ってきたのか、小さな人間――フィーロが追いついてきていた。

 だが、その身体はいかにも満身創痍で、多少は回復したとしても、焼け石に水のレベルだろう。

 なのに、目の力だけは死んでいなかった。


「もう、大丈夫だ」


 何が大丈夫なモノか。

 腹に(サンソ)を溜め、一気に吐き出す。

 高濃度の毒を、フィーロに浴びせる。

 しかし、フィーロは平然と、そこに立っていた。


「もう、お前の攻撃は効かないんだ」


 ズン、と雪原にフィーロが龍骨剣を突き立てた。

 震動で、山が揺れる。


「俺はこの土地に来るのは初めてだ」


 そしてフィーロは山を見渡した。


「だが、俺の中に宿る魂がこの霊峰ヒエタの土地を知っている」


 地面に突き立った龍骨剣が、白い光を放つ。


「そして、子供の頃、俺は山で修業を積んでいた」


 空龍ポイゾは混乱した。

 何故だ?

 何故、必殺の毒がこいつには効かない?

 何か。

 ポイゾは自分が、致命的なミスをした気がした。

 まるで、気がつけば酷い罠のど真ん中に立たされているような、そんな予感。


「彼女を逃がすのが第一だ。といったが、悪いな。あれは嘘だ」


 フィーロは肩を竦める。


「本当は、ここに誘い込むのが狙いだったんだ」


 そして、フィーロは龍骨剣をスイと引き抜き、肩に担いだ。


「ここが分岐点だ。逃げても構わない」


 そんな、とんでもない提案を(フィーロ)はする。


「ただし、その時は俺は言いふらすぞ。空龍ポイゾは人間を恐れて、尻尾を巻いて逃げたと、国中に広める。お前のボスがそれを許すかどうかは、知らない」


 ポイゾの口から、咳のような短い唸り声が漏れる。


 無理だ。


 もちろんそんな評判を、ボスが許すはずがない。

 選択肢はあるように見えて、その実一つしかない。

 ここで、この男(フィーロ)を殺すしかない。


 空龍ポイゾは四つん這いになり、完全に戦闘態勢に構えた。

 その覚悟を理解したのか、フィーロも龍骨剣を構え、そしてポイゾを見据える。

 ポイゾは再び腹に毒を溜め、吐き出した。



 フィーロは踏み込み、龍骨剣を振り下ろした。

 その一撃で、毒の吐息は二つに分断された。


「知っているぞ」


 言いながら、フィーロは空龍ポイゾとの距離をダッシュで詰める。

 一度吐息を吐いたポイゾは、どうしても一瞬の隙が生じてしまう。


「高い所では空気が薄くなる」


 だからフィーロは、幼い頃からの山の修業では、スタミナがつくからとよく高所でトレーニングをしていた。


「そして空気が薄くなる……という事は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――!!」


 全身に捻りを作り、関節を加速回転させ、渾身の一撃をポイゾの脳天目掛けて振り抜いた。


「火砕撃!!!!」


 山が揺れた。

 一部の雪壁が崩壊し、雪崩が発生する。

 それほどの一撃だった。

 にも関わらず。

 頭を半ば潰されたまま、空龍はニィッと嗤った。



 空龍ポイゾは、嗤いながら感心していた。

 なるほど、人間なりに知恵を働かせたという事か。

 だが、それは諸刃の剣だ。

 空気が薄くなるという事は自分、すなわち空龍ポイゾの身体が薄くなるという事。物理攻撃はさらに効きにくくなるという事だ。

 魂に活を入れ、周囲の風に干渉する。

 風を幾つもの薄い刃に変え、フィーロの身体を切り裂いた。


「ぐ、は……!!」


 フィーロの全身から赤い血が噴き出し、口からも吐血する。

 ざまあみろ!!

 私の勝ちだ!!

 そう、空龍ポイゾは自分の勝ちを確信した。

 が。


「ちゃんとやってくれたか、スノウ……」


「は、はぃ……」


 フィーロの問いに、後ろでスノウが頷く気配がする。

 空龍ポイゾは戸惑った。

 何だ?

 何の話をしている?


「よくやった」


「ぁ……はぃ……」


「さっきのは、俺の分のケジメだ。そしてこれが、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 フィーロの胸元の首飾り、龍卵が赤く輝いていた。

 空龍ポイゾは嫌という程知っている、ボスと同じ眩い赤。


「そう、コイツの半分はお前達のボスの血が流れている。すなわち火の力」


 龍卵が強く発光すると、ボゥッと足下の雪が燃えた。

 炎はあっという間に燃え広がり、雪原一帯に広がった。

 だが、雪がこんな風に燃えるはずがない。

 まるで油でも広げなければ……。

 空龍ポイゾは、気づいた。

 油龍ベニバナの油の力――!!


「油なら、スノウが逃がす時に渡しておいてた」


 そして、空龍ポイゾが追いつく前に雪龍スノウはこの雪原に、その油をバラ撒いていたのだ。

 これが狙いか。

 気づいていたのか。


 実は、空龍ポイゾは炎に弱い。

 身体の半分、その気体(サンソ)はとてもよく燃えるのだ。

 まさかあの時、王都で既に見抜いていたのか。

 北の正門にいたボスから最も遠い、南門で炎に巻き込まれないように離れて陣取っていた時から。



 フィーロは龍卵の首飾りを、雪龍スノウに投げ渡した。


「預かっておいてくれ。そいつ、今の火種で精一杯だったからな。ここからの我慢競べに、付き合わせる必要はない」


 既に空龍ポイゾの身体に火は引火していた。

 身体全体が炎に包まれ、赤龍ネスよりも赤くなっている。

 フィーロは必死に逃げようとする空龍ポイゾの脚を、掴んだ。

 小さな人間の身体のくせに、その筋力は龍のそれだ。逃げられない。


 もちろん、フィーロの身体も焼いているし、服にも燃え移っている。そうでなくても、白龍フリゼの魂は冷たさに強く、熱さに弱い。

 が、ポイゾを見下ろしフィーロの口元は笑っていた。

 空龍ポイゾはそれを見て、怯えていた。


「もちろん、見ての通り俺もタダじゃ済んでない。が、俺より先にお前が死ぬだろう。麓よりもお前の身体(くうき)は少ないからな。何か問題が、あるか?」


 空龍ポイゾはもう一つの脚で、フィーロを蹴った。

 それでも、フィーロはポイゾの脚を離さなかった。


「今更逃がすか。お前はここで焼き死ぬんだ」



 空龍ポイゾの悲鳴が、炎の中から高く響き渡る。

 それを、雪龍スノウは炎の外から見守っていた。

 やがて、白い光が漏れたかと思うと、幾つもの粒子になって青空に解き放たれていく。

 空龍ポイゾに喰われた魂が、解放されていっているのだ。


 やがて、炎の中から龍骨剣を背負った少年が姿を現わした。

 魂の力が以前より強まっている。

 空龍ポイゾの魂を喰ったのだろう。


「帰るぞ」


 それだけ言うフィーロに、はい、と雪龍スノウは答えた。

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