空龍ポイゾ
空龍ポイゾが雪龍スノウに追いついたのは、とある山の頂上近くにある雪原だった。
スノウの身体は姉に似て白く、確かにこの白い景色の中では隠れやすそうだったが、それよりも早く追いつく事が出来た。
ただ。
何かがヤバイ。
空龍ポイゾの本能が何度も警告していた。
しかし、それが何なのかは分からなかった。
その一方で、緊急性はない。
すぐに、ここを立ち去れば問題はないさ。
そう楽観視して、ポイゾは雪龍スノウを追い詰めた。
スノウは雪原を後退するが、その背が岩壁にぶつかり、それ以上逃れる事が出来ない。
飛んでも、すぐにポイゾが追いつくだろう。
彼はスノウの手を掴もうと、自分の手を伸ばし――
――酷く冷たい風が吹いた。
「スノウ、よく頑張った」
ポイゾはスノウが逃げないように警戒しながら振り返る。
風に乗ってきたのか、小さな人間――フィーロが追いついてきていた。
だが、その身体はいかにも満身創痍で、多少は回復したとしても、焼け石に水のレベルだろう。
なのに、目の力だけは死んでいなかった。
「もう、大丈夫だ」
何が大丈夫なモノか。
腹に毒を溜め、一気に吐き出す。
高濃度の毒を、フィーロに浴びせる。
しかし、フィーロは平然と、そこに立っていた。
「もう、お前の攻撃は効かないんだ」
ズン、と雪原にフィーロが龍骨剣を突き立てた。
震動で、山が揺れる。
「俺はこの土地に来るのは初めてだ」
そしてフィーロは山を見渡した。
「だが、俺の中に宿る魂がこの霊峰ヒエタの土地を知っている」
地面に突き立った龍骨剣が、白い光を放つ。
「そして、子供の頃、俺は山で修業を積んでいた」
空龍ポイゾは混乱した。
何故だ?
何故、必殺の毒がこいつには効かない?
何か。
ポイゾは自分が、致命的なミスをした気がした。
まるで、気がつけば酷い罠のど真ん中に立たされているような、そんな予感。
「彼女を逃がすのが第一だ。といったが、悪いな。あれは嘘だ」
フィーロは肩を竦める。
「本当は、ここに誘い込むのが狙いだったんだ」
そして、フィーロは龍骨剣をスイと引き抜き、肩に担いだ。
「ここが分岐点だ。逃げても構わない」
そんな、とんでもない提案を敵はする。
「ただし、その時は俺は言いふらすぞ。空龍ポイゾは人間を恐れて、尻尾を巻いて逃げたと、国中に広める。お前のボスがそれを許すかどうかは、知らない」
ポイゾの口から、咳のような短い唸り声が漏れる。
無理だ。
もちろんそんな評判を、ボスが許すはずがない。
選択肢はあるように見えて、その実一つしかない。
ここで、この男を殺すしかない。
空龍ポイゾは四つん這いになり、完全に戦闘態勢に構えた。
その覚悟を理解したのか、フィーロも龍骨剣を構え、そしてポイゾを見据える。
ポイゾは再び腹に毒を溜め、吐き出した。
フィーロは踏み込み、龍骨剣を振り下ろした。
その一撃で、毒の吐息は二つに分断された。
「知っているぞ」
言いながら、フィーロは空龍ポイゾとの距離をダッシュで詰める。
一度吐息を吐いたポイゾは、どうしても一瞬の隙が生じてしまう。
「高い所では空気が薄くなる」
だからフィーロは、幼い頃からの山の修業では、スタミナがつくからとよく高所でトレーニングをしていた。
「そして空気が薄くなる……という事は、ここでは空龍であるお前は弱体化するって事だ――!!」
全身に捻りを作り、関節を加速回転させ、渾身の一撃をポイゾの脳天目掛けて振り抜いた。
「火砕撃!!!!」
山が揺れた。
一部の雪壁が崩壊し、雪崩が発生する。
それほどの一撃だった。
にも関わらず。
頭を半ば潰されたまま、空龍はニィッと嗤った。
空龍ポイゾは、嗤いながら感心していた。
なるほど、人間なりに知恵を働かせたという事か。
だが、それは諸刃の剣だ。
空気が薄くなるという事は自分、すなわち空龍ポイゾの身体が薄くなるという事。物理攻撃はさらに効きにくくなるという事だ。
魂に活を入れ、周囲の風に干渉する。
風を幾つもの薄い刃に変え、フィーロの身体を切り裂いた。
「ぐ、は……!!」
フィーロの全身から赤い血が噴き出し、口からも吐血する。
ざまあみろ!!
私の勝ちだ!!
そう、空龍ポイゾは自分の勝ちを確信した。
が。
「ちゃんとやってくれたか、スノウ……」
「は、はぃ……」
フィーロの問いに、後ろでスノウが頷く気配がする。
空龍ポイゾは戸惑った。
何だ?
何の話をしている?
「よくやった」
「ぁ……はぃ……」
「さっきのは、俺の分のケジメだ。そしてこれが、友達を泣かされて怒っている娘の分だ」
フィーロの胸元の首飾り、龍卵が赤く輝いていた。
空龍ポイゾは嫌という程知っている、ボスと同じ眩い赤。
「そう、コイツの半分はお前達のボスの血が流れている。すなわち火の力」
龍卵が強く発光すると、ボゥッと足下の雪が燃えた。
炎はあっという間に燃え広がり、雪原一帯に広がった。
だが、雪がこんな風に燃えるはずがない。
まるで油でも広げなければ……。
空龍ポイゾは、気づいた。
油龍ベニバナの油の力――!!
「油なら、スノウが逃がす時に渡しておいてた」
そして、空龍ポイゾが追いつく前に雪龍スノウはこの雪原に、その油をバラ撒いていたのだ。
これが狙いか。
気づいていたのか。
実は、空龍ポイゾは炎に弱い。
身体の半分、その気体はとてもよく燃えるのだ。
まさかあの時、王都で既に見抜いていたのか。
北の正門にいたボスから最も遠い、南門で炎に巻き込まれないように離れて陣取っていた時から。
フィーロは龍卵の首飾りを、雪龍スノウに投げ渡した。
「預かっておいてくれ。そいつ、今の火種で精一杯だったからな。ここからの我慢競べに、付き合わせる必要はない」
既に空龍ポイゾの身体に火は引火していた。
身体全体が炎に包まれ、赤龍ネスよりも赤くなっている。
フィーロは必死に逃げようとする空龍ポイゾの脚を、掴んだ。
小さな人間の身体のくせに、その筋力は龍のそれだ。逃げられない。
もちろん、フィーロの身体も焼いているし、服にも燃え移っている。そうでなくても、白龍フリゼの魂は冷たさに強く、熱さに弱い。
が、ポイゾを見下ろしフィーロの口元は笑っていた。
空龍ポイゾはそれを見て、怯えていた。
「もちろん、見ての通り俺もタダじゃ済んでない。が、俺より先にお前が死ぬだろう。麓よりもお前の身体は少ないからな。何か問題が、あるか?」
空龍ポイゾはもう一つの脚で、フィーロを蹴った。
それでも、フィーロはポイゾの脚を離さなかった。
「今更逃がすか。お前はここで焼き死ぬんだ」
空龍ポイゾの悲鳴が、炎の中から高く響き渡る。
それを、雪龍スノウは炎の外から見守っていた。
やがて、白い光が漏れたかと思うと、幾つもの粒子になって青空に解き放たれていく。
空龍ポイゾに喰われた魂が、解放されていっているのだ。
やがて、炎の中から龍骨剣を背負った少年が姿を現わした。
魂の力が以前より強まっている。
空龍ポイゾの魂を喰ったのだろう。
「帰るぞ」
それだけ言うフィーロに、はい、と雪龍スノウは答えた。




