王都正門の宣戦布告
王都の他三方も、絶望具合は似たようなモノ。
東門の鉄龍は最も鱗が難く、そもそも攻撃自体が通じない。
南門の空龍の猛毒で、ここを担当した龍騎士達は倒す以前に動けなくなっていた。
西門の光龍は思いのままに光の吐息を放って、龍騎士達を、家屋を灼き払っていた。
とりあえず東門に超高速で走ったフィーロは全速力のまま鉄龍に跳躍、龍騎士達の頭上を一気に越えて、その横っ面を龍骨剣でぶん殴った。
ズズン、と土煙を上げて、鉄龍は倒れた。
地面に着地、鉄龍を蹴飛ばし城壁の外にまで追い出した。
もちろん、かろうじて残骸として残っていた城壁は、今度こそ粉微塵に砕けてしまったが、一応プリセアに許可を得ているし、よしとしよう。
「よし、次」
曲線状の城壁の縁をなぞるように、フィーロは南に向かって爆走する。
死を覚悟していた東門の龍騎士団は、呆気にとられていた。
地面が揺れる。
城の外れに転がされていた鉄龍が起き上がり、咆哮を上げたのだ。
そのまま飛ぶことすらせずに、そのまま襲撃者である少年を追い掛けていった。
時計回りに南の門に着いたフィーロは自分の周囲を油の膜で覆った。
取り込んだ、油龍ベニバナの力だ。
空龍ベニバナは、こちらの気配に気づいたようだ。
が。
吐き出した空龍の毒も、油膜に阻まれてフィーロにまでは届かない。
攻撃は最大の防御と言うが、それが通じなかった場合、最大の隙が生じる。
鉄龍の時と同じく、フィーロは跳躍、今度は大上段から脳天目掛けて龍骨剣でぶん殴った。
空龍の頭が地面に埋まるというシュールな光景が、生まれた。
が、いささか軽い。
「……さすが空気の龍だけあって、鉄龍よりもダメージ薄いか」
それが分かれば充分だ。
そして今度は、西門を目指す。
もちろんぶちぎれた空龍が、呆然としている龍騎士団を差し置いて、鉄龍と並び謎の少年を追い掛けたのは言う迄も無い。
それを見計らったように、龍騎士団の所有する飛行船が夜の空を南下していく……。
そして西門。
身体をもたげさせた光龍が口を開き、フィーロ目掛けて光の奔流を放った。
しかし、これをフィーロは左手の一本で防ぎ、そのまま光龍の足下まで突き進む。
掌に生じるのは白い氷の鱗。放たれるのは無数の氷の粒。
それらが光を弾き、乱反射させていた。
光の攻撃とは最も相性がよく、つまり逆に言えば光龍にとっては大敵とも言える。
「これで、三頭目――!!」
真上に飛び、下から光龍の顎目掛けて龍骨剣を振り抜いた。
アッパー気味の攻撃を受け、光龍が城壁を巻き込んで仰向けに倒れてしまう。
「よし」
自分の駆けてきた方角を振り返ると、二種類の咆哮と地響きが聞こえてくる。
少し溜飲が下がった。
子供の頃からずっと腹に溜まっていた鬱憤が、少しだけスッキリした。
「ざまあみろ」
言ってから、声が足りないのでもう一回叫んだ。
「ざまあみろテメエら!! 殺せるもんなら殺してみやがれ!!」
それは龍に向けたモノだったが、ついでに自分を受け入れなかった龍騎士団にも向けていた。
満足した。
大きく息を吐き出し、気を取り直す。
まだもう一頭残っている。
フィーロは再び、駆け出した。目指すは北の正門だ。
王城を本拠地にしていた龍騎士団司令部は、もちろん浮き足立っていた。
設立以来初めての大混乱といってもいい。
「だから、東の鉄龍が去って、いや違う撤退じゃない!」
「南の空龍、消失!!」
「西の光龍、謎の襲撃者によって沈黙! いえ、龍騎士ではありません!」
「一体、何者なんだ!?」
「いやそんな事はいいんだ。奴の狙いは何だ!」
「飛ばせ! とにかく伝令を北へ飛ばせ!!」
そんなざわめきの中、最高責任者である龍騎士団長コマンディルは、隣に立つプリセアに尋ねた。
撤退を要請したのに、何故かこの場に居座っているのだ。
いや。
あの少年を、信頼しているのか。
「姫、何者なんですか、あのフィガロとかいう少年は」
「それは」
プリセアは言いかけ、クスリと微笑んだ。
「名乗るべきは、わたしではありません」
赤龍が、足下の自分達――龍騎士団を敵とすら思っていないのは、明らかだ。
侮られている。
が、それでもその戦力差は現実に、圧倒的だ。
自分達も前の隊と同じように、焼かれてしまうのか。運がよくて彼方へ弾き飛ばされるのか。
そんな緊張の中、ふとその空気が乱れた。
何だ、とユージンは思う。
そして、声が響いた。
「で、伝令!! 光龍に動きあり!! いや、空龍も!」
「伝令! 西の光龍が倒れました! が、即座に復帰! 襲撃者を追跡しています!」
「襲撃者と三棟の龍が、龍が……全てこの、正門に集結します!!」
生き残っている龍騎士達が、騒然とする。
さっきまでは絶望だった。
それが、今は絶望と困惑と希望の入り交じった騒ぎに変わっていた。
誰が来るのか。
何をしでかしたのか。
そして、これから一体何が起こるのか。
それは、すぐに分かった。
遠くから、高笑いが聞こえてきたのだ。
「ははははははははははははははははははははははははは!!」
突風が吹き起こる。
原因は城壁の外だというのに、ユージンは思わず顔を覆った。
聞き覚えのある声だった。
でも、あいつはあんな風には笑わない。
いや、ずっと前、幼い頃には聞いた事があるような気がする。龍に故郷を灼き滅ぼされる前。まあ、もうちょっと朗らかな笑い声だったと思うけど。
でも、それはない。だってあいつは自分が刺したのだ。
姿を変えても、分かった。
あいつは沼に沈んだ。
だけど。
ユージンは、無意識に胸を押さえ密かに期待した。
笑い声に遅れて、巨大な土煙と三頭の龍の吠える声。
赤龍もさすがに気になったのか、笑い声の方を向いた。
西方向の城壁が壊れた幾つもの家屋が吹き飛ぶ白く輝く何かが一直線に赤龍目掛けて跳んだ。
「赤龍、覚悟ぉぉぉぉっ!!」
赤龍が、口から火を放った。
その炎を白い光は真っ二つに割り、口の中に突っ込んだ。
ドブン、と肉を深く突く音がして、一瞬赤龍の喉背が小さく盛り上がったようにユージンには見えた。
赤い、溶岩のような火を口から吐きながら、赤龍が後ろに倒れた。いくつかの家が巻き込まれ、潰れた。
ありえない。
龍騎士達は、阿呆みたいに口を開けて、その光景を見ているだけだった。
追いついた、後ろの三頭の龍も沈黙していた。
「ちっ、やっぱりこの程度じゃ殺せないか」
そんな捨て台詞を吐き、赤龍の口から少年が出て来た。
服は焼け焦げ、身体のあちこちが白い鱗で輝いている。
何故、若返っているのかユージンには分からないが、間違いなかった。
「フィーロ!! フィーロ無事だったのか!?」
周りの同僚達もおかまいなしに、ユージンは叫んでいた。
フィーロも、ユージンの存在に気付いた。
「ああユージン、久しぶりだな」
そして、自分の胸を指差した。ユージンが差した、胸だ。
「何とか、生きてる」
フィーロなりの冗談だったのだろう。
が、ユージンは泣いてしまった。
「ごめん。ごめんようあの時、刺しちゃって。気付けなくて。フィーロごめん」
「気にするな。無理もない……と、積もる話はまたいずれだ。仕事が残ってる」
フィーロは赤龍の口元から跳び、後ろの崩れた正門まで下がった。
赤龍、他三体の龍、龍騎士団とも距離を取った形だ。
赤龍が起き上がり、炎をフィーロめがけて吐き出す。
それを、フィーロは手に持った光の柱、龍骨剣で振り払った。
「予想通りだが、そう簡単には仕留められないよな。だが、まあいい。戦力と特性が直に分かったからよしとしよう」
松明の明かりに照らされたフィーロが、地面に龍骨剣を突き立てた。
その威力は地面が大きく震え、ユージン達の足下までも軽く揺れるほどだった。
赤龍を始め、他の龍達も様子を見ている。
そんな静けさの中、フィーロが宣言する。
「聞け。赤龍ネス、空龍ポイゾ、光龍イルミネント、鉄龍イーロン。油龍ベニバナはもう、俺がやった。分かるだろう。あいつの魂は俺が喰らった」
ユージンの周囲がどよめく。
「龍をやった?」
「殺したって事か? まさか一人で?」
「そんな馬鹿な。出来るはずがない」
「魂を喰らったってどういう事だ?」
彼らの疑問は一つ。
あの、ちっぽけな、それでいて龍と一人で渡り合った少年は一体何者なのか、という事だ。
何人かの視線を、ユージンは感じていた。
確かにさっきのやり取りで、自分とフィーロが知り合いである事は明らかだ。
だけど、ここは自分の出番ではない。
そして龍騎士団、龍も含めた全員の疑問にも、フィーロは応えた。
「俺は龍狩のフィーロ。お前達を殺す者だ。覚悟しとけ」
そう、高らかに謳ったのだった。




