赤龍襲来
宝物庫に入ると、龍骨剣はすぐに分かった。
白く輝く剣は目立ってしょうがない。
「それが龍骨剣ですか」
「見た事ないのか」
「龍騎士団の剣とは違うのですね」
「あそこの剣は普通の長剣だな」
一方、龍骨剣はどちらかといえば打撃用に近い太さをもつ両手剣だ。
戻らずの大樹海ブルーウッドで異形種となっていた時は鉈のようだったが、今のフィーロの背丈では、抱えるような大きさである。
「そんな大きな剣、振るえるのですか?」
「問題ない」
心配そうなプリセアの問いに、ぶん、とフィーロは片手で振ってみた。
「ある意味、身体の一部だ。何の支障もない」
龍の卵、龍骨剣は取り戻せた。
「残るは白龍の死体だけか」
「龍の遺骸の保管場所へ、案内します」
「それさえ取り戻せれば、俺は去る。後は適当に言っておいてくれ」
「はい」
宝物庫を出ると、やけに王城内が慌ただしかった。
城の外も、こんな時間なのにやけに声が響く。
「……何だか、騒々しいな」
「そうですね」
プリセアが窓に駆け寄る。
一方、フィーロは遠くから響く咆哮に気づいた。
「遅かったか」
「え」
フィーロも窓際に立ち、遠くを指差した。
まだ王都には到達していないが、遠くの空に眩く輝く点があった。
「見えるか?」
「あの、光る点、ですか?」
「赤龍が来た」
「え!? あの……フィーロ様の仇の?」
プリセアが目を見開いた。
「それもあるが、あれが俺が白龍の死体を動かしたかった理由だ。このままだと、国が滅びるぞ」
「姫!」
声が響き、龍甲冑を身に着けた若い騎士が駆け寄ってきた。といっても、三十半ばぐらいだが。
「え、あ……どうかしましたかコマンディル龍騎士団長」
「龍が、襲ってきました! 既に龍騎士団が向かっています! 姫は避難して下さい!」
「え、でも龍騎士団がいるなら」
「……相手は、一頭ではありません」
「四頭だ。さすがにこの暗さじゃ、光龍イルミネント以外は人間には見えないだろうな」
「誰だ貴様!?」
コマンディル団長が、剣に手を掛ける。
が、それをプリセアが制した。
「私の友人です」
「し、しかしその剣! その首につけている首飾りは……!」
「それで、ええと」
フィーロが龍骨剣と龍の卵を持っている事を咎めようとする団長を無視し、プリセアが尋ねてくる。
本名はまずい、と思ったのだろう。
「フィガロでいい」
「フィガロ様、これは一体、どういう事なのですか?」
「攻めてきたのは、白龍の旦那とその手下だよ。前に、戻らずの大樹海でも手下の龍人達が追い掛けてきた。飛行船でその白龍の死体を運んできたんだろ? だったらここに来るのは当然の流れだ」
「どうして、貴様がそれを知っている……?」
「見てたからな」
コマンディル団長の疑問に、フィーロはシレッと応えた。
実際は見ていたどころではないのだが。
「……貴様。どこかで会った事はあるか?」
「まあな。そんな事はどうでもいい。プリセア、状況を簡単に話すぞ。まず、龍騎士団に勝ち目はない」
「何故ですか?」
「龍騎士団一つで龍一頭の戦力だ。四頭いるなら戦力は四分割。勝てるはずがない」
「勝てはせずとも、そう易々とやられはしない!」
コマンディル団長が抗弁するが、フィーロには響くことがなかった。
「頑張っても負ける事には変わりはない。その後は王都が火の海になるだけだ。これを回避するには白龍の死体を動かすしかない。奴らの狙いはそれ……と、もう一つだけが狙いだからな」
「もう一つ?」
プリセアは首を傾げた。
「分かるだろ、プリセア」
「貴様、姫に向かって!」
「はい、分かります」
プリセアには、すべて話をしてあった。というか、話させられたと言うべきか。
だから、白龍の気配はまだ魄の残っている白龍の死体ともう一つ。
彼女の魂を宿すフィーロにも、赤龍は反応しているはずだった。
「では、フィガロ様……貴方も撤退されるのですか?」
「そうしたい所だが、このままだと龍騎士団が白龍の死体を始末したことになり、結局連中に報復されるかもしれない。だから、少し俺もここで連中に印象づけるため、頑張ることにする。ちょっと、街が壊れるが我慢してくれ」
「貴様、何を言っている……街を壊す、だと? それに、印象?」
別に、フィーロ自身が壊すつもりはないが、赤龍とぶつかれば、結果的にそうなるのだ。
「やる事はあくまであくまで牽制だ。適当な所で撤退して、白龍の死体と合流する。……本格的な戦闘になって、街の人間が巻き込まれるのは忍びないからな」
「そうですね……お願い、出来ますか?」
「ああ」
プリセアとの会話を切り上げ、フィーロはコマンディル団長の方を向いた。
「騎士団長。俺が赤龍を相手にするから、何とか粘ってくれ」
「何をえらそうに……」
「悪いな。口の利き方は親父に教わっていなかったんだ。あんたに一つ聞きたいことがあったんだが、今はいいや。とにかく、勝てとは言わない。市民を守ってくれ」
時間に猶予はない。
フィーロは話を打ち切ると、窓から外に飛び出した。
フィーロが消え、残ったのはプリセアとコマンディル団長だけになった。
「何なのですか、アイツは…… !」
「怒っている場合ではありません。このままだと彼の言う通り、王都が焼け落ちてしまいます。早く父上にこの事を進言し、白龍の遺骸を外に出しましょう」
「……はい。言っていることは理に適っていましたから、従いますが……奴が私に聞きたかった事とは一体何だったんでしょうか……?」
「私には、分かる気がします」
「はい?」
プリセアは、コマンディル団長に向き直った。
「龍騎士団は、龍を討つ軍です。我が国最強の騎士団です」
「はい。もちろんです」
「なら……何故、赤龍は今まで討たれなかったのでしょう?」
それは、コマンディル龍騎士団長にとって痛いところだったのだろう。
彼は、苦い表情をした。
「我々は……勝てる勝負しかしません。忸怩たる思いですが、まだ力が及ばないのも事実です。ですが、必ずいつか奴を討ちます」
「そう、ですか」
赤龍にフィーロの故郷が焼き滅ぼされて、もう十何年にもなる。
なのに、龍騎士団は赤龍を殺せていない。
それが、フィーロにはもどかしかったに違いない。
「でも、赤龍に関してはもう、その思いは必要なくなると思いますよ?」
「は?」
「だって、彼、フィガロ様本人が討ちますから」




