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龍狩と赤龍  作者: 丘野 境界
龍狩
17/41

油龍ベニバナ

 覚えのある気に誘われ油龍ベニバナは動いたのだが、相手を見た途端「なんだそりゃあ」という気分にさせられた。

 てっきり、逃げて行方をくらましていたボスの嫁かと思ったのだ。

 ボスは、嫁である、ええと名前は確か白龍フリゼだったか、とにかくえらい別嬪さんだ、あれにご執心で、ちょうど今も何度目かの捜索の為、呼び出しを受けていたのだ。

 だが、眼下にいるのはちっぽけな人間、それもオスだ。

 ちぇー、なんだよそれ。せっかく手柄を独り占め出来そうだったのに。

 と思ったが、まあ腹も減っているし良いか、と気を取り直す。

 後ろにもう一匹、これはメスもいることだし、二人を喰って出発前の腹ごなしと行こう。


 ベニバナは、油を吐き出した。

 彼の身体から精製されるそれはヌルヌルとしており、逃げようとする人間達の足止めにはうってつけだ。

 そして慌てふためく彼らをボスの炎で生きたまま焼いてもらう。

 ベニバナはその時の断末魔が大好きだった。


 だが。

 地面に着弾した油を、オスは浴びていなかった。

 一体どこに――首筋に、気配を感じた。



 油龍ベニバナが油を吐き出したのと同時に、フィーロも動いていた。

 ダッシュでベニバナの真下を潜り抜けて跳躍、そのまま龍の長い首筋目掛けて蹴りを放った。

 重い音がし、ベニバナが地面に叩きつけられる。

 身体中の油が飛び、周囲に飛び散る。

 フィーロの足も油まみれになったが、これを蹴って払った。



 ベニバナは一瞬混乱した。

 今、自分が落下させられた首筋への衝撃は、一体何だったのか。

 この、正面に立つオスの仕業か。

 まさか、人間にそんな事が可能なはずがない。

 頭を振り、腕を振るう。


 が、それはオスの手で易々と弾かれてしまった。

 不可解な事象に、ベニバナはさらに混乱する。

 が、顎への蹴りで、彼はようやく現実を認識した。

 こいつ、ただの人間じゃない。

 ベニバナの攻撃を、この人間は普通に回避する。

 周囲は既にベニバナの油まみれで、まともな人間なら立つことすらおぼつかないはずだ。

 なのにコイツは。


 苛立ったベニバナは、早々に決着を付ける事にした。

 口の奥の歯をガチガチと言わせ、火花を用意しようとした。

 ボスがいなくても、ベニバナは自分で火を点けることだって出来るのだ。

 そして周囲の油に点火。

 もちろんその炎は自分も巻き込むが、龍の皮膚はそのぐらいの火力は普通に耐える事が出来る。

 死ね。

 と、ベニバナは火花を発した。

 が……何故か火は点かなかった。


「やりたいことは、終わったか?」


 得体の知れないオスの、不気味な手がベニバナの鼻面に突きつけられる。

 ベニバナの混乱は、得体の知れないモノへの恐怖へ変わりつつあった。

 何だ、コイツ何をした?


 (オス)とは目と鼻の先だ。

 口を開き、一口で食い千切ってやる。

 が、閉じた口に敵はおらず、相手は既に跳躍して横へ回避していた。

 やはり、足が滑っている様子はない。

 ……そこでやっと気がついた。

 油が、白く濁っている。


「知っているぞ」


 敵が言う。

 油が固まっているのだ。

 敵の足下から、地面が冷やされていっている。否、凍らされている!!

 この力は……知っている。

 あの、雌龍の気配はやはり、気のせいなんかじゃなかった!!


「油は冷えると滑りにくくなる」


 敵の手が、ベニバナの右前肢に触れた。その途端、皮膚から分泌していた油ごと前肢が凍り付く。

 ベニバナは、恐怖の悲鳴を上げた。



「お前は、生きたまま人を焼くのが好きだったな」


 なら、とフィーロは油龍ベニバナの四つの足を順番に凍らせていった。


「それに相応しい末路をくれてやる」


 ベニバナは高らかな悲鳴を上げ、何とか空へと逃れようとする。

 が、すべての足を封じられ、かつ腹も地面の凍結とくっついている。

 皮を丸ごと剥がす覚悟がない限り、空に飛ぶことはもはや叶わない。


「お前に焼き殺された、すべての人間の魂の安らぎのために」


 フィーロは指先を、ベニバナに突きつける。

 それから逃れるため、ベニバナは必死に首を反らせるが、それなら首の根本に触れるだけだった。


「死をもって償え」


 亀裂の入るような音と共に、ベニバナの身体全体が急激に冷やされ白く濁っていく。

 やがてベニバナは白い彫像と化した。

 こん、と拳で叩くとその身体は粉々に砕け散った。


「まずは、一頭」

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