深化
ユージンが王都の龍騎士団に入って、三年が経過していた。
ユージンも先輩騎士達と共に何頭か龍も倒してきたが、どうも自分が求めているモノとは違う気がしていた。
龍は龍だ。
強敵だ。
訓練を重ね、装備を調えた、精鋭達でなければ、決して勝てないだろう。
苦戦もした。
死闘もあった。
数十人単位で犠牲を払った事もある。
……が、赤龍ほどの絶望的な存在とは、これまで対峙した事がなかった。
ある意味、フィーロはここに入らなくて正解だったかもしれない。
せっかく入ったとしても、何だか途中で退団していたような気がするのだ。
そんなある日の龍騎士団詰め所。
「魔物?」
昼食中に、ユージンはそんな話を先輩から聞いた。
「ああ、ブルーウッドに出るらしい」
「ブルーウッドなら普通に出るでしょう?」
ユージンだって戻らずの大樹海の話ぐらいは、知っていた。
「それが、植物と獣を混ぜたような、奇妙な魔物らしい。時々出るらしいが、今回のは特に大物だという話だ」
出発の準備をしろ、と言われた。
「退治しに行くんですか?」
「森には行くが別件だ。俺達は龍騎士団なんだぜ?」
戻らずの大樹海ブルーウッド。
二百セタケを超える巨体を持つ大猪が、木々を薙ぎ倒しながら爆走する。
その突進先には、大樹に身を絡めた百足がいた。体躯こそ大猪に劣るが、その長さは数百セタケ。巻き付かれれば、タダでは済まないだろう。
そんな、どちらが勝ってもおかしくない対決に、空から何者かが割って入った。
着地と同時に腕が振るわれ、数瞬後。
大猪は動きを止め、その身体が爆ぜた。
大百足はその身体を預けていた大樹ごと、いくつにも切り刻まれた。
重い音がし、木が倒れる。
二体をやったのは、二百五十セタケほどもある魔獣だ。
空から降ってきたそれは、人間の大きさでなら両手剣になるだろう、骨で出来た鉈のような武器を持っていた。
ボサボサの髪は無数の葉で出来ており、牛のような二本の剛角が生えてはいるが、形は人の姿に近い。
太く鍛えられた銅や手足には剛毛が伸びており、ところどころに虹色の鱗が見えている。
バランスを取るためか、太い尻尾も生えており、その先端の瘤は大きく打撃に向いていそうだ。
魔獣は大猪の残骸に近付くと、肉を鷲掴みにしてニチャニチャと喰い始めた。
その魔獣、フィーロは食事の最中に正気を取り戻した。
「……いかん。気をしっかり持て、俺」
その独り言も、もはや呻き声に近い。
声帯が、人とは違うモノに成り果てていたのだ。
ただし、この喉も便利になっており、超音波で敵の居所を察知したり、弱い敵を吹き飛ばしたり出来る。
身体も作り替えられ、火砕撃は何度放っても負担はない。
……が、姿形と共に、その精神も魔物に近くなっていた。
気をしっかり持っていなければ、野生のままに森を駆け巡る怪物、それが現在のフィーロであり、これこそが獣魔術の真の代償だった。
かろうじてフィーロは崖っぷちで、人間の理性を残しているが、獣魔術師の多くはそのまま魔物と化し、他の魔物や獣魔術師に狩られる運命にあった。
ならば、これ以上修業を続けるべきではない……といいたい所だが、フィーロの本能は分かっていた。
「この程度じゃ、まだまだ赤龍に勝てない……!」
大猪を喰らい尽くすと、倒した大樹の幹を野菜代わりに、今度は大百足の胴体に齧り付く。
自分は相当に強くなったはずだが、なればなるほど赤龍の、幼い頃見たあの絶望的な強さが理解出来るのだ。
「かろうじて、これのお陰で正気を保っていられるが……もっと、強くならないと……」
そんなフィーロの腕には、銀色の鎖が巻かれている。
幼い頃、とある少女にもらった首飾りだ。もはや自分の首には巻けないので、腕にしている。
魔除けの効果があるようで、これを撫でると不思議と正気に戻るのだ。
葉となった髪を掻きむしりながら、さらに大百足を喰らっていく。
「もっと肉を喰って、力をつけないと……」
睡眠時間も、ほとんど必要がなくなった。
動ける間は魔物を狩り、喰う。
昼も夜も関係なく、フィーロの今の生活はその繰り返しだった。
「……大丈夫、まだいける」
禁呪・獣魔術もこの戻らずの大樹海も奥が深い。
まだ喰っていない魔獣を喰らい、更に強くならなければ。
龍に近付かなければ。
「もっともっと強くなって、龍を殺す」
食事を終え、フィーロは立ち上がった。
その時、地面が揺れた。
「!?」
地震、ではない。
巨大な何かが、地面に落下した音。
その柔らかい硬さは土や石の類ではない。
生物。
フィーロは即座に駆け出した。
感覚で分かった。
落下したのは、龍だ。




