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学園戦記  作者: 藁部 御門
戦挙編
7/50

天帝

「ちょっと、私にはきちんと説明しなさいよ」


 葵ちゃんの一歩先を歩く俺に向かい説明を求める葵ちゃん。


 別段種明かししても面白くもなんとも無いけれど。まあ、パートナーぐらいには教えてあげてもいいかな?


「わかったよ。説明するから、取り敢えず屋上へ来てくれない? さすがに誰彼構わず教えていいことじゃないし」


「いいわ。じゃあ、早速屋上へ行きましょ」


「学園案内は?」


「もういいわ。後は明日自分で適当に回っておくから」


 どうやら、さっきの事が気になって仕方ないらしい。


「了解。じゃあ屋上へ行こう」


 取り敢えず、俺たちは歩いて屋上へと向かっていく。


 その途中、校内は急遽決まったパートナー探しでそこそこ騒がしかった。


「頼む、自分と組んでくれよ、アンタとならテッペンが見えそうなんだよ」


「あんまり、興味ないのよ。あたしの序列が高いのは言い寄ってくるバカを返り討ちにしてたら勝手に上がっただけだし。あなたもそのバカの一人に加えようかしら?」


 ……どうやら中々捗って無い人もいっぱいいるようだ。



 そういった連中を分け目に俺と葵ちゃんは屋上へと向かっていく。


 まあ、屋上ならあんまり人も来ないだろう。


 ゆっくりと騒がしい世界から遠ざかり、静かな世界へと近づいていく。


「さあ、早速説明してもらおうかしら」


 屋上の扉を開けた瞬間待ちきれないといった風に葵ちゃんが聞いてくる。


 別段特別なことしたわけじゃないんだけどね。


「結論だけいうと超単純で、高速に動いて、居合を放っただけ。それに葵ちゃんが目で捉えきれなかったのも、単に初見だからだよ。集中して見れば次は反応できるよ」


「嘘でしょ。馬鹿にしないでよ。私だってそれなりに動体視力には自信があるのよ。それなのに捉え切れないなんて――」


「別段捉えられないわけじゃない。でも、あるレベルのスピードを目で捉えようとしたとき、人の脳は見ることのみに集中しすぎて、体を動かせなくなる。いわゆる世界が止まって見える状態って奴だよ。だから、ある程度のレベルの奴はその一歩手前の段階で無意識にストップをかける。最低限体が動く程度には…… まあ、目で捉えられない攻撃が飛んできた時の対処なんて限られてるけどね」


「じゃあ、何かしら、あなたは私より強いってこと」


 その言葉は俺に向かって若干棘を飛ばしていた。


「そうだといいんだけど、実は俺のあの技、『天剣』って言うんだけど、欠陥があってネタが知られてると非常に弱いんだよね。だから、現状葵ちゃんの方が強いと思うよ。まあ、本番までは心配しないでよ、『天剣』は初見の人間には結構強いし、『放出』レベルの連中とはなんとか戦える自信もある。『具現』レベルの連中が来たら速攻逃げるけどね」


 弱者が生き残るためには、誰に勝てて誰にかなわないかの見極めをしっかりとすることだ。臆病過ぎてもいけないし、自信過剰はすぐさま壊される。


 もっとも俺はそれが見たいから、目の前の彼女に力を貸しているのだろうか?


「何? こっちをじっと見て」


 まあ、別段どうでもいいか。


「別に、そっちはどうなのかなと思ってさ。冗談だとしても、この学園の一番上になりたいって言うんだから、どのくらい強いのかなってさ」


「冗談なんかじゃない! 私は本気で、勝つためにここに来たのよ。誰にだって負けやしない!」


 怒り心頭で俺に向かって吼えてくる。そんな勇ましい彼女に昔の自分が一瞬重なる。


 俺もバカみたいに自分が強いって思ってた時代があったね。でも、いつかそれは崩れていく。それが成長だと割り切ったつもりだけど、こんなヤツに力を貸そうってのは、まだ割りきれて無いってことなのかな? 


「だとしたら、あの『天帝』にも勝つつもりなんだ」


「当然」


「じゃあ、聞くけど、『具現』まで使えるの? 『天帝』に勝ちたいなら、最低限それぐらいはいると思うよ」


 武道を極めて行くと、体を取り巻く気というものを感じれるという。その気を操り、身体能力の向上に利用するのが『強化』、自らの気を体外に攻撃として発するするのを『放出』、その気を利用し何らかの超常現象まで引き起こすのが『具現』。『放出』を使う連中はこの学園にも結構いるが、『具現』になると話は別だ。『具現』にまで至る人間はこの学園の中でも一握りである。


「……まだ、『具現』までは達してない。でも、もう少しだと思う。もうちょっとで、掴めそうな気がする」


 そうは言っても、明後日までには間に合わないだろうから、ぶっつけ本番か。


「了解、これで基本戦略が決定したね」


「何? どんな戦略?」


「極力戦わず、逃げる事が中心の戦略」


 俺がそう言った瞬間彼女の顔が真っ赤になった。


「何情けないこと言ってるの! 逃げることが中心なんて――」


「ちょっとは、合理的に考えて欲しいな。はじめに言っとくとさ、この学園の戦挙なんて茶番なんだよ。ほとんどの連中は『天帝』に勝てないことを知ってて、序列を上げるために、ただやりたい奴らと戦ってるだけ。ほんとに『天帝』を倒そうなんて考えてる人間なんてほんの少しさ。だから、序盤は逃げるだけ、隠れてるだけでかなり人数は少なくなる。こっちの消耗も小さい。それに、俺の目標は、残り十組になるまで、生き延びることだ。だとすれば、大事なのは戦わずにいかに生き延びるかだよ」


「でも、ジョーカーがいる」


「何も、ずっと逃げようってわけじゃない。タイミングを見計らって、各個撃破ってやつだね。取り敢えず、部活組は避けて、疲れてる奴を集中攻撃って戦法だね」


「なんか、カッコ悪い」


 頬をふくらませて不機嫌そうな表情でこちらを見る。


 ジト目はやめて欲しいが、しゃあない。これは譲れない部分だ。


「カッコつけれるほど強くないんだから仕方ない。俺も、葵ちゃんも」


「失礼ね。何なら今日誰かと勝負してこようか!?」


「やめときなよ。戦挙前に戦ってくれる奴なんていないぜ」


 屋上の柵に背を預け空を見上げる。


「それに、期待はしてるんだよ俺はさ。たとえ、放出レベルだって聞かされても、なんとなく、まるでさ、漫画の主人公のように葵ちゃんが活躍してくれるんじゃないかなってさ。最近のラノベってさ、主人公が最初無能みたいなパターン多いしさ、それに、もうちょっとで『具現』まで行けそうなんでしょ? なら今回の戦挙で掴めるかもしれないしさ」


 事実、こと『放出』や『具現』に目覚めるのは実戦の場合が非常に多い。幼少時の喧嘩や武道の試合などで目覚めたやつを俺は幼少時に何度も見た。この学園でも、戦闘中に『具現』に目覚めた奴も見た。だから、葵ちゃんも可能性はゼロじゃない。


 それに、どのみち『具現』まで辿りつけなきゃ、『天帝』に勝てない。


「まあ、なるようになるさ」


 ボソっと呟く。


 その言葉をかき消すように屋上に強い風が吹いた。


「きゃっ!」


 ハイ? ……誰の声だ? 乙女の可愛い悲鳴の方角を素早く探す。


 そこには、顔を赤くして、スカートを押さえつけてる少女がいた。……葵ちゃんだった。 


 まさか、びっくりだな。あんな可愛い声を出せるなんて。基本凛々しい声だからびっくりだ。


「見た?」


「何を?」


「あの……、その……」


 もじもじしながら顔を真っ赤にしている。


「ああ大丈夫、俺は何も見ていない。スカートの裏に白いペチコートがあって、その奥に淡い青色のパンツを履いてるなんて俺は知るはずもない。ましてや、葵ちゃんの太ももが思ってたより細くて綺麗だったなんてわかるはずがないじゃないか」


 全く、俺には君の意外に可愛い乙女仕草が見れただけで満足だというのに、これ以上何を求めるというのか。


「死ね変態」


「グボラ!!」


 数メートルの距離を一足で飛び込み、俺の腹へ綺麗に跳び膝蹴りを決める。


 更に運が悪いことに、柵に背を預けていたため衝撃を逃しようがなかった。


 まともに腹に攻撃を受け、苦しみながら膝をつく。


「全く、見たなら見たとはっきり言えばーー」


「はっきり言えば?」


「パンチですんだのに」


 結局攻撃するんだね。


 ガチャリ。


 突然屋上のドアの重たい音が響く。


 珍しいな、訪問者かよ。


 めったに人が来ない屋上への来客者に俺と葵ちゃんが意識を向けた瞬間、高速でその行為を後悔した。

「やっぱり、屋上は風が吹いて心地いいや。ねえ、れん


「それより、生徒会長。先客がいますよ」


「うん? 珍しいな。この時間の屋上の利用者なんて」


 そこには、この学園の支配者がややダルそうに立っていた。


「……『天帝』」


 腹から絞り出すように目の前の先輩の通称を声にする。


 彼の姿を見るだけで、自分の手が震えていた。


 おかしい、昨日までは、ばったり学園ですれ違ってもこれほど、ビビらなかったはずだ。でも、今は目を見ようとするのが精一杯だった。


 俺が、一瞬でも『天帝』と戦うことを想像したからだろうか。だからこそ、体中の細胞が「馬鹿なことはやめろ、考え直せ」と命令してくるのだろうか?

 

 そうやって俺が蹲って震えていると勇ましい声が響く。


「向こうから来てくれるなんて、会いに行く手間が省けて良かったわ」


 顔を上げると、目の前の化物に向かって葵ちゃんが物怖じせず歩き始める。


 かっこいい。


 彼女の背中を見て、単純にそう思う。


 それと同時に自分に嫌気と絶望が襲ってくる。


 あんな化物とやりあうのかよ。下手すりゃ死ぬぜ畜生。ああもう、この状況でネガティブなことしか考えられない自分が超カッコ悪いな。


「お久しぶりです。蒼崎家現当主の蒼崎空様」


 うやうやしく葵ちゃんは『天帝』に向かって礼をする。


 本名で呼ばれた『天帝』は多少怪訝な顔をしている。


「えーと。悪いね、誰だっけ?」


「さすがに、彼女のことは覚えておかないと色々まずいですよ。生徒会長。天上家の次女様ですよ」


 『天帝』の横に立っていた、メガネにロングヘアーで頭に黄色いヘアバンドをした美人の女性が答える。


 この学園の副生徒会長である、双鐘恋ふたかねれんだった。


 『天帝』といつも一緒にいて、『天帝』の強大な存在感の前に少し霞んで見えるけれど、間違いなく一流である。


「ああ、天上家か。なるほどね。なんだ、お家の話か。……つまんないな」


「この前の当主会合の時の無断欠席、本家、緋羽あかばね黒海くろうみの当主すべてが説明を求めています。次回の会合時に弁明の場を設けるとの事なので、しっかりと反省してください!」


 つまんないという言葉に反応して、葵ちゃんの声が少し荒くなる。


「ああ、先週のあれね。……体調が悪くて、休んじゃった。次はきちんとするさ。あと、本家が怒るのはわかるが、僕と同列のあかと黒が口を出すのは気に入らない。本家にも伝えておいてくれ、蒼は本家に逆らう気は無いけれど、分家連中がじゃれついてきたら喰い殺すってさ」


 一瞬、気だるそうな顔が引き締まり、声に力が入る。五月の陽気とは思えないほど、肌寒い風が一瞬吹く。


 冗談ではなく、本気なのだろう。『天帝』の言葉は白を一瞬で黒に塗りつぶせそうな迫力を持って吐かれた。


「……わかりました」


 何か言いたそうではあったが、さすがの葵ちゃんも引き下がる。


「それと、本家のお姫様。なんでウチの制服着てるんだい。本家の姫と皇子はこんなところに来ないだろう? まさか、前々から本家の御大が言ってた、自分へのお目付け役かな? だとしたら、最悪だな」


 うんざりといった表情で目の前の葵ちゃんを見ている。


「いえ、天上家との契約で、自分の意志でここにやって来ました。基本的には蒼崎様と私は、本家と分家の関係ではなく、この学園の一生徒と生徒会長という関係です」


「ふーん。じゃあ、明後日の戦い。例えばお姫様と戦うことになっても手は抜かなくていいんだね」


「当然です。そして、私も本気で戦いますよ」


 強大な相手の底の見えない瞳をまっすぐに見つめ返し、宣戦布告を大胆にかましていく。 

 

「そいつは楽しそうだ。でも、パートナは大丈夫? その様子だと今日転向してきたんじゃないの?」


「ご心配なく。本日無事パートナは得ましたよ」


 嬉しそうに、子供のように笑い。『天帝』は今更ながら、転がって震えている俺を見る。


「もしかして彼?」


「だとしたら?」


「やっぱり、本家の人間は違うね。百人が見たら九十九人がやめとけって言いそうな奴を選んでる。実に面白いね」


 葵ちゃんはキッ、と『天帝』を睨むと俺の方へ足早に近づき俺を引きずって出口へと向かう。


「それでは、蒼崎様。いずれまた」


「ああ、お姫様。楽しみだよ。ごきげんよう」


 『天帝』は手を振りながら俺と葵ちゃんを見送り、双鐘さんは無言で頭を下げていた。



◇◇◇


「恋、姫様のパートナのデータわかる」


 蒼崎空はベンチに横になり、頭を双鐘の太ももに預け、日が傾いた空を見上げながら尋ねる。


「神乃天下。序列はほぼ最下位の990位。ちなみ、この学園で一度も勝利したことがない生徒ですよ」


「『神乃』かどっかで聞いたような気もしなくも無いけれど。まあ、面白いよね。僕と対峙してあんなに震えてる奴見るの久しぶりだよ。しかも、力を抑えてる通常時に」


「そうですね。恐らく序列があてにならないのは確かでしょうね。というか、これは結構まずい発言ですけど、現時点じゃ本家様より強いでしょうね」


「だよね。あそこまで震えてるってのは、僕の力を理解してるってことさ。頭じゃなく体でね。まあ、姫様も『天上』の血を引いてるんだ、すぐに彼の立っているレベルまでは到達できそうだけどね」


「本当にデータは当てになりませんね」


「ホントだよ。この学園じゃ化物連中がすぐさま生まれて来る。だからこそ、楽しいんだけどね。あとそれと、恋、ちゃんと本家の姫様が転向してくるなら報告しといてよ。お出迎えしなかったことが本家にバレたらまたまずいんだから」


 膝枕の主を困った顔で糾弾する。


「一応、転校が決まった日と今日の朝食時に伝えましたけどね。全く気にしてなかったから、本家に牙を向けるつもりかと」


「バカ言うなよ。本家には恩があるんだ。俺が嫌いなのは、分家連中だけだよ」


 恋の冗談に蒼崎は苦笑いしながら、少し考える。


 本家の姫様がわざわざこの学園に転校してくる理由は何であろう。


 もしかすると自分たちにも関係があるかもしれない。


「ねえ、恋。少しだけ調べ物を頼んでいいかな」


「いいですよ、生徒会長様。御用があれば何なりと」


 微笑む彼女をまっすぐ見つめる。


「……二人の時は空って呼んでくれ。もう、そうやって呼んでくれるのは恋しかいないんだから」


「……ハイ。空くん」


 彼女は頬を赤らめながらゆっくりと膝下にある主の頭に手を持っていった。


なんか色々遅くなってスイマセン。


これからもゆっくりと頑張ります。

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