腕試し
「一体何したらいいんですか?」
武道館の中心へと招かれる俺と葵ちゃん。
「簡単さ、うちの部の一年坊とちょっとばかし試合をしてほしい。おい、そこで残って野次馬やってる一年少し付き合え」
声をかけた方向を見ると何人かの一年生とおもわれる少し幼さを残した生徒達がこちらを興味深そうに覗いていた。
「はい! 主将何すればいいですか?」
その中でも一際体が大きく、頭を丸刈りにした少年が近づいてきた。
「見ての通り、聞いての通りさ。そこにいる彼と戦ってくれ。手加減は必要ないぞ。そちらさんはお好きな方が戦ってくれ」
「こっちのセリフよ。勝手に話が進んで気に入らなかったけど、ちょっとは憂さ晴らしできそうね」
葵ちゃんが自前の刀を握りしめ勇ましく前に出ようとする。だけど、俺がそれを腕で静止する。
「勝手に戦おうとしないでよ、葵ちゃん。切り札は最後までとっておかないと」
意外そうな顔をしてこっちを見てくる葵ちゃんを余所に神楽へ声をかける。
「おい、神楽。刀を一本貸してくれよ」
「えっ! 天ちゃんが戦うの?」
「言ったろ、本気でやるって」
俺の言葉を聞いた神楽は慌てて主将に進言する。
「主将、天ちゃんが戦うならこの腕試しは無意味です。彼の実力はボクが保証しますから、やめさせてくれませんか?」
「弐宮、諦めろ。こっちの一年も向こうもやる気だし、ここで止めるのは野暮ってやつだ」
主将に言われた神楽は小さな溜息をつきながら、こちらへやって来て、自身の腰に挿している刀を俺へと渡す。
「そんな、心配そうな顔すんなよ。うまくやるさ」
「頼むよホント!」
そう言って、納得してなさそうな顔をしている神楽と、ひとまず俺の実力を見ようと両腕を組んで立っている葵ちゃんに後ろへ下がってもらい、一年生に面と向かって向き合う。
「ハロー、一年生。すまないね、戦挙前に付き合ってもらって」
「別段、気にしてないですよ。そんでもってこれはチャンスですし。主将も副主将も見ている前で刀を振るう機会なんて一年じゃそうそうないんでね」
なるほどね、主将の信頼を勝ち取るチャンスってわけか。
ますます、すまないな。
「じゃあ、試合は始めの合図の後行う」
「その前にちょっと待って下さい」
俺は刀を鞘から抜き、刀身の長さと重さを体に染み込ませる。
オッケイ、オッケイ。にしてもさすが神楽。手入れも行き届いてるし、いい刀だな。軽く振ると磨き上げられた刀身が光を反射する。
そして再び刀を鞘へと収める。
「準備万端、いつでもいいですよ」
主将さんが珍しいものでも見るかのようにこちらを見る。
「抜かなくていいのか?」
「これが俺のやり方なんで」
さあ、あとはリラックスするだけだ。久しぶりだから緊張するな。
足から腕へと徐々に能力を抜いていく。
自分が今、立ってるのか、寝そべっているのかわからなくなるほどの脱力。
あんまりにも力を抜いていくと宙へと浮き上がれそうな感覚へと陥り、実際の体は自身の体重を支えきれずに倒れそうになる。
ちょうど、そんなトランス状態へとなった時に主将の声が耳に届く。
「始め!」
前を見れば刀を正眼に構えた一年生が立っている。ほんの少し肩に力が入っているけれど、隙のないいい構えだと思う。全身の力が抜けている俺とは大違いだ。けれど、それはこの時の俺にはまるで意味が無い。
開始の言葉を合図とし、緩みきった体に足から順番にスイッチを入れていく。
筋肉が悲鳴を上げていくがそのすべてを無視して、体の動作を進めていき、一瞬で一年生の前まで移動する。
本来自身の体には無意識でセーブが掛かる。そのため、だから全力なんてものは意識してたら絶対に出せない。
故に俺の使う方法は体に動きを覚えさせ、緩みきった体からいきなり動作へと移るというものだ。
無論、体に無理させてるから後からすっごく筋肉が痛くなるけど仕方ない。
そうして得たスピードは、この空間にいた誰も彼もを置いていく。
自分の加速で逆に時が止まったかのように、棒立ちのみんなを置き去りにターゲットへと迫り、鞘
に収まった刀を滑るように抜き放ち、一年生の顎を正確に打ち払った。
……カチン!
刀を収めると同時に止まっていた時が再び動き出したかのような感覚を受け、目の前に気を失って倒れかけてくる一年生を慌てて受け止める。
一年生の顔は驚きすら浮かべておらず、始まったときと変わらなかった。
「おっとと」
丁寧に一年生を寝かせた後、後ろを振り向く。
すると、神楽以外の全員が口をあんぐりと開けて俺の方を見ていた。
「何が起こったんだ?」
「だから、無意味って言ったんですよ、主将。本気になった天ちゃんのスピードを初見で捉えるなんてほぼ無理なんですよ。もうちょっとで、将来有望な一年生が壊されるところでしたよ」
わけがわからないといった風に漏らした言葉に神楽が反応する。
「だから、うまくやるっていったろ。怪我なんてさせてないさ。ちょっと、顎を叩いて脳みそ揺らして眠ってもらっただけだよ。よいしょっと、ありがとよ刀」
「別に気にしないでよ。それよりボクとの約束守ってよ」
「わかってるよ。じゃあ、主将さん! 同盟の件よろしく。行こうぜ葵ちゃん」
「ちょっと、私にも何があったのか教えなさいよ」
「そいつは後でね。それではみなさん、ご武運を」
◇◇◇
「弐宮、あいつは一体何者なんだ?」
武道館に残された主将は弐宮に向かって問いかける。野次馬部員達と倒れた一年生は九条が現在対応している。
「何者っていうか? ボクの幼馴染で親友で、そんでもってライバルですかね」
主将はそんな弐宮のとぼけた答えに満足などした様子はなく、さらに問い詰めていく。
「そういうことが聞きたいんじゃない! あいつの流派とかあいつの実力を知りたいんだ」
「流派は無天流。だけど、たしか除籍されてましたよ。あと、天ちゃんの実力ですけど、子供の頃のボクが五百回戦って一勝しかできなかった。っていえばわかってくれますか?」
その言葉にもう一度、主将は絶句している。
「ちなみに、主将。天ちゃんの相手はボクに任せてください。というより、不意打ちでもしなくちゃ天ちゃんに初見で勝てる人はほとんどいないですし。まあ、『具現』が使えるなら話は別ですけど」
「ああ、その時が来たらお前に任せるよ。だが、油断ならない人間が突然現れるなこの学園は」
「ははは、主将。ボクには天ちゃんよりも、あの転校生の方がよっぽど油断ならないですよ。ボクがあんなに戦いの場(こっちの世界)に天ちゃんを誘ったのに、天ちゃんは一度も振り向かなかった。でもあの女は会ってその日のうちにこっちの世界に天ちゃんを引き込んだ」
手に持った刀をいじりながら、あの女に嫉妬してるのかな、と自分で冷静に考えつつも、目の前に再び立つライバルに心が踊り、天ちゃんと戦えるなら些細な事だとすら思い始めた。
「でも、まあ。感謝ですね」
ゆっくりと傾く夕日に早く当日が来ることを願い、弐宮と主将は更衣室へと足を向けた。
不定期でちょくちょく書いていこうとおもいます。
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