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学園戦記  作者: 藁部 御門
戦挙編
4/50

始動

「オイ、何時まで寝てるんだ。午後の授業もサボるつもりか」


 ゆっくりと目を開くとそこにはヒロインが優しく微笑んでいる――訳も無く、保健室の先生、というかウチのクラスの担任が火のついていない煙草を咥えてこちらを覗き込んでいた。


「オイ、オマエ私の顔見てがっかりしなかったか?」


「ははは、ヤダな先生。俺がそんな事思うワケないでしょ。ハハハ」


 うそ臭い笑いを撒きながら取り敢えずベッドから起き上がる。

 どうやら学園の保健室らしい。


 保健室とは言えこの学園じゃ怪我が日常茶飯事だから保健室っていうレベルでは無く、病院と言ったほうが適切である気がする。

 なんたってベッドの数が桁違いだ。部屋一面がベッドで埋まってた。

 でもベッドの数に比例せず寝ている人間はどうやら俺だけらしい。


「せっかく明後日は戦挙だから、今日と明日は楽出来ると思ってたのによ。全くよりにもよってウチのクラスの奴が運ばれるとはな。あと、お前天上に礼言っとけよ。アイツにおんぶされてここまで運ばれたんだからな。全く転校初日で場所もよく知らんだろうに」


「ああ、そうなんですか。確かにあとで謝罪と感謝をしとかないとね」


「ちょっとは情けなさそうな顔をしろよ。女におんぶされて保健室まで運ばれてるんだろ。この学園にいる奴なら恥ずかしくて自殺もんだぞ」


「残念。女の子におんぶされている自分の姿を想像すると案外悪く無い気がしました」


 天上さんの綺麗な髪がすぐ近くにあったなんて何か嬉しくない?

 先生はそんな俺を気持ちの悪い虫でも見るように見ていた。


「ちょッ、ちょっと冗談ですよ。そんなにドン引きしないでくださいよ」


「お前の顔でそんな冗談はよしたほうがいいぞ。通報モンだ」


 オイオイ先生、流石にひどすぎない?

 俺がベッドから這い出して、保健室の椅子に腰掛ける。

 先生は白衣からライターを取り出す。


「吸っていい?」


「俺は別に良いですけど、勤務中に吸ってるのがバレるとまたお説教になりますよ」


「それもそうだな。まあ我慢するか。煙草も高くなってるしな。まあ、いいや。取り敢えず私のおしゃべりに付き合えよ」


 こういう時の先生には逆らわないほうがいい。と言うより午後の授業も上手くいけばこのまま話し込んでサボれる。


「ういっす。何について喋るんですか?」


「そりゃ当然戦挙についてだろ。オマエは一体誰が今回勝つと思ってる?」


 わかりきったことを聞く。この学園にいてその質問は馬鹿らしい。


「わかってるでしょ。『天帝』以外に有り得ませんよ。あの人はちょっと次元が違うでしょ?」


 天宮帝あまみやみかど、通称『天帝てんてい』その名に相応しい圧倒的な力を持ったこの学園の現在の序列一位である。

 一年の時からその圧倒的な力で戦挙をあっさりと勝ち上がった化け物だった。


「そうなんだよ。アイツがいると戦挙の賭けが盛り上がらないんだよ。先生連中でやってるんだけどな? 例年だと何人かは対抗馬が出揃うはずなんだがな。結構厳しそうだろ」


 ていうか、あんたら学校行事で賭けしてんのかよ。やっぱダメだなこの学園。

 先生は全く悪びれることなく会話を続ける


「だから、今回は多少面白いルールになったんだよ」


「面白いルール?」


「そうタッグ制ってのは聞いてるだろ? あれ、相棒が負けるともう片方も負けなんだよ。だから、私としては序盤で徒党を組んで天宮のパートナーを倒してもらうってのが理想なんだよ」


 先生は人が悪そうな表情を浮かべながら俺に言う。


「でもそれも難しくないですか、天帝が組む人って副会長でしょ? あの人も序列一桁台の猛者じゃないですか?」


「だとしても、まだ個人戦よりチャンスはあるさ。私としてはだな、ウチのクラスの神楽に期待してるんだぞ」


「まあ、目はあるかもしれませんね。アイツも強いし剣道部がバックアップするでしょうし」


 確かに優勝候補の中には含まれるではあろう。


「あとは転校生かな」


「彼女ですか。この時期にわざわざ転校してくるような子だからそりゃ強いとは思いますけど、実力を見ないことにはなんとも言えないんじゃないんですか」


「その実力が見えそうな場面を邪魔した張本人がよく言うよ。まあ私としては実力は戦挙まで知られて欲しくないから良かったんだがな」


「ですよね。実力を知られて無いってことが彼女の大きなアドバンテージだ。わざわざ手の内を晒す必要なんて無い」


「そのためにわざわざ巻き込まれに行ったのか?」


「まさか? 格好つけようとしただけですよ」


 今思えば余計なことをしたもんだ。おかげで痛い目にあった。


「で、ちなみにオマエは誰と組むんだ? 友達のいないオマエだからどうせ余った奴と強制的にカップリングだろうけどな!」


「ひどッ! 友達いないこと気にしてるんですからオブラートに包んでくださいよ」


 つくづく教師としてダメな人だと思う。

 メンタルが弱い奴なら自殺だ。

 ありがとうな神楽。お前がいてくれたおかげで自殺せずに済みそうだ。


「まあまあ、冗談は置いといてだ。オマエ、転校生と組んでみないか?」


 いっつもフザけた顔をしている棺先生が真剣な表情になる。


「組むわけ無いでしょ。先生も馬鹿な事言わないでくださいよ。せっかくの隠し玉をドブに捨てる気ですか?」


 俺は笑いながら返答するが、先生は真剣な表情を崩さなかった。


「いたって真剣だよ私はな。なあ神乃そろそろ、前を向いて歩いてもいいんじゃないか? いい加減真面目にやってもいいんじゃないか?」


「真面目も何も、序列990位が俺の実力ですよ」


「オマエの実力は知ってるんだぞ? どうして出し惜しみする?」


「戦うことの意義も目的も俺には無いからですよ」


 理由は簡単だ。俺には頑張った先に未来が無い。

 頑張っても俺の力じゃ常に勝ち続けるなんてのは不可能だ。

 なら初めから最弱のままでいい。


 先生はため息をつきながらこっちを見る。


「わかったよ。オマエの好きにしろ。だがな、誰でもいいがパートナー組んで戦うことになったら全力を出せよ。そうでなけりゃそいつが報われなさすぎるだろ」


「まあ足手まといにならない程度にはがんばりますよ」


「その言葉に嘘は無いな」


「何ですか脅しみたいに。別段、好き好んでリタイアはしませんよ」


「ならオマエのタッグに金をかけてやるよ」


 恐らく俺はキョトンとした顔をしていたに違いない。


「金をドブに捨てるもんっすよ」


「まあいいさ、誰か蒼崎以外に賭けないと賭けにならないし。元々大穴狙いが大好きなんだよ私はな」


 真剣だった表情がいつもの教師らしくない表情へと変わる。


「さあさあ、教室に戻りな。授業も始まってるだろ」


「ええ~、もう五限終わるまでサボらせてくださいよ」


「ダメだ。学生は勉強しな。ホラホラ出てけ出てけ」


 手をしっしと振る。


 まあ仕方ない。途中参加の授業はヤル気が出ないがまあ退散しましょうか。


「じゃあ、お邪魔しました」


 先生は手を振りながら俺を見送った。



◇◇◇


「それで、お前はどうする天上?」


 くるりと背後を向き、周りから見えないように敷居がされたベッドに向かって喋りかける。


「どうすると言われても、私は誰でも構いません。実力を示していない今の状態では誰も私と組んではくれないでしょうしね」


 そこから凛とした声が響く。そして天上葵がベッドから顔を出し、会話をはじめる。


「なら決まりだ。オマエは神乃と組め。今日の放課後でも話をつけろ」


 かなり業務的に天上に向かって棺は話をまとめる。


「一つだけ良いですか?」


「何だ? 質問は手短にしてくれよ。お前らは次授業だし私はタバコ吸いたいし」


「あなたは、彼のいったい何に期待してるんです?」


 突然の質問に棺は軽く微笑み、まっすぐに天上の顔をみる。


「まあ、いろいろと期待してる部分はあるさ。たとえばあいつのヤル気を見てみたいとかな。でも、一番に思ってるのは何となく楽しそうていう部分さ」


 棺はポケットからライターを取り出し、蓋を開け閉めし始める。

 静かな教室にチャカチャカという金属音が響いた。


「そう気にすることでもないさ、天上。あいつはおそらくお前と組んだら一生懸命戦うだろうさ。おそらく役には立つ。それじゃ話は終了だ」


 そういうと口元のタバコに火をつけて、天上を保険室から追い出した。

 タバコを胸いっぱいに吸い込み、空中に向かって紫煙を吐き出す。

 その煙にまぎれるようにポツリと独り言をもらす。


「さあ、どうなるかな。挫折を味わった人間は差し伸べられた手で表舞台に上がるのか? それとも手を差し出した人間を引きずりこむのか。願わくば面白くなって欲しいものだが」


◇◇◇


 キーンコーンカーンコーン


 放課後を知らせる鐘が鳴ると、すぐさま教室に人がいなくなっていく。

 みな戦挙へ向けてパートナー探しや登録や情報収集に忙しいのだろう。


 みな必死に活動しているなか、俺はぼんやりと人が少なくなった教室にたたずんでいた。


「明後日の方角向いて何考えてるの?」


 俺のすぐ真後ろの席から声がかけられる。振り向かなくたってわかる。真後ろの席には転校生が座っている。


「明後日の戦挙のことですよ。自分一人ならさっさとリタイアするんですけどね。いかんせん他人に迷惑かけようとは思わないんでね。はてさてどうしましょうかね?」


「自分のために戦おうとは思わないの?」


 冷たく澄んだ声がまっすぐに脳へと響いていく。


「何を持って自分のためなのか。それが俺にとっての問題ですよ。地位や名誉や権力には興味が無い。学校の資金を自由に弄ぶのもつまらない。じゃあ、俺は一体なんのために戦わなくてはいけないのか? 防衛? いやいや、戦わないことこそこの学園じゃ一番の防衛手段だ。せいぜいパシリにされる程度だし、その程度の苦痛を拒否するために痛い思いをしてまで頑張って戦うのか? いやはや、そのまま頂点を取れるほど強いのならまだしも、自分自身の限界を知ってる俺がそこまでヤル気は無いですよ」


 相手の言葉を挟まずにまくし立てるようにしゃべった。

 ココらへんはただの愚痴だ。


「なら、他人のためなら本気で戦えるの?」


「まさか!? そんなことは絶対ないと誓って言える。ただ、もし俺と組むことになる人間が必死に努力してあがいている奴なら進んで足を引っ張りたくは無い」


 転校生は片方の眉を吊り上げ疑うようにこちらを見る。


「それは何故?」


「だって、俺を逃げ道にされたらそいつは挫折を味遭わないじゃん。必死にもがいても、どれだけ無理を

してもかなわない相手と出会ったとき、『神乃が使えないから負けた』って言って自分を守れるじゃん。それだけはやだ。挫折して潰れるにしろ、その挫折を乗り越えるにしろ、俺を逃げ道にはされたくない」


 そう言った時、ガタリと転校生が席を立つ音が聞こえた。

 ゆっくりと後ろを振り向くと転校生が笑みを浮かべながら刀を抜いて俺の目の前に突きつける。


「気に入ったわ。よかったら私と一緒に戦挙を戦わない? 拒否させる気は無いけど」


 まっすぐに俺を見つめる転校生の目は、腐った俺の目と違って輝いて見えた。


「そんな事言って言いの? 俺学園の中でも無茶苦茶弱いぜ」

「それでいいよ。それでも私は勝ってみせる」


 俺はこのときめんどくさいことになるんだろうな、とは思った。でもそれ以上に、


「面白いね。いいよ。この神乃天下。雑魚ながら、天上葵にご尽力しますよ」


 何となく誘われた手を振り解けなかった。

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