厄日
五月は実に気分を憂鬱にさせる。
ゴールデンウィークが終った頃から、世間全体の勤労意欲を阻害する。
それはお気楽な毎日を過ごしている学生にも適応された。
ただし、この学園では俺だけだが。
「神楽、どうして世間では五月病が蔓延しているというのに、ウチの学園は活気に満ち溢れてるんだ」
周りはガヤガヤと騒いでいる中で机に突っ伏してだらけながら、隣にいる幼馴染の弐宮神楽に向かって疑問を投げかける。
「そんなの決まってるでしょ。明後日には生徒会長決定戦挙が始まるんだよ。この学園に入学したなら普通は盛り上がるイベントだよ」
「だってさ、俺って別にこの学園に来たかったわけじゃないんだけど。学費の安さと歩いて通える学園ってだけで、親父に押し込まれたようなもんなんだけど」
「まだ言ってるの? もういい加減諦めなよ。もう二年生だよ」
この学園は全国から武道を極める者たちが集まる神武学園。そして、この学園のルールは基本的に強い奴が偉いというシンプルなもの。
そのルールを最も表しているのが、「生徒会長決定戦挙」。鉄人、超人、化物揃いのこの学園でルールの決められた盛大な武闘大会を開き学園最強の証である生徒会長の座を奪い合うのだ。
ちなみにルールというのは毎年変わっているらしい。去年経験した戦挙ではバトルロワイヤル方式で一番最後まで残った奴が生徒会長になり、その前は百人抜きを一番最初に達成した奴が優勝。更にその前だと、全校生徒でトーナメントを行ったりしたらしい。
最もどんなルールが適用されたとしても、俺には勝ち目も無ければやる気も無かった。
この学園にはその個人の強さを測る目安として序列という者が設定されている。
当然この学園では強い奴が偉いので、序列が高い奴は殆どどんな行為をしても黙認される。例えば、授業をサボるのは普通、私服登校オッケー、生徒をパシらせてもお咎めなし、等々まあなんとも自由な校風なわけである。
その中で、俺は今年入学してきた一年生の一部を除いてはダントツの最下位だった。全校生徒999人の中の序列999位、燦然と輝くダメっぷりだった。
そんな一般人が勝てるほど世の中甘くない。
「でも正直かったるいんだよね。端で戦挙を観戦するのはいいんだけど、基本的に戦挙は強制参加じゃん。ということは痛い思いを一度はしないといけないんだぜ、それだったら全力で近くのコンビニからパンを買いに行かされる方がマシなんだよな」
華奢で透き通るような肌をして、綺麗な茶髪をショートカットにしている俺の幼馴染に話しかけた。
「すごい負け犬根性だね。そこまで徹底しているとむしろ清々しいね」
「神楽に取っては今回の戦挙は楽しみなんじゃないのか? お前の所属している剣道部もお前がいるから張り切ってるだろ?」
「あ、うん……そうだね。主将が力入れすぎてて怖いぐらいだよ」
「まあ、そうだろうな。運動部なんかは何が何でも生徒会長の特権が欲しいもんな。ついでに序列五位のお前が剣道部に入ってるんだ。ルール次第で頂点に立てる可能性は多々あるもんな」
生徒会長には、序列特権とは別の特権がある。それは部費運用の自由である。そのため運動部の連中やら自己中な連中やらが生徒会長になると恐ろしい部費運用が行われてしまう。過去には部費を一つの部で全て使い果たし他の部には一銭も与えなかったこともあったらしい。ここ二年ほどはまともな人が生徒会長をしているから、そういう極端なことは起こってはいない。
だが、部活動をしている連中は部活メンバーで徒党を組み部費を多く得るために、目を血走らせながら戦挙へと参加していた。
「そう言えば、天ちゃんは今年のルールについて何か情報つかんでないの?」
「何も聞いてねーな。確かに去年は戦挙一週間前にルールについて説明があったのに今年はえらく遅れてるな」
「そうなんだよね。ボクも一応情報通に話を聞きにいったんだけど、得られたのは別の情報だけだったし」
「別の情報って?」
何となく気になって神楽に聞き返す。
「新しく転校生が来るらしいよ」
「この時期に? そいつはまた、おかしなことになりそうだな」
わざわざ戦挙前に転校してくるんだ、何か有りそうだと勘ぐりたくもなるよね。
「強い子だと面白いよね」
「そこは普通『可愛い子ならいいよね』とか『かっこいいといいよね』じゃないのかよ」
まあこの学園にいるやつは大概神楽とおんなじ反応をするけどね。
しばらく神楽と話をしていると口に火のついていない煙草を加えた髪の長い白衣の女が教室へ入ってきた。
女は常に目が薄くしか開いておらず、睨んでいるようにしか見えないが本人曰くそれが普通らしい。
彼女は我が学園の保険医、棺留美であり、生傷が絶えないこの学園にいなくてはならない優秀な医者であり、教育者としては問題がありすぎる人で最悪なことに俺たちの担任だった。
「おーし、お前らホームルーム始めるぞ。今日は色々と連絡事項が多いからきちんと聞いておけよ」
棺先生が教卓へ立つ、それに伴いクラスの奴らも自分の席についた。
何でもありのこの学園だが、このクラスの人間で担任に逆らう奴は誰もいなかった。
まず強いし、あと自分が怪我をしたら確実に治療の際に復讐されるからだ。
ざわついていたはずの教室は彼女の登場であっさりと静まり返った。
「よしよし、まずはお前ら全員気になっているであろう戦挙についてだが、今年はタッグ制バトルロワイヤル方式だ。二人一組で参加するという変則方式が採用されたぞ。詳しいルールは今日の昼休みに学校の掲示板に報告するからそれを見ろよ。あと、明日の放課後までにタッグ申請しなかった奴らはこっちで勝手に登録して連絡するからな」
ちくしょう、友達いませんっていう理由で不参加になろうという作戦が一瞬で潰された。
「まぁ、色々面白くなると思うからお前らがんばれよ。これを機に序列を一気に上げるとか、生徒会長になっちゃうとか張り切っちゃえよ。そうすると私に特別ボーナス入るからな、ガハハハ」
冗談なのか本気なのか分からないことを言いながら下品な笑い声をあげた。
そんなんだからいい年して美人なのに彼氏がいないんだよ。
「オイ、神乃天下? オマエさ、今私に失礼なこと考えなかったか?」
「いいえ、そんなことは一切思っておりません」
やべえ、あの人俺の頭の中読んでるよ。
「言っとくけどな神乃、オマエ戦挙に参加しないなんてことしたらリンチだからな。オマエに戦挙で活躍しろなんて言わないけど参加もしないなんて選択肢はないからな」
「わかってますよ」
全く何で二年連続でこの人が担任なんだか。
「あとそういやもう一つ連絡事項だ、今日からこのクラスに転校生が来る。オイ、入って来い、天上」
先生が呼ぶと同時に教室のドアが開いた。
ゆっくりと教室へ踏み出す足取りは悠然しており、顔は目鼻が整っており凛という言葉が似合いすぎていた。
光沢のある長い黒髪が彼女が歩くたびにゆらゆらと揺れている。
彼女は教室の中央まで来るとこちら側を向く。
やはり絶世の美女だ。ただ、学生には似合わない日本刀を腰に挿していたが。
「それじゃ自己紹介をしてくれ。あとオマエら新入生だからってかわいがるなよ。戦挙が始まるまでは禁止だからな」
「天上葵です。ヨロシク」
特に愛想を振りまくこともなく、淡々と答えた。
第一印象はお固い美人さんだった。
「それじゃあ、神乃。オマエ、ホームルームが終わったら椅子と机を取ってこい」
「何で俺が! 本人に取りに行かせるのが普通じゃないですか!?」
「口答えとはいい度胸だな。今回の戦挙が終わったらオマエの体をいじくりまわしていいのか?」
脅すように棺先生は俺に言う。
どうやらまだ根に持ってるなちくしょう。
「分かりました。ちゃんと取ってきますよ」
まあ序列が低い俺はこの程度の雑用、日常茶飯事だからいいけど……。
「じゃあオマエら今日のホームルーム終わりだ。ちゃんとタッグについて考えとけよ」
そう言って、担任は煙草を加えたまま教室を出て行った。
「神乃くん、でいいのかな? 私も手伝うわ」
透き通るような声で転校生に話しかけられた。
「別にいいよ、教室でくつろいでいなよ。それにこの学園にこの時期に転校してきたってことは戦挙も当然出るんだろ? 今のうちにクラスメイトとでも仲良くなってパートナーでも探してなよ」
「私自分のことは自分でやりたい性分なの」
どうやら、転校生はそんなに悪いやつでは無いらしい。
「了解。わかったよ。ついて来て」
そう言って二人で教室を出ていった。
だが、なんていうかな。すごく目立った。
彼女はかなりの美人だ。その隣をイケメンが歩くならいいけれど、俺のような冴えない男が歩いているとすっごく違和感がある。
否が応でも周りの注目を浴びた。
「前言撤回離れて歩いてくれない?」
「何で?」
何でって? 目立つの嫌いなんだよ俺。
弱い奴が目立ったらそれだけでトラブルの元なんだよ。
「オイオイ天下、えらく可愛い子連れてるじゃねーか。オレにも紹介してくんねーか」
ほら見ろめんどくさい奴に絡まれた。
今時、髪型をリーゼントにサングラス。口に火のついた煙草を加えたガタイのいい同級生に絡まれた
。
この学園は基本的に書類に名前書けば受かるような学校だ。
つまり、武道を極めようとしている奴以外もいる。簡単に言うと荒れ放題のこの学園に敢えてやって来る馬鹿もいるわけで。もっとはっきり言えば不良が馬鹿にならない人数毎年やってくるのだ。
そんな奴らは武道を極めた奴らの実力を見たらだいたい大人しくなるのだが、たまにそのまま実力をつけて高い序列を手に入れる奴もいる。
二階堂陣、目の前にいる男はそういう実力を手に入れた奴だった
「二階堂くん。彼女は転校生でいま椅子を取りに行く所だからまた今度にしてくれないかな?」
「ああん? オマエさ誰に向かってそんな生意気なこと言ってんの?」
いかつい顔を近づけてくる。ガッチガチに固まったリーゼントが俺の頭に当たってた。
「アナタに向かってじゃないかしら?」
「ちょっと、天上さん!?」
後ろにいた天上さんが火にガソリンを注ごうとする。
「私この手の頭の悪そうな人大っキライなのよね」
「ああん? 転校生、口には気をつけたほうがいいぞ。俺の名前は二階堂陣。この学園の序列百位の実力者だ。甘く見てると縊り殺すぞ」
「面白いじゃない。やってみたら」
うーん、ガソリンどころか火薬だな。
一気に二階堂が爆発寸前になる。
「いい度胸だな。言っとくけどオレは女だからって手加減なんてしないぞ。全力でグーで殴れる男だぜ」
「自慢になるとでも思ってるの? だとしたらただの馬鹿じゃない?」
ブチっという音が聞こえた気がした。
「死ねよクソアマ」
はぁー、全く面倒臭いことに巻き込まれるもんだぜ。厄介ごとからは距離を取りたい人間なんだけどね。
まあでも、助けてあげたほうがいいのかな? 彼女まだ転校生だしね。
二階堂が振り上げた右腕を真っ直ぐ天上さんへ向かって振り下ろす。
天上さんは天上さんで腰に挿している刀を抜こうとしている。
俺はそんな一触即発の真ん中へ飛び込んだ。
「喧嘩はやめま―、ぐへぇ!」
叫びながら二人の中へ割り込んだが、あっさりと二階堂の拳が俺の頬にめり込む。
視界が奪われていき口の中に血の味が滲んだ。
「ちょっと、神乃くん!」
「チッ! つまんねー事しやがって」
声は聞こえたが意識の方はもう持たなかった。
ちくしょう、最悪な一日だぜ。
まあ、ゆっくり更新していこうと思っています。