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死処  作者: 詩音
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8話:詩乃の過去。



「アンタなんかいなきゃよかったのに。」

 母親に言われた言葉だ。そのときの私には意味がわからなくて、ただ母親を見つめるだけだった。血の繋がってない母を。

 私を産んだ本当の母親は私を産んで死んでしまった。難産だったらしい。赤ん坊になったばかりの私には何の記憶もないのだ。



「詩乃、お母さんは今遠くにいるんだ。でも必ず帰ってくるから、良い子で待ってような?」

「うん……」

 五歳の頃、父親が言った。母親の死を誰からも伝えられてなくて待ってればいつか母親が来ると信じていた私。今思えば浅はかで愚かだ。でも信じるしかなかった、父親が見せる世界が私のすべてだったから。



 それから半年が過ぎた頃、父は知らない女を隣に家に帰ってきた。

「この人がお母さんだよ。」

「お母さん……?」

 私の目の先には薄く笑みを浮かべる女。

「これから一緒に住めるの、よろしくね?」

「……うん。」

 このとき、この母親の冷淡な笑顔の裏に気付いていたら、今の私にはならなかっただろう。




「お父さん……。」

 それから三年が経った暑い夏の日、父が死んだ。

 私は八歳で、『死』ということがようやくわかってきたところだった。それでも信じられなくて、涙が流れることはない。

「詩乃……お父さんが死んだのに、悲しくないの?」

「お母さん?」




パンッ!!




 乾いた音が静寂を破った。母に叩かれた左頬が熱を持つ。

「アンタ、自分の父親が死んだのよ?」

 はらはらと涙を流す母。私はそれを見て泣き出してしまった。

「あ……ごめんなさい。」

 はっ、と我にかえったような表情で母が謝った。泣きじゃくる私を抱き締め、何度も謝っていた。



 それから、今まで家事をしていた母は外に出て働くようになった。私は友達と遊ぶ時間を減らし、家事をやるようになった。

 変化した生活が落ち着いてきた、そう思っていたのは私だけだったらしい。

 平穏だった日は終わりを告げた。






「ただいまー。」

 いつものように家に帰ったある日、見知らぬ革靴が玄関にあった。しかも普段ならまだ帰っていない母の靴もあったのだ。

「お母さん?帰ってるの?」

 靴を脱ぎ捨て、足を踏み入れる。

「お母さ……」

 居間まで入って足が止まってしまった。みしらぬ男が前の父親の席に悠然と座っていたのだから。

「おかえり。」

「……どなたですか?」

 あたりまえのように出迎え、男はお茶をすすっている。

「あら、おかえりなさい。」

「お母さん、この人誰?」

 普段私が着けているエプロン姿で母は出迎えた。

「これから話すわ。座ってなさい、今ご飯持って来るから。」

 鼻唄を私達に聞かせながら、台所に消えていった。残された私は静かにこみあげる疑念を男に向けた。

「どなたですか。」

 同じ質問をぶつける。

「これから夕飯を交えて話しましょう。」

 男は冷たい声で言った。私は眉根をひそめながらもそれに従うしかなかった。




「さ、食べましょう?」

 夕飯は鍋。手間がかからず楽に出来ると、母がいつも言う得意料理だ。

(マサル)さん、味はどうかしら?」

「美味しいよ。料理上手いんだね。」

 少し褒められただけで頬を赤に染める母。それは私の知る母ではなく、一人の『女』だった。

「詩乃、食べないの?」

 私は箸に手をつけていなかった。口を尖らせ、母を見つめる。

「この人誰?」

「食べ終わったら話すわ。早く食べないと冷めちゃうわよ?」

 ヘラヘラした母の顔は嫌悪感を募らせた。

「誰なの?」

「……。」

 私の追求に、母の表情が変わった。

「新しいお父さんよ。」

「……え?」

 母の一言が信じられなかった。

「勝さん。私の三つ歳上なの。」

「何で……」

「好きだから。それ以外に何があるの?」

「だって、お父さんが死んでまだ三年しか経ってないんだよ?」

 当たり前のような台詞に、私は頭がおかしくなりそうだった。

「三年も待ったわ。もう充分。」

「いつから、再婚考えてたの?」

「二年前から。」

「……そう。」

 私は黙り込んでいる男に目を向けた。


「お母さんのこと、ちゃんと好き?」

「……。」

「答えられないの?」

「詩乃やめなさい。」

「ねぇ、どうなの?」

「詩乃!!」

 母は私の頬を叩いた。

「……。」

「やっぱり子供はうるさいな。」

 うんざりしたような声で男が呟いた。

「今日はこれで帰るよ。」

「ま、待って勝さん!!」

 母が呼び止めるために叫んだのは、ちょうど男が閉めた玄関の音にかき消されてしまった。




「……。」

「何なの、アンタ。」

「お母、さん……?」

「あたしの人生の邪魔しないでよ……!!」

 母はヒステリックに叫びだした。テーブルに置かれた鍋や皿を引っくり返し、破片が床に散らばる。

「……っ。」

「アンタなんか……」

 鬼のような形相で母が私を睨んだ。

「アンタなんかいなきゃよかったのに!!」

 時が止まった気がした。私は生まれてはいけない存在だったのか。


「詩乃。」

「何……?」

「お父さんの実家、行ったことあるわよね?」

 唐突な質問に戸惑いながらも首を縦に振った。

「そこに行きなさい。」

「……どういうこと……?」

 呼吸が上手く出来ない。喉に何かがつかえたみたいだった。

「もう親子ごっこはおしまい。」

「何……何言ってるの?」

 もううんざりだというように母は床に座り込む。

「ねぇ!!親子ごっこって何なの!?」

 私は母の肩を揺らす。

「おかしいと思わなかった?」

「え……?」

「アンタの人生の途中からあたしが入ってきたのに。」

 その言葉に、小さい頃からあった違和感が滝のように溢れてきた。

「お母さんは、私のお母さんじゃない……?」

 母はフッと笑う。それは肯定をあらわしていた。




 その後すぐ、私は父方の祖父母の家に引っ越した。母とは……もう会っていない。










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