7話:夕食
「何食いたい?」
「……。」
「全部カップ麺じゃないッスか。」
キッチンのテーブルにはインスタント食品の山。
はっきり言って……
「不健康。」
「うわー、詩乃ってばはっきり言うのな。」
アサミさんは傷付いた表情で言う。勿論おふざけだ。
「……。」
「……。」
冷めた目でそれを見る私と司馬。
「うちにはこれしか無いの。ほら、とっとと選べ。」
恥ずかしくなったのか、アサミさんは突き放すような台詞を吐いた。
私はそば、司馬はうどん、そしてアサミさんはラーメンを選んだ。
「此処って買い物とかどうするんですか?」
「山を降りればスーパーあるから何とでもなる。」
「アサミさん、何か飲み物無いんスか?」
「水飲め。」
「えー……。」
司馬は口を尖らせ不満を露にしキッチンの流しに向かったが、すぐに三つのコップに水を入れて戻ってきた。
「久しぶりです。」
「何が?」
司馬が首を傾げる。
「こんな風に食事するの。私一人暮らしだから。」
料理に対しては何も言うことはない。疲れたときや面倒くさいときはインスタントに頼る。
「そういえば俺も久しぶり。」
「俺も久々だわ。」
司馬とアサミさんが頷いてくれた。
結局のところ、私達三人は似てるらしい。毎日が孤独だった。
「っていうかアサミさんコンビニとキャラ違いすぎじゃないッスか?」 私が思ってたことを平然と述べる司馬。ある意味大物な気がする。
「スイッチがあんの。オンとオフで。」
「オンが殺人?」
「そう。」
答えてからアサミさんはラーメンをすすった。
「スイッチってどうやって切り替えるんスか?」
「結構いきなりかも。衝動にかられたら山を下りて手近な獲物を狩る。」
獲物とは勿論人間のこと。
「……あの。」
「ん?」
「殺した人の腕をあの部屋に飾ったら、残りの死体ってどうなるんですか。」
どうしようもなく気になっていた。私もあんな風になるだろうから。
「焼いたり穴掘って埋めたり……色々。」
アサミさんは五十近くの死体を片付けた。それは殺した本人だから当然のことだが私は少し驚く。
「何?詩乃は希望あるの?」
じっと私を見つめるアサミさん。
「……別に、無い。」
「そう?」
できたら言えな。そう言ってアサミさんは最後のスープを飲み干した。
「ごちそうさま。さて、と……俺ちょっと出掛けるから。」
アサミさんは立ち上がってシャツの上にジャケットをはおった。
「良い子にしてろよ?」
「良い子にしてろよって子供じゃないんだから……」
司馬がむくれる。アサミさんが去った後なので聞いてるのは私一人だ。
私は今暇潰しに棚に並んでいた本を読んでいる。題名は『樹海』。自殺する人間達の生きざまを綴ったフィクション(作り話)だ。
「それ、面白い?」
司馬も暇なのだろう。私を見てそう尋ねた。
「普通。」
夢中になって読むほど面白いものではない。だって所詮作り物だし。
「……詩乃って好きなものとか無いの?」
「司馬はあるの?」
本を閉じた。視線は真っ直ぐ司馬に向かう。
「あるよ。」
あっけらかんと答えたものだ。
「……何。」
「サスペンス系のドラマ。殺すシーンとか特に。」
彼らしい。そう思うしかなかった。
「で?好きなものは?」
「無いよ。好きなものなんて。」
思えば何かに強く惹かれたことが生まれてから一度もない。
「それは……つまらないね。」
「そうかな。」
殺人シーンを好む人間よりは幾分かマシだと思う。そう言いかけてポケットに振動がきた。
「あ……。」
携帯電話……存在をすっかり忘れていた。
画面に出る名前はクラスメイトの友達。一番仲が良かった子だ。
「電話…そういえば俺も持ってたかも。」
司馬は私達の荷物が置いてある隅の方に歩き出した。
「もしもし……?」
電話に耳を当てる。
「詩乃?詩乃だよね?」
興奮を隠しきれてない声で何度も名前を呼ばれた。
「どうしたの。」
「どうしたじゃないよ!!今何やってんの?事件あったコンビニって詩乃がバイトしてたとこでしょ?何かあったんじゃないかって心配して……」
電話に出なきゃよかった。心配してくれる数少ない友人に対しても、私の感情は冷めていた。
「私まだちゃんと生きてるから。じゃあね。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
「何?」
面倒くさいなぁ……。
「まだ生きてるって、アンタ死ぬ気?」
「……。」
「やっぱそうなんだ……前から詩乃って生きることに興味なさそうだなって思ってたの。」
「絶対ダメだよ!!生きてたらきっと良いことあるよ!!」
黙っていたのを肯定ととったらしい。そこらへんは頭が回るんだ、なんて失礼なことを言ってみる。
「綺麗事でやっていけるほど世の中甘くないから。」
そう言ってこっちから電話を切って電源を消す。画面が真っ黒になったのを見届けてから、私はソファに倒れ込んだ。
「良いの?友達いなくなるよ?」
もう一つのソファに座った司馬が言う。
「……もうすぐ死ぬからいい。」
「ふーん。アンタって固執してるよね。死ぬことに対して。」
「悪い?」
「別に。ただせっかく産まれてきたのにもったいない気がするだけ。」
『産まれてきた』その言葉に目眩を覚えた。
過去に置いてきた嫌な記憶が蘇ってくる。
「……っ。」
「詩乃?」
私は膝を抱えて小さく丸まった。
「どうした?」
「……何も、ない。」
不安げにこちらにやってきた司馬。その顔を見ずに私は答えた。
久々に私の中の感情がドロドロになっている。こういうときはおとなしくしてるに限る、それが私の人生で得た教訓だった。
三十分くらい経ったろうか。その間私は丸くなって時が過ぎるのを待った。
「……。」
司馬は態度が急変した私が気になるようでチラチラこちらを見てくる。でも私は何も言わなかった。
「ただいまー。」
入り口の方からアサミさんの声、帰ってきたらしい。
「あ、おかえり。」
慌てた様子で司馬はリビングを出ていった。私は動くのも億劫で、ソファから動かなかった。
「詩乃ー。」
面倒だったので体を身じろがせて反応した。
「何、具合悪いの?」
「……死ぬほど頭痛いです。」
「風邪か?」
側頭部にアサミさんの手が乗った。それを払い除けて私はアサミさんを睨みつける。
「早く殺してください。」
こんな状態で生きるなんて御免だ。
アサミさんはきょとんとしてからフッと笑みを見せた。
「情緒不安定、ってヤツか?」
「……。」
変わらずにアサミさんを見つめる私。ソファから少し離れたところで司馬が私とアサミさんの掛け合いを見ていた。
「早く殺して……」
いつの間にか私は涙声になっていた。
「存在を疎まれた私は、生きる必要がないんですよ……」
私の言葉にアサミさんが顔をしかめた刹那、体が宙に浮いた。
「……え?」
「ジッとしてろよ?」
今の状態は俗にいうお姫様だっこ。
「ちょっ……」
恥ずかしいものの、体に力が入らない。丁寧に抱えられ、私のものになった部屋のベッドに寝かされた。
「しばらく寝てろ。」
「……。」
アサミさんの声を耳に入れながら、ぼんやりとコンクリートの天井を見上げる。
「俺はまだお前を殺す気はない。時期が来たら、ちゃんと殺してやるよ。」
ぽんっ、と頭を叩かれた。
「……初めて」
「あ?」
「アサミさんが初めてなんです。私の頭撫でたの。」
「……あっそ。」
どうでもよさそうな返事でも、頭を撫でる手は止まらなくて、私は深い眠りについた。