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死処  作者: 詩音
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5話:逃亡




「何で私達のこと殺さないんですか?」

「弾切れー。」

 黒いワゴン車に揺られる私と男の子。運転席には金髪男が、後部座席には私と男の子が並んで座っていた。

 質問にひょうひょうとして答える金髪男は慣れた手付きで何処かへ向かう。


「……何処行くんスか?」

 沈黙を徹していた男の子が言う。

「俺の秘密基地。っていうか自己紹介しねぇ?まずバイトから。」

 私のことだろう。バイトなんて言われ方は癪だが仕方ない。

「……詩乃。十七歳の高二。」

「詩乃ね、じゃあその隣は?」

 バックミラーからこちらを見ている金髪男。

「司馬。歳も学年もこの人と同じ。」

「名乗ったんだからちゃんと名前で呼べば?」

 思わず私はそう口走っていた。司馬とはコンビニで何度か会ってるから初対面ってわけでもないし、この人呼ばわりされたくなかったから。

「……詩乃と同じ。そっちは?」

 少し間を開けつつも言い直してくれた。

「アサミ。歳はお前らの三つ上。」

 つまり二十歳だ。

「アサミ……って名字ですか?」

「さぁ?想像に任せる。」

 金髪男改めアサミさんは適当にそう答えた。




一時間後……




「此処で降りて。」

 アサミさんに言われるまま私と司馬は車を降りた。そこはかなり込み入った山の中で草むらに囲まれており、道らしいものはなかった。

「詩乃、置いてくよ?」

「あ、はい。」

 先頭を歩くのは勿論アサミさん。その次に司馬、最後が私。男二人の後なので草むらを通るのは楽だった。

 不思議な話だ。普段ならバイトから家に帰って寝ている時間なのに、名前と年齢しか知らない人間とともに行動しているなんて。




「此処が秘密基地。」

「……廃墟?」

「確かに。」

 私の感想に納得をする司馬。

「まぁ、中入ってよ。」

 アサミさんに促され、廃墟に入る。

 壁はほころびがあったが、床には暖かそうな絨毯が敷いてあり家具等も一通り揃っていた。

「へぇー、結構まともだ。」

「だろ?」

 気に入った様子の司馬にアサミさんはなんだか嬉しそうだ。

「此処で殺す気ですか。」

「ふーん、やっぱな。」

 私の問いに意味深な笑みを浮かべるアサミさん。

「お前死にたいんだろ。」

 当たりだ。私は驚いて目を見開きながらもアサミさんから目を反らす。

「自殺すりゃあ良いのに。」

「……っ。」

 私は否定出来なくてすがるような瞳でアサミさんを見てしまう。

 アサミさんは私から司馬へ視線を移した。



「司馬は人を殺したいって思ってる。違うか?」

「え……」

 意外な言葉に私も視線を向ける。

「思ってるよ。」

 そう答えた司馬の表情は『無』そのものだった。

「目が気に入ったんだ。お前らの。」

 満足そうに笑みを見せるアサミさん。

「……目?」

 聞き返すとアサミさんは真っ直ぐ私を指差してきた。彼が急に真剣な顔付きになって、私は少し眉をひそめる。


「死ぬことに憧れを持つ目。」

「……。」

 今度は司馬を指差す。

「誰かを殺すことに憧れを持つ目。」

「……。」

「なんて、言ってみたり。」

 表情を緩め、アサミさんが奥の部屋に移動する。

「詩乃、良いモノ見せてやるよ。あー、ついでに司馬も。」

「……俺オマケ?」

 その突っ込みに私は少し笑ってしまった。






「この部屋。」

 案内されたのは廃墟でも一番奥の部屋。周りには他の部屋が無く、隔離されているようだった。

「此処に何があるんスか?」

「えーっと……、まぁ俺の趣味ってとこ。」

「趣味……。」

 目が前髪で見えないアサミさんの考えていることはまったくわからない。

「ただ、このドア開けたらもう普通の生活出来ないと思えよ?」

「……。」

 背筋が凍った気がした。それだけのものを何で私達に見せようとしてるんだろう。

「反応が見たいんだ。これを見てどう思うか。」

 一瞬、心の中を読まれたかと思った。

「開けて良い?」

 司馬が尋ねてくる。

「うん。」

 もう普通の生活なんて望んでないから。

 私ははっきり頷いた。




 そして、ドアが開く。




「寒……。」

「何、此処。」

 その部屋の通路はドアの分しかなかった。両脇には透明なカーテンがついており、白い煙がたちこめている。

 中の気温は零下何度だろう。

吐く息は白い。




「こっち。」

 アサミさんが私と司馬をカーテンの中に招く。

「寒ぃー。」

「何で此処だけこんな寒いんですか……。」

「こうしないと保存出来ねぇんだよ。」

「保存?」

 そう言って私の体は固まった。

 目の前に肘から先の腕があった。指はピンと上に伸びている。数は五十くらい。それが床に立っているのはなかなか不気味だった。

「これが俺の趣味。」

 愛しそうに切り放された腕を見つめる。

「……。」

 体が震え出す。呼吸も浅くなった。


「アサミさん。これ、本物ッスか?」

 司馬がゆっくり手を伸ばす。

「触るなよ?壊れっから。」

「作り物ですか……」

 私はそう呟いた。内心は安心と残念な気持ちが入り混じって複雑だった。

「いや、細胞が死んでると思うから触るとどうなるかわかんねぇんだよ。」

 並んでいる腕まであと数センチのところで司馬が止まった。

「全部、アサミさんがやったってことになりますよ?」

「だってそうだし。」

 当たり前のように鼻で笑った。その表情を綺麗だ、なんて思った私はおかしいかもしれない。

「寒くなってきたな、出るか。」

 私と司馬は黙ったまま頷いた。







「ん。」

 アサミさんがコーヒーを差し出す。

「あ、ども。」

「ありがとうございます……。」

 控え目に礼を言いつつ、私達はコーヒーを口に運んだ。

「どうだった?俺の趣味の部屋。」

「……びっくりした。」

 司馬が率直な感想を述べる。

「私もそう思った。それに、凄く綺麗だった。」

 まるで花畑のような真っ白な世界。憧れてしまった、あんな風に綺麗に死にたいと。

「確かに。芸術的だったな……。」

 こののんびりした状況でも先程の記憶が鮮明に浮かびあがる。

「そっか。」

 あまりにも幸せそうにアサミさんが笑うから、私の胸は少し高鳴ってしまった。

「詩乃、しばらく此処で生きてよ。」

「……は?」

「司馬も、色々教えてやるから。」

「此処まで連れてきて聞くかな普通……。」

 呆れ顔の司馬だがまんざらでもないようだ。

「これから三人で共同生活ね。」

 有り得ない。死ぬはずがまだ生きることになってしまった。

「……わかりました。」

 でも此処なら確実に死ねる。

 そう考えた私はこの奇妙な共同生活を受け入れることにした。このアサミという男にも興味を持ってしまったから。







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