10話:価値観
「詩乃起きてたんだ。」
「……司馬。」
リビングにはまだ眠そうな司馬がいた。
「具合どう?」
「もう大丈夫。」
「そっか。」
特に話すことが浮かばなかった。アサミさんの言葉が頭から離れなかったからだ。
「テレビ見て良い?」
「あ、うん……。」
司馬の問いに私は頷いた。
カーテンを閉めきっているため、薄暗いリビング。そこにボンッ……と音をたてて、テレビの明かりがついた。
「あー、まだ俺達探されてるな。」
ニュースには『コンビニ大量殺人事件、人質未だ行方不明』と書かれていた。
「……。」
「結構、俺ら有名人じゃない?」
「……そうだね。」
冷めた気持ちでそう返した。
テレビは次のニュースに変わる。
「へぇー、政治家と暴力団のいざこざかぁ。」
そんな事件はよくあること、などと思うようになった。
「司馬。」
「?」
「何で生きたいって思う人が死んで、死にたい人が生きてるの?」
「……さぁ。」
唐突な質問に司馬は顔を曇らせた。
「神様って残酷。」
生きる価値のない人間を残し、未来のある人間を殺すなんて。
「……どうやって死にたい?」
「え?」
「死ぬなら。絞殺、撲殺、銃殺……方法はいろいろあるけど。」
「……別に何でもいい。ただ願うのは、」
私はそこで言葉を止めた。
「願うのは?」
「……アサミさんに殺してもらいたい。」
「ふーん……もしかして好き?」
「誰が?」
「詩乃がアサミさんを。」
「は?」
「あ、違う?」
ごめんごめん、と呟いて司馬は目を伏せた。
「……わかんない。」
「わかんないの?」
「他人を好きになったことないから。」
「そっか。」
「……変?」
普通なら初恋だってしてるはずだし、それなりの恋愛経験だってあるはずだ。
「いや?俺も恋なんかしたことないから。」
「そっか……。」
その呟きとともに息を吐きだす。
「おー、司馬起きたか。」
アサミさんがタオルを頭にかぶせて現れた。上気した頬と濡れた髪で風呂上がりということがわかる。
「おはようございます。アサミさんは恋愛経験あるんスか?」
「何、いきなり。」
「ただの興味ッスよ。」
「あるに決まってんだろ。」
「へぇー……」
司馬が意外そうな声をあげた。
「って言いてぇとこだけど無い。」
「何だ、アサミさんも無いんスね。」
つまらなさそうにソファに顔を埋める司馬。
「だって片っ端から殺しそうになんだもん。」
「好きな人を?」
「そう。」
私は何も言えなかった。司馬も横で唖然としている。
「結構昔から殺人欲はあったんだよな……。」
ポツリと呟く言葉はなかなか重く感じた。
「そんな欲持ってて得したんスか?」
「さぁ……どうかね。」
アサミさんは曖昧に返すだけだった。
「暇……。」
司馬とアサミさんは二人仲良く部屋にこもっている。特にやることのない私は近くにあった雑誌をめくって暇潰しをしていた。
「恋、ねぇ……。」
今まで友達から聞くくらいだったものが、自分の中に存在しようとしている。私の中の不変をぶち壊そうとしている。それは少し怖いものだった。
「……。」
自分の気持ちなんてわからない。ただ、心から欲するのはアサミさんに殺されること。
それを私は『恋』と呼ぶことにした。
「アサミさんが好きな人を殺したくなるように、私も好きな人に殺されたい。」
愛する人にそんなことを求めるのは完全に間違っている。でももう関係ない。私はおかしくなったかもしれないから。
私はゆっくりソファに体を沈めて、眠ることにした。