9話:輪廻
「……。」
目が覚めたら泣いていた。久々に昔の夢を見た。
汗と涙で気分が悪い。
「起きた?」
声のした方向に目を向ければ、首を傾けたアサミさんがいた。
「お、はようございます。」
「おぅ。何、怖い夢でも見たか?」
「あー……、そんなところです。」
過去の出来事とはいえ夢の話をするのは気が進まなかったので、私は適当に相槌を打つことにした。
「具合どうだ?」
「大丈夫、だと思います。」
「ふーん……あんま無理すんなよ。」
ポンポンと頭を撫でられた。それはとても心地よくて、嫌だった気分が癒えていく。
それと同時に、心の中全てを見透かされている気もした。
「司馬は?」
「向こうでふて寝してる。」
見に行くと二人掛けのソファにおとなしく寝転がっていた。
規則正しい息遣いに、眠っている事実が裏付けられた。
「足がはみ出てる……。」
割と身長が高い司馬なので、ソファの長さと身長があっていない。それはなかなか奇妙だった。
「何か飲むか?」
「うーん……いらないです。」
食欲どころか飲む気すら起きなかった。
「あっそ。」
アサミさんは少しの間キッチンに消えた。戻ってきたときはミルクの入ったコーヒーを手に持っていた。
「今更飲みたーいとか言うなよ?」
「言いませんよ、子供じゃあるまいし……。」
「高校生だって子供だろ。」
「子供ですけど、バイトだって出来て一人暮らしも無事に出来るんだから大人みたいなもんでしょ。」
「……詩乃って一人暮らし?」
「あ、はい。」
「へぇー。だからコンビニでバイトか。」
「アサミさん。」
「?」
「店長を撃ったとき、だいぶ離れてたじゃないですか。」
「だから?」
「誰に銃教わったんですか?というか……誰に殺しを教わったんですか?」
誰が今のアサミさんを作り出したのか、何故か私は知りたくなった。
「別に誰も。」
「……誰も?」
「そ。教わったりしなかった。」
興味の薄い答え。
「だ、だって、何も知らずに銃なんか手に入るわけ……」
私にはますますアサミさんの存在が謎めいて見えた。
「しいて言えば血と運命、だな。」
少し間を開けてアサミさんはコーヒーを飲む。
「俺の体に流れる血が教えてくれる。俺の存在自体が人殺しの俺を作った。」
「……運命っていうのは?」
「俺の親父も一度だけ人を殺した。自首して今は警察のオリにいるけど。」
「……。」
予想外の言葉に口を閉じるのも忘れていた。
「だから銃とかサバイバルナイフとかは家に転がってたわけ。親父気付いてっかな、一本盗んだの。」
乾いた笑いを浮かべ、アサミさんは言った。
「ひいた?」
顔を覗き込まれる。
「……少し。」
「正直でよろしい。」
頭を撫でられた。彼の笑顔はたまに優しくなる。ここ数日で私がわかったことだ。
「さて、そろそろ固まったかな。」
「……固まる?」
「見る?」
何のことかわからないまま私は頷いていた。
「此処だよ。」
「此処って……」
アサミさんに連れられてきたのは無数の腕が並ぶあの部屋。
「固まったってまさか……。」
「そのまさかだよ。」
鈍い音をたて、その部屋のドアが開いた。
「――!!」
私は驚き、息を飲んだ。目の前には心臓部分に穴の開いた死体が立っていたからだ。零下の冷たいこの部屋のせいで、直立のまま凍っている。
おそらく私が精神的に駄目だったときにここまで運んだのだろう。夕食の後に出かけたのはこのためだったのだ。
「これくらいなら良いな。」
アサミさんは何処からか布製の鞄を持ってきた。ガチャと音をたてて、重たそうにそれを床に置く。
私はその中身をそっと覗いた。
「……オノですか?」
鞄には小型のオノやナイフが詰め込まれていた。見たところ、なかなか使い込まれた物に感じる。
「当たりー、解体用の。」
そう言うとアサミさんはオノを死体に振り下ろした。
「驚いた?凍って血は出なくなってんの。」
私とアサミさんの足元にはオノの勢いで倒れた死体と、そこから切り放された腕が転がっていた。
「こうやって作ってたんですね……。」
死体を見る。胸に開いた穴以外は外傷が無いことに気付いた私は率直に尋ねた。
「心臓以外に撃ったりしなかったんですか?」
「じわじわ殺すなんて俺の趣味じゃないんでね。」
彼なりのプライドなのだろうか。普通の人にはあまり理解出来ないが、死ぬ側の人間からしたらアサミさんのポリシーは賛成だと思った。
そんなことを考えている間にアサミさんは丁寧に切り放した腕を持って列に並べようとしていた。
「アサミさん。」
「あ?」
「一個聞いて良いですか。」
「何だよ、くだらねぇことなら願い下げだぜ?」
「人を殺すって、どんな気持ちですか。」
「……。」
さっきより少しだけ腕を乱暴に扱い、彼は私を睨んだ。
「聞いてどうすんだよ。」
「……別に何も。ただ、殺し続ける理由が終わる日は来るのかな、って。」
アサミさんの殺人は、延々繰り返されるのだろうか。
「来ねぇさ。俺自身が死ぬまではな。」
「……。」
「前に言ったろ?俺はスイッチがあるって。」
確かに、アサミさんは自分の中にスイッチがあると言っていた。それでも、彼の快楽殺人が止まることを願う私は、馬鹿なのだろうか。
自分で自分がわからなくなる。それが凄く私を不安にさせた。
「俺はまだ作業あるから残る。お前は戻ってテレビでも見てろ。」
「……はい。」
目を伏せ、逃げるように部屋を出た。
壊れた窓のせいで、すきま風が頬を撫でる。生暖かい温度のそれは一層私の気分を悪くした。