練習試合
ランニング、キャッチボール、内外野の守備練習などが一通り済んで、子供たちは監督・コーチと父親の車に分乗して江戸川河川敷の江戸川第四グランドに向かっていった。
由華は子供たちが校庭でウォーミングアップをしている間中、ずっと自分の息子、知春を見ていたが、最初から最後まで皆から離れて三年生の子とキャッチボールばかりしていた。
由華は寂しかったが、子供はもっとつらいのだろうと思い、ぐっと自分の気持ちを抑え込んだ。
◆◇◆
グランドに着くと皆子供たちは二列に向き合ってキャッチボールを始めた。その時の列の中にも知春の姿はなかった。離れたところでさっきの三年生とキャッチボールをしている。
「ようし、集合!」
青山監督は子供たちを集めた。親たちもぞろぞろと集まってくる。
和田君の母親が隣の由華に耳打ちした。
「スターティングラインナップよ」
「スターティなになにって?」と由華。
「試合の先発よ」
「?」
「試合に出る子供!」
「みんな出るんじゃないの?」と由華。
「あきれた……。あのね。あなた野球は何人でやるって知ってるわよね」
「はは。馬鹿にしないで。九人でしょ」
「だから最初にでる九人のことよ」
「ああ……。そうか」
青山監督は読み上げた。
「一番、サード白井!」「はい!!」
「二番、ライト鎌谷!」「はい!!」
「三番、ピッチャー酒井!」「はい!!」
「四番、キャッチャー大迫!」「はい!!」
………………。
和田君の母親がニコニコして後ろにいた由華に振り向いた。
「凄いじゃない!トモくん三番でピッチャーよ!!」
「ええっ!?」
「ウチの順平、九番セカンドだ。先発は二年生が十五人中三人だけよ。ライトの鎌谷裕也君と三人。三年生は一人先発から外されたわ」
◆◇◆
試合の方は、知春がぽんぽんとストライクを入れていき、相手チームの『見逃し三振』の山を築いていく。ちょっと山なりのボールだが、何しろコントロールが抜群だ。
相手チームの監督は完全に作戦が裏目に出たようである。子供を呼んで指示をするその声は反対側ベンチのこちらのほうまで聞こえる大声だ。
「ボールを見すぎるな!」
「ドンドン振ってけ!」
しまいには、「ストライクばっかだぞ!!」
低学年の二部チームはストライクが入らずに試合にならないことも多い。振ってしまったほうが負け、みたいな寂しい展開である。相手チームは試合に勝つという喜びを早く子供たちに教えてあげようと、ボールを振らせないことに集中してきたようである。
ところが、知春の投球は七割か八割方がストライクであり、ぽんぽんと小気味よく投げてくる。
試合は七回までだが五回までは両チームとも珍しい『〇』の行進だ。
レッドダイアモンズの三年生はやはり二部チームの子供たちだけあって、打てない守れない走れないの三拍子揃った子供がほとんどだ。相手チームがともかく早いカウントからバットに当てることに専念し転がしたりしてくるようになると、ピッチャーゴロ以外はほとんどセーフになっていった。
青山監督が、もっと球を散らしていけ、とおおっぴらに指示すると、それを聞いていた球審は、とたんにきわどいコースの球をストライクにとらなくなってきた。
相手投手は低学年の割に背も高く、角度もある適当な荒れ球で、突破口が開けない。
七回最終回に『〇』の均衡は破れ、味方チームのエラーが七つ続いてついに五点を取られた。
その裏の最後の攻撃も三人で終わり、レッドダイヤモンズでのデビュー戦は五対一で敗北した。 味方のヒットは、キャッチャー大迫のホームランと知春のシングルヒットの二本だけだった。
由華は試合が終わるまでずっと仲間はずれだった。
そもそも応援の仕方もわからないので、声も出せない。試合が終わりしょんぼりしていると増島総監督が近寄ってきて言った。
「知春君はいいね。高めの球は腕が良くふれてバッターの手元で伸びてくる。低めはナチュラルに落ちるし。バックがきちんと守ってやれば使えそうだぞ。一部の子供はあんなに守れなくはないからね」
試合に出た子供の母親たちは、自分の子供がエラーしたことなど全く意に介さない様子で、逆に知春が最終回に突然点をとられたことに対して、ピッチャーを交代させなかった青山監督に白い目を向けていた。
青山監督は、試合後子供たちを集めて母親たちの耳を意識して言った。
「相手ピッチャーによって、打てないということは誰にでもあることだ。これはいろんなタイプのピッチャーと対戦していくうちにどんどん上達していく。これから一生懸命練習を積めばいい」
「しかし、守れないのは野球をやっている者にとっては恥だ。相手のせいではないからだ。すべて自分のせいだ。」
青山監督は、母親たちに向かって、
――ざまーみろ。べーだ。
というような顔をしてみせた。
子供たちは泣きながら下を向いている。大人の難しい言葉の意味など理解出来るはずがない。その場の『絵』は青山監督が一人で子供たちをいじめているような感じになってきてしまった。
母親たちは、
――子供が泣いているのに追い討ちをかけて、この人でなし!
というような表情をして、監督にさらに厳しい視線を送った。そして母親の一人は隣にいた母親に大きな声でこう言った。
「だいたい、相手チームのピッチャー。低学年の試合であんな高学年みたいなピッチャー出してくるのってずるくない?」
「そうそう。みんな小さい体で精一杯がんばってるのにフェアじゃないわよ」
青山監督は母親にはとても勝てないと思いそれ以上何も言うまいと心に決めた。