応援デビュー
練習試合の開始予定は午前十時である。場所は市内なので、車で二〇分弱の近距離だ。それでも普段の練習場所の小学校の集合時間は朝七時だ。
子供の数は全部で二五人。
一年生が三人。
二年生が十五人。
三年生が七人。
大人はというと、なんと全部で三六人だ。増島総監督、二部チームの青山監督、鎌谷ヘッドコーチ、他に選手の父親コーチが三名。コーチ以外の父兄は母親が全員の二四名、(一年生と三年生両方に子供がいる親が一名いる)、父親が六名。
由華は学校まで和田さんと一緒に行ったが、校内では和田さんが母親集団の中にすうっと入っていって完全に孤立した。
わいわいがやがやというよりも、母親のピーチクパーチクが騒がしい。
母親たちはじろじろと由華のほうを横目で見ては、これ見よがしにこそこそと互いに耳に掌を当てながらしゃべっている。
母親の一人が話しかけてきた。
「あんた、もしかして知春君のお母さん?」
「はい。そうです」
何で向こうがタメ口で、こっちが敬語なの?と由華は思ったが、これは仕方がないな、と我慢した。
他の母親が大きな声で言った。
「ええっ? トモくんのお母さん! 今日はいったい何?」
――今日は何? って。何よ! 応援に決まってるじゃない!
由華はそう言いたかったが、言葉をぐっと飲み込んだ。
「ちょっと、試合を応援させてもらおうかなと思って……」
若い茶髪の母親が言う。
「まっさかあ。試合の時だけ来るってそんなことってあるのかしらね。信じられない」
眼鏡をかけた顔も体も真ん丸い母親が合いの手を入れる。
「うそでしょ? うそ、うそ、有りえない!」
かなり露骨な言い方である。しかし、由華は、かえってこそこそと何か言われて無視されるよりは、ストレートでいいと思った。
少し離れていたところでこれを聞いていた増島総監督が苦笑いをした。
ユニホームを着た父親コーチの一人はちょっと由華を指差して、他のコーチに何やら耳打ちをした。
指差されて気分を害さない人間はいない。
とたんに由華は頭に血がのぼる自分を感じた。
そのコーチに近づいていって言った。
「すいません。知春の母です。息子がお世話になっています」
「ああ。どうも、トモくんの。よろしく。ねっ! 奥さん」
完全に馬鹿にされたと思った由華は、その時ちょうど足元に転がってきたボールを拾い上げて、少し離れたところで帽子をとりながらグローブをかまえる鎌谷ヘッドコーチに向かって力いっぱいそのボールを投げた。
ボールは鎌谷コーチが腕をのばしたグラブの遥か上を通過していき、ずっと先で向こう側を向いて立っていた青山監督の後頭部にぶつかって地面を転がった。
「あっ!」
その場にいた皆がそれぞれに小さな声をあげた。頭をかきながら振り向いた青山監督に向かって、鎌谷コーチは必死で由華のほうを指差した。
「おっ、俺じゃない!あのお母さんが投げたんだ!!」
青山監督の半径四十メートルくらいのところには鎌谷コーチしかいない。
しかも由華はそこからさらに十五メートルくらい離れている。
それでも必死で由華のほうを指差す鎌谷コーチに対して、青山監督は首を横に振って、鎌谷コーチを指差した。
「子供が真似するからやめとこうな。そういうの」と青山監督。
由華は、すいませんとも言えずに小さくなっていた。