世代を越えて
鎌谷コーチはこの最終回に打順が回ってくる我が子に入念にアドバイスをしていた。この回は下位打線の六番大迫君からの打順である。大迫君はパワーヒッターであるが緩い球には滅法弱い。
案の定大迫君は緩い球に泳がされてセカンドゴロでアウトになった。
続く七番の白井君は、相手投手の張君のボールにカスることすら出来ない。苦肉の策でバントヒットを試みたが、ピッチャーの真正面に転がるゴロであえなく沈んだ。
選手たちは精一杯の声をあげて応援していた。もちろん応援の母親たちも同じだ。その声は悲鳴に近くなっていた。二アウトをとられた時にその声は諦めの入り混じった愚痴に変わっていった。
「何よ。あのピッチャー。あれずるいわよ。あれ大人とおんなじじゃない? 最後くらい正々堂々と普通の小学生出してこれないのかしらね」
「そうそう。少年野球であんなのゼッタイフェアじゃないわよ。みんな小さいなりに一生懸命やっているのに」
「張君っていうんでしょ? あのピッチャー。ガイジン助っ人連れてきて、そこまでして勝ちたいのかしらね」
最後に『ガイジン』と言ったのは事もあろうに青山監督の奥さんだった。たまりかねて監督は奥さんのもとへ行き言った。
「ちゃんと応援しないなら、帰ってくれ。六年生にとっては大切な最後の試合なんだ」
最後の打者になるかも知れない鎌谷君が打席に向かおうとした時、青山監督は鎌谷君のスパイクシューズの紐が切れたと言ってタイムを要求した。
◆◇◆
増島総監督は試合が中断している間、由華に亡き夫がレッドダイアモンズでプレーをしていた頃のことを話した。
「酒井君は低学年の時からずっとチームのエースピッチャーだった。知春君のように綺麗な球を投げるいいピッチャーだった。当時鎌谷コーチも同学年でピッチャーだった。巡り合わせというか、おもしろいものだね。今の鎌谷君とちょうど同じようにちょっとノーコンの剛速球投手だったんだ。二人はずっと五年間、チームを卒団するまでライバル同士だった。鎌谷コーチは負けず嫌いで酒井君にはいつでもライバル心をむき出しにしていた。でも、結局酒井君を超えることが出来なかったね」
由華は夫がレッドダイアモンズでプレーをしていたことは知っていたが、鎌谷コーチが当時一緒だったことは初耳だった。そして由華は当時の話を聞かされて今の知春と鎌谷君にその姿を頭の中でだぶらせた。しかし、当時と決定的に違うことは、知春がエースピッチャーどころか、三年半という間、試合にも出させてもらえない状態であったことだ。
「鎌谷コーチは、子供が知春君にだけは負けて欲しくないと思っていた。時代を超えてライバルが受け継げられたってわけだな。スポーツの世界のライバルっていうのは純粋なものだ。妬みや恨みはもともと心の中で排除されているんだよ。だから、鎌谷コーチは何か別なことが原因で試合に出させてもらえない知春君に自分の子供が形の上で勝っていてもそれは彼にとって決して勝ったことにはならないんだ。鎌谷コーチは知春君の最後の試合に彼を使ってくれるように青山監督に進言した。青山監督はもともと知春君の実力は認めていたし、父母会の圧力とはいえ、監督として彼にはすまない気持ちで一杯だったから、二つ返事でこれを受け入れたんだ」
――増島さんは、今日のこの試合で知春がピッチャーとして出ることを知っていたんだ……
「鎌谷コーチはいつも息子の裕也君に知春君にだけは負けるなよ、と言っていたらしい。しかし、試合に出させてもらえない知春君に対して勝つも負けるもないよね。裕也君は親同士が昔ライバルだったことを知らないが、いつも知春君を意識して練習していたことは確かだ。練習中にライバル心をむき出しにしていたからね」
増島総監督は、最後にこう付け加えた。
「こんなにすばらしいことはないじゃあないか。互いにライバルとして、そして試合では最高の仲間としてやれるなんてね」
由華は心の中で増島総監督、青山監督、そして鎌谷コーチに心から感謝して目を閉じ、胸に掌を当てた。真のスポーツマンシップというのはこういうことをいうのかも知れないと感じた。