ラストゲーム
この試合は知春にとって、レッドダイアモンズでの最後の試合になった。しかも、チームとしても七年ぶりの優勝のかかった試合であった。
しかし、今日も知春の出番はないだろう。それでも、知春は最後の試合にベンチでこれ以上出せないというような力一杯の声を出して応援することを心に決めていた。
決勝戦の相手は夏の大会で優勝したモンスターズというチームだった。 主将の張君は小学生ながら身長百七十三センチという並外れた体格の左腕投手である。剛速球投手ではないがコントロールが良くスタミナも抜群で七回を投げ切っても全く疲れを見せることがないという。 また、張君は打撃も得意で、この大会ではなんと四試合で六ホームラン。十二打数八安打六ホームラン二十打点という驚異的な成績だ。
しかし、このチームは張君一人で勝ってきているチームではない。三十二チームあるM市の中で、選抜選手を一チームで三名も出しており、クリーンナップは強打者揃いのレッドダイアモンズ以上とも言われている。 しかも守備の方も安定していて今大会ではエラーがまだ記録されていない。公式戦の投手経験者も張君の他に六人もいて、誰が投げてもそこそこの結果を残している。 このところ二回戦敗退が常であったレッドダイアモンズとはそもそも選手層の厚さからして違うのだ。
青山監督はまたとない『優勝』というビッグチャンスを目の前にして、相手チームに気後れするどころか大きく武者震いをした。
全員が監督の周りに輪になり、いよいよ先発メンバーの発表である。
「一番、ライト和田!」「はい!!」
「二番、ショート岡田!」「はい!!」
「三番、レフト代田!」「はい!!」
「四番、センター青山!」「はい!!」
「五番、ファースト米山!」「はい!!」
「六番、キャッチャー大迫!」「はい!!」
「七番、セカンド白井!」「はい!!」
「八番、サード鎌谷!」「はい!! ??」
選手たちの誰もがこの瞬間、ええっ!? と思ったに違いない。今年ずっと先発投手だった鎌谷がサードに入っている。
サードは六年生斉藤君がレギュラーだった。もしかして、斉藤君がピッチャー!?
「九番」
青山監督は一呼吸置いた。そして再び言った。
「ピッチャー酒井!」
「! …………」
「おい! 酒井! 酒井知春! 返事はどうした!」
「あっ、はっ、はい!!」
唖然とする選手たち。最も驚いているのは指名された知春自身だ。
青山監督は言った。
「今回斉藤はいい時に代打で使う。メンバーの入れ替わりがあるが、今日はゼッタイに勝つ! 勝ちに行く! 六年生は最後の試合だ。今までの力を全部出し切るつもりで全力でいけ! 鎌谷、おまえも投げるから守備の時にも肩が冷めないようによく動かしておけ」
試合前の守備練習が始まった。レッドダイアモンズの先発メンバーがグランドに散っていった。 鎌谷コーチは控えのキャッチャーからボールを受け取りノックを始める。知春は、キャッチャーの大迫を相手にベンチの横でピッチングを始めた。
これを見て母親たちは色めきたった。
「酒井君だ。鎌谷君はサード守ってる!」
「ええっ!? どういうこと? ふざけてるんじゃないの」
「フェイントだ。フェイントに決まってる。ほら、アテ馬ってヤツじゃない?」
少し離れたところにいた由華には、今ベンチの脇でピッチング練習をしている選手が先発投手などとわかる訳もない。しかし、試合直前にフィールドへ出ている知春の姿を見たのは初めてだ。
――何? 何? どういうこと?
相手チームの守備練習も終わり、いよいよゲーム開始の時刻になった。 両チームの全選手がそれぞれベンチの前で中腰になって主審の合図を待っている。
大きな叫び声を上げて一斉に選手が走って行き、向き合って整列した。相手チームのうち二人の選手は頭一つ完全に抜きん出ている。主将で四番、エースの張君と三番で強打・強肩・俊足と呼び声の高い小比類巻君だ。二人ともがレッドダイアモンズの青山君とともにM市選抜チームのクリーンナップを構成する中心選手だ。彼らは選抜チームの練習で青山君と他チームの代表選手のことを『ミニラちゃん』と呼んで親しんでいたが、今日は互いに睨み合いの火花が散っていた。
秋季大会決勝戦の試合は始まった。
そしてもう一つ。知春にとってレッドダイアモンズでの最後の試合が始まった。