↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

トロッコ問題の正解

作者: 鈴木美脳
掲載日:2026/09/02

トロッコ問題(Trolley Problem)という思考実験がある。トロッコの線路を切り替える装置の前に自分がいて、何もしないと5人死ぬが操作すると1人死ぬというような思考実験だ。


典型的には、「あなたは線路を切り替えますか?」となる。すると、多く助かるからもちろん切り替えると考える人もいれば、「線路を切り替える」という行為を実行する主体になることによって、1人の殺害を主体的に決定した倫理的な罪を背負うことになると考え、自分なら切り替えないと考える人もいる。あるいは、設問の条件をしつこく歪曲することで、誰も死なない戦略を考える議論に逃げる人もいる。


これは明らかに、最もくだらない種類の思考実験だ。なぜなら実際には、人間の死といった概念によって直観的な感情を引き出しているだけであって、課題が抽象的に定義できているわけではないからだ。


西洋は古代のモーセの十戒から殺人を禁じており、近代の人権思想にまで通じているが、実際にはそれは局所最適性の全体最適性を偽装するための偽善的なナンセンスだ。動物や異教徒が線路にいれば殺していいとは言えないし、実際には歴史的西洋も近代人類も常に大量の犠牲を出しながら運営されている。


すなわち、5人を助けるために1人を殺すことは、私達の文明の日常である。あるいは、1人の富裕層を助けるために5人の貧困層を殺すことが日常であると言ってもいいだろう。後者は倫理的ではないが、近代という世界が真に倫理的であった時代などないのだ。啓蒙主義はまさに、利己的な思考停止、さらに言えば政治的な思考禁止の論理であり、それがゆえに聖域化されたにすぎない。


そのように考えるなら、トロッコ問題の意外な深さが見えてくる。つまりトロッコ問題は、私達の日常を成立させている不正義な欺瞞に対するノイズとして作用するのだ。そう見るならなるほど、倫理学的な思考実験の名に値すると言ってもいいだろう。


トロッコ問題という状況に、私達は置かれたくない。しかし、その思考実験に臨んで思考してみるほど、私達がとっくにその状況を日常としており、大衆社会が日々平然と線路の「分岐器」を切り替えている事実に連なっている。


戦後日本は属国として特に洗脳下にあり、戦争や暴力は絶対悪のはずである。しかし現実には、正義と平和を自称する既存秩序は単に制度化された殺人である。私達は公益のために協調しているという言説を生きながら、実際には限られた資源を私益のため奪い合い、誰かの犠牲の上に安寧を得ている。


現実に5人が生きるために1人を犠牲にせざるをえない状況で、私達の社会はどうしているだろうか? 5人に善良な実績があり当該の1人は反社会的な犯罪者だったという物語を後づけで形成するのである。


そして、第二次世界大戦もその一例であり、その意味で戦後日本人は世界で最もトロッコ問題が苦手な人々だと言える。話がやや「脱線」したようだが、これこそがトロッコ問題への真に正しい回答だろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 おっしゃる通りだと思います。  凡そAIのみならず自動運転車など、テレビや新聞に顔を出す何々に詳しいなんちゃらさんが『トロッコ問題』を引き合いに出す時点で、啓蒙活動を語りつつも“人を殺すは仕方無し”…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。