9 残った言葉は使える
そんなある日、社内研修の資料を作ることになり、過去の事例を調べて書面に纏めた。
偶然、古いデータベースに行き当たった。10年以上前の社内アンケートや、研修後の自由記述欄の記載内容がそのまま残っていた。あたしが興味本位で目を通していると、そこにある人の名前を見つけた。現在、営業部長に就いているあの人のものだった。
〈威圧的だった〉
〈意見を笑われた〉
〈発言しづらい雰囲気だった〉
どれも、強い言葉ではなかったが、削除も修正もされていない。あたしは個人名を伏せ、時代背景として整理し、それをそのまま資料として使った。
研修当日、会場は静かだった。あたしは作成した資料を配布し、その内容について説明した。当事者のひとりが腕を組んで聞いていた。質疑応答の時間になり、あたしが指名された。
「このころは、そういう時代だったのでしょうか?」
あたしは少し考えてから応えた。
「記録を見る限り、そう感じた人が確かにいたようです」
あたしは事実しか応えていない。誰も反論しなかった。
その夜、久しぶりにノートを開いた。子供の字と大人の字が同じ紙の上にあった。あたしは新しいページに書いた。
日付。場所。社内研修名。営業部長名。
《言葉は残る。残ったものは使える》
ある日、取引先との打ち合わせで、相手の担当者はあたしには目も合わせず、あたしの上司だけを見ながら話を進めていた。以前なら黙って聞いていたが、その日は違った。
「ちょっとすみません」
あたしは右手を軽く挙げて、穏やかな声でその人のプレゼンテーションを遮った。
「ちょっと確認させてください。いまのそのお話は、どの前提に基づいているんでしょうか?」
相手は少し驚いた様子で、あたしに目を向けて、少し照れ笑いを浮かべたが、その内容を詳しく説明し始めた。しかし謝罪の言葉はなかった。その後のプレゼンテーションは過度と思えるぐらい丁寧になった。
家に戻って、過去のページを何枚か読み返してみた。
・先生の言葉。
・友達の沈黙。
・名前を呼ばれなかった日のこと。
それらはあたしを弱くした記録ではなかった。使い方を知らなかっただけで、ずっと、あたしの手の中にあったのだ。まだ白いページは残っている。




