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3 いまも食べられない人参

 あたしはいまだに人参が食べられない。最初に口にしたときの印象が悪かったのかもしれないが、あの甘ったるい味とそれに見合わない歯ごたえが、考えただけでも吐き気を催してくる。この歳になっても相変わらず身体が拒否するのは、その物理的な感覚は別としても、あいつが原因であることを確信せざるを得ない。

 小学二年の給食時間、今日の献立はクリームシチューだった。人参が入っているのは間違いないので、配膳係の子にあたしに配食しないよう頼んでおいたのだが、何故かあたしの器に大きな人参が入っていた。それだけ残していると、食事状況を見回っていたあいつがあたしの横で立ち止まった。

「食べ残してはだめですっ。全部食べないといけません」

給食時間が終わっても、あたしの食器だけ片づけられず、食べ終えるまで待っているからと、教壇に座ってあたしを見つめる。クラスのみんなは校庭に出て、ドッジボールをしている。あたしは机の上の人参とにらめっこしたままだ。涙が出てきた。

「先生…。あたし無理です…」

「どうして?おいしいのに」

あいつは微笑みながらあたしを見ている。

「好き嫌いしちゃだめですよ」

「でも、あたし…」

涙ぐみながら訴えた。

「じゃあ、それ食べ終わるまでそこに座っていていいわよ」

「えっ?」

あたしは意味が分からずあいつを見返した。

「それ、食べるまでそこにいていいから。でも5時限目の授業、あ、社会ね。そのまま始めるからね」

あいつはうっすら笑っているように見えた。

「そんな…」

5時限目開始のチャイムが鳴り始めて、あたしはその人参を口のなかへ放り込み、咀嚼せず息もしないで、トイレへ駆け込んだ。すでに胃の中に収まっているものと一緒に嘔吐する寸前のところで、誰にも迷惑をかけることなく、何とか間に合った。しばらくトイレの便座に腰かけたまま、茫然としていた。あたしは何故こんな目に合うんだろ?また涙が零れ落ちた。

 この出来事が2ページ目に書かれていた。日付。場所。出来事。小学2年の担任名。やはり事実だけが書かれてある。最後に一行書かれていた。

《人参なんか食べなくても生きていける》

時間が前後しているのは、この出来事が起きた2年生の時点では誰にも伝えられず、あたしのなかでそのまま過ぎ去っていったのだろう。後になって、引き出しの奥にしまい込んだこの紺色のノートのことを思い出し、書き足したように記憶している。


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