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15 名前は思い出せなかった

 いまあたしは30歳を過ぎて、このノートを手に取ることはあっても、閉じたまま元の引き出しへ戻すことが増えた。書くべき出来事が減ったのではない。書かなくてもいい出来事が少しずつ増えてきただけだ。

 そんなある日、人事部から内線が入った。外部監査対応のため、過去の採用関連資料を整理しているのだという。参考になるものがあれば提出してほしいとのことだったので、あたしは過去に作成した研修資料や調査メモのフォルダを開いた。そこにはあの内部調査報告書のコピーが残っていた。当時、あたしの第一志望だったあの企業の資料だ。あたしはそれをそのまま人事部に送った。理由は添えなかった。業務上、有用だと考えたから。ただそれだけだった。しかし数か月後、業界紙に小さな記事が載った。


【業界大手の○○株式会社は過去の新卒選考における不適切対応を公表し、当時の人事担当者及びその管理職は処分(懲戒免職)された。】


記事に掲載された顔写真を見て声を上げそうになるぐらい驚いた。それはあたしの最終面談で真正面に座っていた人たちだった。名前はもう覚えていない。あたしは新聞を畳んで、キッチンの端に置いた。胸の内は不思議なほど静かだった。         

 その夜、久しぶりに紺色のノートを開いた。 最後から2枚目の白いページだった。日付。場所。出来事。はじめてこう書いた。

《相手の名前はもう思い出せない》

それだけ書いてペンを置いた。

 復讐したつもりはなかった。罰を与えたつもりもなかった。ただ、忘れなかっただけだ。言葉は残る。残ったものはいつか別の場所で誰かに拾われる。それが正しい使い方なのかどうかは、あたしには分からない。

 ノートを閉じると、部屋は静かだった。誰も、あたしの声を聞いていない。でも、あたしはもう消えてはいなかった。このノートの罫線だけの真っ白なページは、あと1枚だけ残っている。それを使うかどうかを決めるのは、これから起きる出来事ではなく、あたし自身なのだと。


この物語は完結です。いままでのご拝読に感謝いたします。ありがとうございました。

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