14 理由を与えられなかったこと
時が過ぎたある日、社内研修の資料を作っていると、外部委託先の事例として、ある企業の内部調査報告書が添付されているのが目に入った。新卒採用時の選考過程において、特定の学生に対し、理由を明示しないまま選考を停滞させ、結果的に辞退を余儀なくさせた事例が複数確認されたとのこと。読み進めて、あたしは手を止めた。その会社は当時あたしの第一志望だったあの企業だ。報告書には当時の内部メモの一部が引用されていた。
・真面目だが、扱いにくい可能性あり。
・自己主張が弱く、存在感に欠ける。
あたしはモニターから目を離した。しばらく、何も考えられなかった。あのとき説明されなかった理由が、いまになって他人の言葉としてここにある。それは理由を与えられず、謝罪もなく、話題を変えられた小学6年生のあの日と同じ事象だ。あたしはそのことにいま初めて気が付いた。信じたかったからだ。その人が悪意を持っていなかったことや、あたしが傷つけられた側ではなかったことを信じるために、あの日はノートを開かなかったのだ。
その夜、あたしは改めてノートの最後の白いページを開いた。日付は今日の日付を書いた。場所は自宅。出来事は少し考えてからこう書いた。
《理由を与えられなかったこと》
企業名も担当者名も書かなかった。もう必要なかったから。しかし言葉は残っていた。残ってしまったものは、いつか、別の場所で使われる。復讐のためではない。証明のためでもない。ただ、この社内研修資料のように、あたしがそこにいたということを否定できない形で残すためだ。
復讐はもう必要ないのかもしれない。記録は十分に残っている。だからノートは捨てなかった。それは怒りのためではなく、証明のためでもない。あたしが確かにここにいたという、ただそれだけのためだった。ノートを閉じると、部屋は静かだった。その静けさのなかで、あたしは初めて自分の声を聞いた気がした。小さくて、でも確かで、誰のものでもない声だった。あたしはそれを覚えておくことにした。もう、書き留めなくてもいいんだと。




