11 あたしは壊れやすい
自分で云うのもおかしいが、あたしの容貌は人並み以上だと思うし、スタイルも決して悪くない。しかも、上場企業に勤めているし、両親も健在だ。あえていうなら一人娘ということかもしれない。だからというわけではないが、30歳を過ぎる頃になると、それがセクハラになることを知ってか知らずか、未婚状態について理由を求められることが、とにかく増えてくる。結婚予定は?何か事情があるの?そんなときあたしはいつも、微笑みながら首を左右に振るが、内心大きなお世話だと凄んでみたりもする。少なくとも、あたしは言葉で説明できる形での理由がないことに気が付いている。
恋愛をしたことがないわけではない。誰かに好意を持ったこともあるし、告白されたことも何度かあった。ただ、相手の声の調子が変わる瞬間に、あたしはいつも気付いてしまった。相手が冗談のつもりで言った一言や、軽く投げられる評価など、そんなつもりじゃないという、後から必ず付いてくる補足を。それらは昔、教室で聞いた音とよく似ていた。あたしはそのたびに考えた。これは気にするほどのことなのだろうか?言い返すほどのことなのだろうか?そう考えているうちに、相手との関係は、少しずつあたしの手元から離れていった。以前交際していた人から云われたことがある。
「君はさ、一緒にいると安心するんだけど、何を考えているのか分かんない時があるんだよ」
「えっ?どうして…。そう思うの?」
あたしは返答のしようがなかった。分からないのではなく、言葉にすると壊れてしまいそうで怖かっただけだ。あたしはひとりになると、安心感に包まれ静かになれた。誰かに呼吸を合わせる必要もなく、声の大きさを測る必要などもなかった。だからあたしは、その人ではなく、ひとりになる静けさを愛してしまったのだと思う。
その日の夜は久しぶりにノートを開いた。日付。場所。出来事。交際相手の名前。そこには、怒りも、恨みも、書かれていない代わりに、一行だけ書いてある。
《あたしは壊れやすい。だから慎重なんだ》
言い訳ではなかった。結婚しない理由は相手を拒んでいるのではなく、誰かと一緒にいるときの自分より、ひとりでいるときの自分のほうが、嘘が少ないと思えるのである。ただそれだけだった。




