表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

1 あたしのせいではない

 そのノートを、あたしは「覚えとけよノート」と呼んだことは一度もない。表紙には何も書かれていなかったし、誰かに見せるための名前も必要はなかった。

 最初にこのページを書いたのは、小学校6年生の6月だった。国語の授業だったと記憶している。音読の順番が回ってきて、教科書を持つ手が少し震えた。緊張していたのではない。ただ、間違えたくなかっただけだ。前の日、家で母の前でも読んで、句読点のところで息を吸う練習もした。

 読み終えたあと、先生は教卓に肘をついて、少し笑った。

「今の聞いた? こういう読み方をすると、文章がかわいそうなんだよね」

教室の空気が一斉に動いた。机を指で叩く音、誰かの小さな笑い声、後ろの席から聞こえた「きつっ」という囁き。そのあと先生は何も言わず、訂正もしなかった。もちろん、あたしの名前を呼ぶこともなく、次の子を指名して、授業はそのまま進んだ。あたしは椅子に座ったまま、教科書の文字を睨んでいた。文字は何か言い返してくれるはずもない。結局、誰も、そして誰にも、謝らなかった。先生も、クラスメイトも、あたし自身も。

 その日の夜、引き出しの奥にあった古いノートを手に取った。買った記憶はあるが、何故か使う機会もなく、そのまま忘れ去られていたのだろう。表紙の色だけは覚えている。薄い紺色だった。感想を書くつもりではなかった。あたしは怒りを表現する言葉をまだ知らなかったから。だから事実だけを書いた。日付。場所。言われた言葉。6年の担任名。書き終えても、胸の奥がざらついたままだった。最後に一行だけ書き足した。

《忘れないこと。これはあたしのせいではない》

それがこのノートの最初のページだった。ノートは机の一番下の引き出しの奥にしまい込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ