アトリエ・ホルンの角職人 scene1-2/竜と角
椅子に座るユーリアの背後に立ち、彼女の角を、水に濡らした布で丁寧に拭いていくアーサー。竜人族の角は、エレメントと呼ばれる魔力の結晶体でできており、毛は生えておらず、滑らかですこしザラザラとした手触りが特徴的だ。
竜人族の角は生え替わることがない。そのため、一度折れてしまうと、義角などで補うしかなくなる。彼らの角に身体的な機能としての意味はない。しかし、竜人族の文化には、亡くなった人の角を故人の魂として家内に飾るというものがある。角を失うということは、儀式が正しく行えなくなってしまうということであり、彼ら“角”を有する種族にとっては、機能や外見として以上に、角を手入れする理由があった。
他にも、竜人族の戦士は角に刻まれた傷を仲間と語り合ったり、愛する人との愛情表現に用いたり――小さくとも尊い、そんな一瞬を守るのがアーサーの仕事だ。
「ん……こいつは……」
「どうした、アーサー?」
アーサーは、角を拭いていた手を止めてエレナを呼んだ。
「おい、エレナ!」
「はい~! アーサーさん、どうかしましたか?」
「いますぐ近くの診療所に行って、魔法医を呼んできてくれ。頼んだ」
「あっ、了解です!!」
エレナは、びしっと額に手を当て元気よく答える。
そして、魔法医を呼ぶためにアトリエを出ていく。
角に触れようとするユーリアを、アーサーは言葉で制した。
「触るな、ユーリア。……最近、ゴマス地方から来た人物に会ったんじゃないか」
「あ、あぁ。よく分かったな。二日前……くらいだった。ゴマスから来た冒険者が酒に酔って揉め事を起こしてな。たまたま近くに居合わせた私が対応したんだ」
「――トトジアという寄生虫が角に付着している。おそらく、その酔っ払いから飛び移ったのだろう。トトジアは人体にとっては無害だが、エレメントを食う」
「エレメント? つまり、私のこの角を?」
「魔法虫だからな。一応、魔法医を呼んだ。それだけだ」
「ふふっ。アーサー、やはり君は王都一の角の美容師だ。感謝する」
――それから。
エレナが呼んできた魔法医によって、問題なくトトジアは駆除された。
アーサーは手入れの続きをし、最後に、角当てをユーリアの角に装着する。外れないように、角に空けた専用の穴へと紐を通してしっかりと結び、角当てと角を固定して作業は終了。鏡を見ながら、新しい角当ての出来を確認するユーリア。
繊細な彫刻が施された角の防具には、
職人アーサーの想いや熱が宿るようだった。
「ありがとう、アーサー。――エレナも、何か困ったことがあればいつでも声をかけてくれ。王都騎士団隊長として力を貸すよ」
そう言って、ユーリアは彼女の舞台へと帰っていく。
これは、華やかな異世界物語の舞台裏、けっして表舞台には上がらない片隅で――それでも確かに息づいている、ある職人の物語である。
「アーサーさん! 学校の授業でわからないとこがあって、教えてください~!! 精霊魔法なんですけど、もうちんぷんかんぷんで~~」
「魔法は専門外だ」
「え~。じゃあじゃあ――」
ぱっと咲く花のようなエレナの声が、工房にひろがる。
すこし賑やかになった、アトリエ・ホルンであった。




