神秘の種。4
「フェンリルだと……」
グラベルはあまりの驚きに槍を握る手に力が入る。
フェンリルは静かにこちらを見ているのだが、その神々しい姿から放たれる圧倒的な存在感に私たちは息を呑んだ。
「なぜこんなところにフェンリルが……」
グラベルが困惑した表情でつぶやく。
フェンリルは本来ならばもっと聖域に住んでいるはずの幻獣だ。
樹海の奥地にいるなど聞いたことはない。
フランが私の袖を引っ張り、震える声で告げる。
「……アリシアお姉ちゃん」
「大丈夫よ。フランちゃん……」
私がフランに優しく微笑むと、脳に直接何者かが話しかけてくる。
『……そなたは我が聖域を侵す者か?』
「私はあなたの聖域を侵すつもりはないの……ただ、神秘の種を少し分けて欲しいの。それがあればポーションを作って多くの人達を救えるから……」
『……それはできぬ』
フェンリルは私に向かって視線を向けた。
それを見たグラベルはすぐに私とフェンリルの間に入って槍を構えた。
フェンリルは不機嫌そうに鋭い視線を向けて、地面に立っていた足に力が入る。
「待って! 待って下さい!!」
私はグラベルにそう叫ぶと、再びフェンリルの前に出た。
「アリシア様! 危ないですよ! 相手は凶暴な魔獣! 対話など……」
「……グラベル! 私を信じなさい!!」
グラベルに向かってそう叫んだ私に、彼は背筋を伸ばした。
「はっ! 姫様。申し訳ありません!」
私はゆっくりとフェンリルの方に向かって歩き出す。
グラベルはそんな私になにか言いかけたが、伸ばした手を引っ込める。
フェンリルの前まで行くと、私はフェンリルの目を見上げた。
『なんだそなた……震えているのか?』
震える私を見下ろして巨大なオオカミの頭と口の中にびっしりと敷き詰められた鋭い牙は、私の華奢な身体を噛み砕くのは簡単過ぎるだろう。
私の脳裏には私を噛み砕く様子が鮮明に見えて、恐怖から手足が小刻みに震えて自分の意思では止められない。
『我が怖いか? 怖いのならばなぜ近寄ってきた……』
「怖くないと言えば嘘になります……でも、私はアレクの……彼の大切な国民を
守りたい! だから、神秘の種が必要なんです!」
震える私を記憶の中のアレクが勇気づけてくれる。
アレクは王子様から婚約破棄され、絶望の中にいた私を救ってくれたアレクの力になりたい。その気持ちが、恐怖よりも大きくなっていたから耐えたれた。
フェンリルは私の顔の横に大きな頭を寄せると、フェンリルによる恐怖よりもアレクの微笑む顔の方が強かった。
『……なるほどな。そなたはその男を愛しているのだな……よかろう。ならば、そなたの愛を信じよう』
フェンリルは私の耳元で息を吐くそこで……
『……また会おう……』
そう言い残してフェンリルはその場から走って消えて行った。




