笑う美顔水のように
亡霊は陽キャが苦手だと聞いたことがある。陰のモノである幽霊は、ネアカな存在が眩しすぎて、退散してしまうのだという理屈だ。
説得力があると、最初は思った。だけど今は、そうとも言えない気がしている。
私の知り合いだったナロウ君(仮名)に起こった出来事を考えると、むしろ陰キャの方が霊体に敬遠されるのではないかと感じられるからだ。私から見て彼は陰キャそのものだった。
ナロウ君は小説家志望の青年で、とても心優しい人柄だったが、陽キャたちから毛嫌いされていた。いつも暗くて団体行動を苦手とする性質が、過剰な憎しみを浴びる原因だったように思える。
両方と親しかった私は、両者を結び付けようとしたが、無駄な努力に終わった。所詮、水と油なのだ。無理に混ぜようとしても、合わないものは合わない。
そうは思うけれど私は落胆した。陰と陽の結合によって生じる思念のジャンプアップにこそ、人類の融和を導く永久不滅の真理があると当時は思い込んでいたからだ。そういった話を、私は陽キャたちにしてみた。言うだけ無駄だった。
陰キャにもしてみた。今度も理解してもらえなかった。それでも人類の融和が大事だということは理解してもらえた。出来る限りの支援を考えると言って、その約束もしてもらえた。だけどナロウ君は、それほど気にしていない様子だった。彼は言った。
「そんなことより、小説家になろう公式企画の方が大事だよ」
私には、何の興味もない話題だった。だけど、私の理想を実現するためには、ナロウ君の協力が必要だと思われたので、話に乗ってやった。
「こんな感じの企画なんだよ」
そう言ってナロウ君は、募集要項を私に見せた。
『「夏のホラー2025」のテーマは「水」です。
海・川・雨など自然の中から井戸やプールに日々使う水道まで、水は様々な場所に存在しホラー小説にもよく登場しますよね。
ぜひこの機会に「水」を使ったホラー作品を練り上げてみませんか?
例えばこんなお話――』
そのとき、急に強い雨の音が聞こえてきたので、私は窓の外を見た。
大雨の中、道の真ん中に人が立っていた。
陽キャの一人だった。
「何をしているのだろう?」
そう私が呟いた、そのとき。何処からともなく現れた巨大な蛇に陽キャは貪り食われたのだった。
驚く私にナロウ君は言った。
「龍神さまを怒らせたからだよ」
だからといって食べられるのは、いかがなものか?
口には出せない思いを抱きつつ、私はナロウ君とホラー作品を練り上げた。そのうち、トイレに行きたくなった。
「ちょっと放水してくる」
「ごゆっくり」
私はトイレに向かった。隠しカメラがないか、入念に調べる。オールグリーンだ。カメラも変態もいない。人っ子一人いないトイレで、私は全裸になった。そうしないと出た気がしないのだ。さて、やるか。そのときである。誰もいないトイレから水の流れる音がする。誰もいないはずなのに……そう思いながら、音がする個室のドアを開けた。陽キャが便器の中に吸い込まれている真っ最中だった。
「助けて~」
そう叫ばれたけれど、私にはどうすることもできない。陽キャは見る見るうちに便器の奥へと消えて行った。
陽キャが流されたトイレで用を済ませた私は、中で詰まらないよう思いっきり水を流してからトイレを出た。出口でナロウ君が待っていた。
「執筆が捗らないから、海へ行こう」
誘われた私はナロウ君と海へ向かった。浜辺は陽キャだらけだった。その中の一人が叫んだ。
「ナロウ君と”私”が来たぞ! キモイから海へ逃げようぜ!」
陽キャたちは一斉に海へ飛び込んだ。キャ~キャ~という歓声が、まもなく悲鳴に変わった。
「水の中に何かがいる!」
「手を伸ばしてくる!」
「イヤーッ!」
陽キャたちは海から出ようとしたら何かに足を掴まれて……結局、誰一人として浜辺に戻ることができなかった。
海の藻屑と消えた陽キャたちに、私は哀悼の意を示した。
「南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経、アーメン、などなど」
信心深い私を見て、ナロウ君は言った。
「君は宗教パワーで守られているんだね。僕は陰キャ力によって加護を得ているのさ」
何を言っているんだ、とは思った。けれど、実際に効力があるのなら、それに越したことはない。私たちは熱い砂の上でホラーについて存分に語り合い、作品の構想を練った。
私のアドバイスに基づき、ナロウ君はホラー小説を書き上げた。それが『笑う美顔水のように』という作品だ。本人は「名作だ」とほざいていたが、どう考えても駄作以外の何物でもない。そこで、こっそり書き換えてみた。それが、この作品だ。こっちの方が面白い。傑作すぎる。「夏のホラー2025」に投稿された作品で、これにかなうものはない。他のすべてはゴミだ。そんなわけで、この「夏のホラー2025」に投稿している全作品を、私の『笑う美顔水のように』で上書きすることにした。全部の凡作が消滅するのだ。喜べ、お前ら、黒歴史が消えるぞ。すべてが水に溶けるようにネットの闇に流れていくのだ。私に感謝しろ。私を心から尊敬しろ。そんじゃ、バイビー!