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第26話 3月12日 伝えたいこと

結局、私は改変することをやめた。

残りの時間は、絵梨花のために使いたいけど、私も自分の気持ちに嘘を吐きたくない。



帰りの新幹線の中で、過去の私を思い出す。


私は、昔から物わかりの良い子だった。

それが当たり前だと思えば、何の疑問も持たない子だった。


両親とも高校教師。

そもそも、忙しくて家にいる時間が少ない。

他の女の家から帰らない父と、それを泣きながら待つ母。

母は、仕事か泣くかで、家事なんてほとんどしなかった。


私は、家事全般はできるのだが、料理だけは全くできない。

母の手作り料理なんて食べたことがない。

食べ物とは買うものーーそれがうちの常識だった。


テストで良い点を取っても褒められることはなく、悪い点だとひどく怒られた。

ゲームも「あなたのため」と、禁止された。


一人っ子だから期待だけは大きくて、息の詰まる毎日だったな。

あぁそうか、だから私は、誰かーー甘えられる存在が、欲しかったんだ。


大学に入った途端、両親は離婚してたっけーー

あの人たちにとって、私は一体、何だったのだろう。


レールに乗せられたとはいえ、教師になったことに後悔はない。

勉強が楽しいかどうかは別として、人に教えること、教え子の成績が上がるのは嬉しいし、やりがいもあった。


ただ社会というものは、「やることをやればいい」だけでは通らない。

いろんな思惑やしがらみがあって、そういうところが嫌になっただけーーなんだよ。


ーーうん。これも自分の選んだ道の結果だ。

なかったことにはしたくないし、今の私にできることをしたい。



その夜、私は、紫苑の部屋のドアをノックした。


「紫苑くん、お話があります。部屋に入ってもいいかな?」


「……どうぞ」


紫苑は、目も合わせてくれない。

理由も告げずに逃げたのだから、無理もない。


あれから、ゲームも勉強も、なおざりになってしまっているから仕方がないよね。


「……失礼します」



私は、紫苑の部屋の、床に正座する。

紫苑も、テーブルを挟んで私の正面に座る。


「……で、何?」



私は、静かに深呼吸をして、ゆっくりと話し始めた。


「信じられないかもしれないけど、これから私が言うことは、全部、本当の話です」


それから、私は、全てを話した。


私は、絵梨花の体に入っている、別の人間の魂であること。

自分が、八年後の2025年からやってきた人間であること。

絵梨花の体の寿命は3月24日までであり、私の魂が抜けたら、絵梨花の完全な死ーーとなること。



「……何、冗談いってんの?」


「……冗談じゃ、ありません」



「俺のこと何とも思ってないなら、そう言えばいいだけなんだけど。なんでそんな嘘吐くわけ?」


「……嘘じゃ、ありません」



いきなりそんなこと言われても、信じられないよね。

でも、これが現実なんだよ。



「だって、どう考えてもおかしいだろ……お前が、あと12日でいなくなるとか。未来から来たって言うなら、何か証明できるものは?」


「この12日以内に証明できるようなことは……ごめん、思いつかない。だけど、本当のことだよ。信じるも信じないも自由だけど、本当に、3月24日に絵梨花は死んでしまうの」



紫苑は、どうしても信じられないという表情で、考え込んでいる。


「……本当は、12月25日にあの川で、絵梨花は死んでたんだよ。この体は、私の魂が入っているから動いているに過ぎない。でも期限があるから、もうすぐ死んでしまうの。だから私は、絵梨花のやり残したことを片付けてから、消えようと思います」


「……中のお前は、どうなるの」



「2025年に私の体が残っていたら、その先も生きてるんじゃないかな」


こればかりは、自分ではどうしようもないから、もう開き直って笑うしかない。



「それが本当だとして、なんで俺に言うんだよ……」


紫苑の声が、震えている。



「……だって、紫苑くんは恩人だから。私の過去も未来も、変えたくないって思わせてくれたから。未来の世界で後悔ばかりしていた私に、この人生も悪くなかったなって思わせてくれたから。毎日、楽しかった。好きって言ってくれて、嬉しかった。気まずい状態で、絵梨花のまま死にたくなかった。紫苑くんには、本当のことを知っていて欲しかったの」


涙がこぼれそうだけど、必死に堪えて笑った。


「……ごめんね、急にこんなこと言って。やっぱり、信じられないよね。本当に、ごめん。ただ、伝えたかっただけだから」


黙って下を向いている紫苑を背に、私は、絵梨花の部屋に戻った。



「……ごめんね」


あんなこと、言わなければ良かったのかな。

何も言わないまま、消えてしまえば良かったのかな。


でも、やっぱり、自分の気持ちは伝えておきたかった。

私のエゴだとわかっているけど、紫苑にだけは、私の存在を知っていて欲しかった。

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