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第17話 2月18日 回想

「青木先生は、まだ三年目ですよね? 今は、二年生の担任ですけど、来年は三年生を持ったりはしませんよね? あなた、大丈夫なんですか?」


三者面談の時に、生徒の保護者から言われたことだ。


「担任を持つかどうかは、まだ決まっていません。しかし、持つ可能性はあると言われています。まだ経験不足かもしれませんが、学年主任も生徒指導もおりますので、ご安心していただければと……」


「あなたにとっては教師生活の通過点かもしれませんけど、うちの子にとっては一生に一度の大事な時期なんです。だから、来年はベテランの先生にお願いしたいんです!」


ーー言葉がなかった。

確かに、経験不足ではあるから。


大学生の頃、家庭教師のバイトをしていたけれど、大学名があればそれで信頼してもらえていた。

なのに、教師になった途端、経験値を問われることになるとは。

こんなの、どうしようもないのにーー。



*****



「青木先生、今度、会合があるから、よろしくね」


こっちはこっちで、年若い女というだけで、接待要員にされる。

変なことをされるわけではないけれど、下っ端ということで、とにかく気を遣う。


仕事の上ではデメリットな年齢が、こういう場ではメリットとされるのが、どうにも釈然としない。


それに、雑用も押し付けられる。

配布物作成、印刷物の準備、その他諸々。


自分の授業の準備、生徒からの相談事、自分の時間が削られていく。



*****



「ゆかりちゃんって、彼氏いないの〜?」


放課後の教室で、提出物の整理をしている時に、生徒が声をかけてきた。


「先生、でしょ? 残念ながら、いませんよ」


「えー、ゆかりちゃんかわいいのに。ウチの彼氏はねぇ〜」


年が近いからか、生徒からは、友達のように扱われる。

別に悪いことではないのだけれど。


経験を求められたり、年若さを求められたり、本来あるべき姿があるはずなのに。

自分がどうあるべきか、わからなくなることがあるーー。



*****



「おーい、起きてる?」


目の前を、何度か手の影が通ったように見えた。


気付くと、紫苑がプリントを広げて座っている。



「あ、ごめん」


そういえば、紫苑に勉強を教えているところだった。


猫又によって記憶を取り戻してからというもの、私がここに来る前の嫌な思い出たちが、頭の中を埋め尽くすようになった。

ーーある意味、トラウマのようなものだ。



「お前、昨日から、なんかおかしくない?」


「別に? 何でもないよ?」


とりあえず、笑ってごまかす。



「……ならいいけどさ。たまに、意識がどっか行ってるよね?」


「ごめん。お腹が空いちゃったのかも……」


言えることが何もなくて、適当な理由を口にした。



「さっき、夕飯食ったのに? しょうがないな、これでも食え」


紫苑がスティックチョコを一本、つまんで差し出す。

私はそれを口で受け取って食べた。



「ありがと」


ーーもぐもぐ



「ほれ、もう一本」


ーーぱく、もぐもぐ



「もう一本」


ーーぱく、もぐもぐ



紫苑を見ると、下を向いたまま、肩を震わせて笑っている。


「なんか……餌付けしてるみたいだな」



ハッと、我に返る。


「……あまりにも自然すぎて、何の違和感もなかったわ……」



考え事をしていたとはいえ、何度も人の手から物を食べるとは。

なんと、お行儀の悪いこと。


ここは、居心地が良すぎるんだよね。

この、何やっても許される感じが。



「ごめんごめん。どこかわからないところ、あった?」


「じゃあ、ここ」


「これはね……」



最初「わからないところがわからない」と言っていた紫苑も、毎日の積み重ねで少しずつ苦手を克服しているように見える。


こんなふうに、効果が目に見えてわかれば、学習意欲も湧くのだろう。


ーークラスにはいろんなタイプの生徒がいて、みんなに同じ授業はするけど、理解力も違うし、モチベーションも違うし、同一に指導するのは難しいのよね。

しかし、保護者の信頼を得るにはーー



「はい」


目の前に差し出されたスティックチョコを、ぱくっと食べる。



「また、どっか行ってた?」


テーブルに肩肘をついて私を見つめる紫苑の笑顔がとても可愛くて。

母性だか庇護欲だかの、よくわからない感情が胸の奥でざわめいた。



「いいえ? ずっとここにいましたよ?」


「また、どっか行ったら、俺が何度でも、引き戻してあげますよ?」



「……それは、どうも」



そして、紫苑に差し出されたチョコスティックを、ぱくっと食べた。


「おいひい」


紫苑と二人、笑い合う。



私がここに来た意味、私がこれからどうするべきか、まだ決められない。

いつでも戻れるって、猫又は言った。

私の願いを叶えれば、幸せな世界が待っているかもしれない。

けれど、絵梨花の死をこのままにもしておけない。

それに、ここを離れたくないの。

神様どうか、もう少しだけ、ここにいさせて下さい。

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