第14話 1月30日-2月7日 アルバイト
「あ、そうだ。紫苑、叔父さんとこのバイトが辞めて人手不足だっていうから、手伝いに来てって言ってたわよ」
学校から帰ると、母が紫苑に声をかけた。
「……わかった」
紫苑が無表情のまま淡々と答える。
「何? バイトするの?」
「……だから、なんで帰宅早々、俺の部屋にいるわけ?」
「いいじゃん、どうせ後でゲームと勉強するんだし。……で、バイトするの?」
紫苑のベッドでゲームをしながら尋ねる。
「母さんの兄……叔父さんが飲食店やってて、バイトが辞めたから、次が見つかるまで代わりに手伝うの。短期だしバイト代も入るから、行ける時に行ってるだけ」
面倒くさそうに上着をハンガーにかける。
「学校帰りにバイトに行っちゃうの?」
「そうなるね」
「ゲームする時間、減っちゃうね」
「まぁ、バイトするからゲーム買えたりもするんで、頼まれたら行きますよ、俺は」
「じゃあ、私もバイトするよ」
「はぁ?」
「来たるべきハンモン拡張版を、自分で稼いだお金で買う。あと、おやつなども少々……」
「別に、叔父さんに頼んでやってもいいけど、想像してるのとは違うと思うよ……」
*****
バイト初日。
紫苑に連れられて行ったお店は、昔ながらの居酒屋といった感じだった。
「紫苑くん、ありがとうね。すぐ次のバイト決めるから、しばらくお願いねー。あ、絵梨花ちゃんも久しぶり。手伝ってくれるの? ありがとねー」
紫苑の叔父さんは、接客業にピッタリの明るいノリの人だった。
さすがはこの家系の遺伝子、おじさんなのにイケメンだ。
ということで。
更衣室で制服(……といっても、お店のロゴ入りTシャツなのだが)に着替える。
飲食店といえば、かわいい制服のウェイトレスを想像していたのだけれど、ここはまるで体育系の部活のようだ。
別にそれが不満というわけではないけど。
確かに想像とは違ったよーー紫苑くん。
メニューが多い!
そして、今時、注文を取ったら紙に書くタイプのオーダー。
できた料理をテーブルに運び、清算と言われたら、レジを打つ。
なにこれ、忙しすぎるでしょ。
私は、飲食店でのバイトをしたことがない。これははっきりとわかる。
こんなにしっくりこないことなんて、ないもの。
たまにオーダーをミスったり、酔っ払いに絡まれたりしながら、初日は終わった。
「……想像以上に忙しかったぁ……」
いつもは動かさない筋肉を酷使したせいか、歩くのも辛い。
「ほら、言ったろ……お前、体弱いんだから。別に辞めてもいいんじゃない?」
心配してくれているようだ。
「いやだ。やると決めたことを1日で辞めるとか、私のプライドが許さない。忙しかったけど、なんか楽しかったから、明日も頑張るよ」
ジョッキを運びすぎてガクガクになっている右手で、かろうじてピース。
「以前のお前だったら、バイトどころか接客すらできなかったよね。本当、人が変わりすぎてて笑うんだけど」
いつもの無表情とは別人のように笑う紫苑を見て、私もちょっと嬉しくなった。
「……今日は、もうゲームできないね」
これだけは、とても残念だと思った。
*****
バイトを始めて、早5日目。
金曜日ということもあり、いつもにも増してお客さんが多い。
目の回るような忙しさの中、酔っ払いグループの席にお酒を運ぶことになった。
「お姉さん、いくつ?」
「すみません、お答えできません」
「若いねぇ」
酔っ払いの手が、一瞬お尻に触れた。
その瞬間、持っていたジョッキを落としそうになったが、こぼすと迷惑になると思って堪える。
「お客様〜、やめてください〜(怒)」
苦笑いでかわすも、その瞬間、何かを思い出した。
ーーあ、こんなことが、昔、あったような気がする。
いつ? どこで?
飲食店のバイトなんて、したことないのに。
おじさんーー酔っ払い?ーーセクハラ? パワハラ?
何だか嫌な気持ちが頭の中をぐるぐる回る。
「……おい!」
ハッと気付くと、紫苑が私の右手首を掴んでいた。
「……えっ? 何?」
「もうお前、皿洗いだけでいいから」
「え? なんで?」
放心状態で、何のことを言われているのか、わからなかった。
「あの客のことは叔父さんに言っといたから。後は、もう裏でいいって」
あの客?
ーーあぁ、セクハラおじさんのことか。
「わかった」
ーーあれ? さっき?
嫌な感情トリップで固まっていた時、
紫苑が「お客様、やめてください」と、私をここまで引っ張って連れてきてくれたような?
ぼんやりしていたから、定かではないけれど。
後は、やや放心状態のまま皿を洗い続けて、バイトが終わった。
「紫苑くん、今日、ありがとね」
「……別に。酔っ払いには俺が行くべきだったと思っただけだし。……やっぱり、もう辞めたら?」
なんだかんだ言っても、優しい兄なんだよね。
「辞めないよ。ここまできたら最後までやるよ。次に変なお客さんが来たら全部任せるから、よろしくね」
「いや、それも面倒なんだよ……」
新しいバイトが入ったので、私たちの闘いは、9日間で終わった。
ささやかなるバイト代と共に、紫苑とは、同じ困難に立ち向かった戦友のような関係が築けたーーと思う。




