第13話 1月29日 家庭(内)教師
「紫苑くん、携帯ゲーム機、ありがとね。やっぱり、自分のデータでやり込まないとね」
私は、自分用にゲームソフトを買った。
そして、新作が出る度に買い替えるという紫苑から、もう使わなくなった型落ちのゲーム機を譲ってもらったのだ。
これで、心置きなく遊べるってものよ。
「……で、なんでお前が俺の部屋に入り浸ってんの?」
「いいじゃん。兄と遊びたいんだよ。ね、これ手伝ってよ」
紫苑のベッドに寝転がりながら、足をバタバタする。
絵梨花のための「仲良し妹作戦」を実行中でもある。
ーーどうだ、この自由さ! いかにも妹らしいだろう?
絵梨花の望む妹像がどんなものかはわからないけど、私が独断で考えた妹イメージで行くから、文句言わないでね。
「別にいいけどさ。そのバタバタはやめろ」
紫苑はPCデスクの椅子に座ったまま、呆れたように言った。
「兄と遊べるのが嬉しいんだよ」
紫苑の呆れ顔を流しつつ、ゲームに興じる。
ゲームが楽しいっていうのは、本当だし。
紫苑は協力プレイでのフォローが上手なんだよね。
かゆいところに手が届くというか、私の動きを理解した上で動いてくれるから、とてもやりやすい。
「別に、いいけどさ……」
紫苑から、やや気まずそうな声が聞こえる。
「ん? 何か言った?」
ーー今、いいところ。もうすぐ倒せる。
「お前、なんでかわからんけど、成績良かったじゃん?」
「んー、そりゃあ……まぁ」
ーーよし、クリア。
「俺に、勉強……教えてくれない?」
「え? えぇ!?」
驚いてベッドから飛び起きた。
「今年は受験生じゃん? そろそろ本当に進路を決める時期っていうか……今のままじゃ、どこにも行けないからさ。特に数学がヤバイ……」
あの紫苑が私に頼み事をしてくるなんて。
良好な人間関係が築けてきたのでは!?
「もちろん! 私でよければ教えるよ!」
妹として兄のお役に立てるなら、お安い御用だよ。
「それで、どこらへんがわからないの?」
「……わからないところが、わからない」
いつもは頼れる兄なのに。
少しだけ恥ずかしそうな紫苑に、弟のような可愛さがあった。
なんだこの気持ちーー言葉では言い表せないけど、なんだか胸が騒がしい。
「じゃっ……じゃあ、今までのテストやプリントを一からやり直していこうか。教科書や参考書もいいけど、今まで点が取れなかった問題をそのままにしているのが良くないよ。特にテストなんて、生徒に解かせる問題をよく考えて作られているんだから……」
ーーなぜ、こんなことを言ったのか、自分でもわからない。
当たり前に発してきた言葉のように、勝手に口から出てきたのだ。
「どこの受け売りだよ」
「テ、テレビ! そう、この前、テレビで言ってたんだよ」
理由がわからなくて、慌てて架空のテレビ番組のせいにした。
ーー時々、自分の言動が、本当に高校生のものなのかと戸惑うことがある。
「とりあえず、最初からやってみようか」
今までのテストやプリントを全て出し、古いものから順番に、正解も不正解もなく解かせていく。
答え合わせをしながら、どこが理解できていないのか、どう考えれば理解できるのかを確認する。
苦手部分を取り残したまま先に進むのは良くない。
ミニテーブルの向かいに座り、真剣に問題に取り組む紫苑を見つめる。
やっぱり、紫苑は本当に綺麗な顔してるんだよね。
絵梨花は、顔だけを好きになったわけではないと思うけど。
無愛想で塩対応なくせに、実は優しいもんね。
絵梨花の気持ちはわかるというかーー
でも、わかってはいけない気持ちというか。
絵梨花、本当に難儀な恋をしたものだ。
「……何?」
紫苑が、ふいに顔を上げて私の方を見る。
少し表情が緩んでいるのが、気を許してくれたようで嬉しい。
「ううん。できてるかなって思って」
嬉しい気持ちで笑顔を返す。
「ここは、この公式を、こう当てはまるといいよ」
「ここに補助線を入れたら……」
「これとこれは比率が同じだから……」
紫苑が解けなかった問題を、思考を妨げない程度にフォローする。
「お、なんかわかってきたかも!」
少しずつでも解けるようになっていく様子を見ると、教えて良かったと思える。
「あー、もう限界」
気が付けば、勉強を始めてから三時間が経っていた。
「こんなに長時間勉強したの、高校受験以来かも」
紫苑が充実した顔で、背伸びをしている。
「おつかれさま。よく頑張りました」
ーー私は、人のこんな顔を見るのが好きなのかもしれない。
「勉強ってね、コツを掴めるとどんどんわかるようになるから、毎日少しずつでも続けることが大事だよ?」
「はいはい」
最後に、紫苑が私に言った。
「お前、教師に向いているんじゃない?」




