2.旅立つまでのあれこれ1
その日から、私は臥せっていることにして家に籠もった。
「エリオット!お父様に許可をいただいてきたわ!」
るんるん気分で声を掛けると、エリオットは一瞬目をまん丸くしたあと、とても嬉しそうに笑った。
「では、これから旅立つ準備を始めましょうか」
「まずは引っ越し先を決めようと思うのですが、何かご希望はありますか?」
「…自然に囲まれて暮らしてみたいの。木や草花、野生の動物に囲まれていられるような場所」
自然はいい。邪念や欲がなくて、触れていると心が浄化される。
「…でしたら、先日山の中で小さな家を見つけたので、そこはいかがでしょう?少し修理して掃除すれば充分暮らせるようなところです」
「わぁ、素敵ね!」
エリオットは、家の様子を見るために出かけていった。
「お嬢様!」「家を出られるというのは本当なのですか?!」メイドたちに詰め寄られた。
「ええ、身分も何も捨てて自由に生きるわ」「エリオット様を連れて行かれると伺いました」「そうよ」
彼女たちの周りに幻影の花が舞った。「お嬢様…素敵です……」「どうか末永くお幸せに…!」「私達もできる限りお支えいたします!」
…彼女たちがなぜこんなに嬉しそうなのかが分からない。けど、協力してくれるのは助かるし、素直に嬉しい。
「みんな、ありがとう」
さて、旅立つ準備とは言ってもどこから手を付ければいいのか分からない。今までは全て屋敷のみんながやってくれていたからだ。
「わたくしは何をどうすればいいのかしら…」
今まで、旅行に行くことはあっても、引っ越すこと、ましてメイドを連れずに行くなんていうことは考えられなかった。けれど、これからの生活ではそうはいかないのだ。みんなに頼らずにやっていけるようにならなくては。
「ねえ、山で生活するのにいい服って、どんなものかしら?」「そうですね、ひとまず今あるようなドレスでは、そこかしこに引っかかってしまうので向かないと存じます」「装飾のない、シンプルなワンピースがいいのではないでしょうか?」「私の実家は農家なので、いい感じの服があるのではないかと思います!………お古になってしまいますが…」「とてもありがたいわ、良ければお願いできる?」「はいっ…!」
「あ、そうだ」「どうなさいました?」「髪も切ったほうがいいわよね?」「「「……………」」」メイド一同、沈黙。
…でも、髪のお手入れはいつも手伝ってもらっているし、自分ひとりでは到底できないと思うのよね…。
「ううう…もったいのうございます……」「こんなに美しい御髪ですのに……」「貴族の立場を捨てるのですもの。悪目立ちしてしまうでしょう?」「それは否定できませんが……」「せめて、どうか!どうか、お屋敷を去る直前までは切らないでくださいませ!!」「……分かったわ」
「これからは、お料理やお掃除もできなくてはいけませんから、どうか教えてくださいませ」私は、厨房に入り浸って基礎から料理を教えてもらった。また、メイドに掃除を教わったりなど、忙しく過ごした。
…こんなにやることがたくさんあるのって、いつぶりかしら。
ふと在りし日の皇太子妃教育を思い出した。
やれと言われたことは全て完璧にやった。先生にも優秀だと褒めていただいた。
それでも、肝心なこと ―アリウス様の心を掴むこと― は、最後まで達成できなかった。
…わたくしは、ずっと婚約者としてアリウス様のことを考え続けていた。けれど、愛せなかったからこうなったのでしょうね。
未練なんかはないつもりだけど、少しくらいブルーになるのは当然ではなかろうか。
でも。失ったものもあるけど、得るものもある。私は大丈夫だ。
たしかに大変だけれど、これは自ら望んだことのためなのだから。
今この瞬間は、あの時とは比べ物にならないほどにやりがいに満ち溢れていた。