牛、宙ぶらりん
やぁ、みんな。こんな夜遅くにすまない。僕は牛だ。
突然だけど、君たちは映画や漫画で、UFOがやってきて謎の光で牛を吸い込むようなシーンを見たことはないかい?
そうそう、キャトルミューティレーションってよく言われているね。
実は僕は今、まさにキャトられている、つまりキャトルミューティレーションされている真っ最中なんだ。
――なーんてふざけて言ってる場合ではない。
僕は今とてつもなく危機的状況にある。いやキャトられている時点で既に危機ではあるのだが。
なんと、キャトられている途中、ちょうどUFOと地面の中間あたりでなぜかピタッと動かなくなってしまった。僕は宙ぶらりんで放置されてしまったのだ。
キャトルミューティレーションが始まって、もう既に一時間。いっそ早く吸い込んで欲しい。
正直、キャトられた時は少し嬉しかった。元々フィクションでしか見ないシチュエーションで憧れていた節はあったし、そもそも自分はいずれ肉になる家畜の身。本来なら助かる見込みは無いが、誘拐されればまだ生きていくチャンスがあるかもしれない。もっとも、それも宇宙人の目的や気分次第だが。
まさか放置されるとは思ってなかった。30分ほど前、UFOに向かって一回声をかけてみたりもした。
「UFOなんか止まってますよー!」
何も返してくれなかった。
その後も何度か呼びかけたが、結局ダメだった。
ワザとか? ワザとなのか?
せめて中断するなら一旦地面に……いやこの高さで落とされたら間違いなく死ぬ。やっぱりキャトり始めたならキッチリ最後までやってほしい。
なんてことを考えていると、下の方から声が聞こえてきた。
「えっ、何アレ! ヤバくね!」
「マジで! 写真とっとこ!」
下を見ると女子高生が数人、こちらにスマホを向けて立っている。なんだかとてもはしゃいだ様子で、パシャパシャとシャッター音を鳴らしている。
元気なことだ、こっちの気も知らないで。僕はだんだんイライラしてきたので、その女子高生たちに少し嫌みを言ってやった。
「こんな深夜に学生がキャッキャ騒ぐな! 勉強しろ!」
ふっ、これで少しは嫌な気持ちになっただろう。
「えっ何いまの、チョーかわいい!」
「モーって言ったよ! モーって」
――そうだった。人間には僕の声は「モー」としか聞こえないんだった。僕は諦めて下の女子高生たちを無視することにした。
それから更に数時間経って、下にいた女子高生たちが帰った頃のことだった。また、誰かの声が聞こえてきた。
「あのーー」
下を見たが誰もいない。
違う、下からじゃない。声がするのは上からだ! UFOの中からだ! UFOの中の宇宙人が話しかけてきたのだ!
「お! どうした! やっと俺を誘拐してくれるのか? 宇宙の彼方を攫ってくれるのか?」
僕は興奮していた。もう何時間も待たされて心が疲れていた。でも、きっとこれで解放される。
そう、これできっと……。
「あーー、いや、そうじゃなくて」
「ん?」
「なんかUFO故障で動かなくなって、修理頑張ってたんですけど、もうどうしようもなさそうなので、帰らせていただきますね」
「えっ、いやっ、僕は?」
「ごめんなさい。あの、でも、どうしようもないんです。本当に」
「待ってくれ、ならせめて殺してくれ、もうずっと退屈だったんだ、頼む」
「それはちょっと……宇宙法違反なんで……」
「待って! 待ってくれ!」
僕の叫びを無視して、無情にもUFOは彼方へ飛び去っていった。
ニワトリのうるさい鳴き声が響いた。まもなく夜が明ける。僕を宙空に置き去りにして。