7話 エレ愛姫
酒を取りに向かっている中、エンジェリアが、フォルの手を握った。
「フォル、お酒って、エレも飲めるの?エレ、一応成人するくらいは転生後も生きてるよ?」
「じょぉちゃん、酒つぅんは、甘くねぇからな?」
「ふぇ?ならいらないの。エレのお口には甘いもの以外入れちゃだめ」
フォルが何か言う前に、厳つい男が、エンジェリアを説得した。ここにある酒は、中には甘いものもあるはずなんだが、そこは言わないでおく。
エンジェリアが、何でそんなに飲むのと言いたげな表情で、フォルを見る。フォルは、それに対して困った顔で笑うだけだ。
「さて、ゼーシェリオンとゼムレーグがいる手前、ああ言っていたが、話をしよう。本物について知りてぇんだろぉ?」
「ぷみゅ」
「まずは自己紹介だ。と言っても、そろそろフォル辺りは気づいってっか?俺ぁ、トヴレンゼオ。本物の名をもらっただけだが、知ってんだろぉ?」
「似てるとは思ってたけど、それだけだから。流石に、そこまで気づいてはいないよ」
トヴレンゼオというのは、ロスト王国にある原初の樹の名。
――そうなってくると、本物の今に関して、色々と想像はつく。偶然、というわけでではなければ、だけど。
「本物達は、じょぉちゃんの事を知っている。俺たちゃぁ知らねぇが」
「エレの……僕ら全員の事を知りたければ、本物に聞くしかない。って事ね。でも、それだけなら、別にゼロ達連れてきたって」
「だめなの。ゼロとゼムを連れてこないのは、理由あるの。見せてくれるんでしょ?エレ達を育ててくれた人達を」
「そうだ。そのために、二人を置いてきた」
扉を開けると、そこには、二十人。全員眠っている。
「これは、見せられないね」
「ぷみゅ。ゼロとゼムのあの反応。見せられるわけないの」
眠っているのは、データだけ。人の姿なんてそこにはない。今の創造者達は、このデータを元に複製されたのだろう。
「……エレは、いつから、ううん。初めから知っていたの?こうなっているって?」
「知らないよ。エレは、何も知らないの。でも、エレは、世界の……エレを選んだ人の声が時々聞こえるから。気のせいで終わらせたいけど、それが、できないって、気づいたから。その声に耳を向けただけ」
エンジェリアが、データに触れる。
「みんな、自分の意思で、原初の樹に同化する事を選んだらしいの。そう聞こえてくる。言葉で理解するんじゃないから、なんとなく、そうなんじゃないかな。そんな感じにしかエレは分からないけど」
「それは、エレが時々見る夢と関係があるのか?」
「ふみゅ。それは、エレに色々と教えてくれているの。エレにはまだ早いけど、でも、ずっと教えてくれてる。エレがどうして愛姫と呼ばれるのか。世界は、前の、この人達は、何を見てきたのか。いっぱい、いっぱい教えてくれる。エレは、それを無抵抗で受け入れている」
それは、エンジェリアからすれば悪夢なのだろう。その教えられた事が、楽しい事とは限らない。実際、フォルがエンジェリアに夢の話を聞くと、エンジェリアは、崩壊したあとの世界の話ばかりだった。
誰もいない世界で一人でいる。世界が崩壊した。いくつか、未来視の影響で見た夢もあったが、エンジェリアが、夢で教わっていた内容らしきものは、そういうのが多かった。
だが、そうなってくると、疑問点は、ゼーシェリオンとフォルが側にいる時は悪夢をほとんど見ないという事。なぜ、二人がいるだけで変わるのか。
ゼーシェリオンとフォルは、エンジェリアが悪夢を見ないようにとやっているが、エンジェリアに夢を見させている相手からしてみれば、そんな魔法、簡単に破れるだろう。
「……エレ、僕らがいると悪夢を見る機会がかなり減るって言っていたのは?その理由は何かあるの?」
「ゼロとフォルが、エレがこれ以上知りたくないんだよって教えてくれるの。エレは、自分から知らせる事ができないから。エレは、お話できないの。それを知らせる事ができないの。エレは、それを知らないから。何もできない。だから、外部の、ゼロとフォルからの魔法で知らせないとなの」
エンジェリアが、そう言って、フォルの元へ来た。
「……じぃー……ぷみゅ……すやぁー」
エンジェリアが、フォルに抱きついて眠った。
「こんな場所で良く寝れる」
「……良くここまで持ってくれたよ。この子ずっと寝てたよ」
「いつものあれか?エレが寝てると愛姫現象」
「なんだ、そのネーミングセンス」
「それ以外言いようがなかったから。エレはずっと夢の中。なのに、普段のエレは知らないような事ばかり言う。全部知ってるかのような言動ばかりで、そう呼ぶ事にした」
フォルは、眠っているエンジェリアを抱っこする。
「それより、そろそろ戻らないとゼロが寂しがる。目的のぶつ持って早く戻ろ」
「他の言い方あんだろ。何でそんな怪しワード選んだ?」
「それはどうでも良いでしょ」
「そうだな。どうでも良いから、早く行こう」
フォル達は、酒を取りにデータのある部屋を出た。
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酒を持って、ゼーシェリオンとゼムレーグが待つ部屋へ戻った。
ゼーシェリオンは、ぷぅっと頬を膨らませて不貞腐れている。
ゼムレーグは、不貞腐れているゼーシェリオンに構ってアピールしている。
「部屋間違えた」
「おぉ」
「そうだな」
ゼーシェリオンとゼムレーグを見て、フォル達は、部屋を出ようとした。
「あってるー!フォルらぶー!」
ゼーシェリオンが、フォルに飛びつこうとする。フォルは、それを避けた。
「……ぶー」
ゼーシェリオンが、拗ねるが、フォルは無視してエンジェリアをベッドの上に寝かせる。
「ゼロ、諦めてたら?フォルはエレを最優先にするから。ゼロでも敵わないよ」
「ぶー。エレばっかりずるい!ずーるーいー!」
「エレ寝てるから黙って」
「今日はいつにも増してエレ優先が出てる」
エンジェリアは、寝てる時に愛姫現象が起きた時、身体が起きているせいか、寝ていても疲れは取れていないと良く言っている。
少しでも、エンジェリアが、疲れを取るため、ゆっくり寝れる環境を整える。
「……アロマとかあれば……エレにはこれかも」
フォルは、ケープを脱いで、エンジェリアの側に置いた。エンジェリアが、すぐにケープを抱きしめる。
「あとは、怖い夢を見ないように」
夢見を良くする魔法をかけておく。
「……ぶー」
「少し暑いのかな?」
エンジェリアが寝やすいように体温を調整する。
「これで良く寝れるかな」
「ぶー」
フォルは、ぐっすり眠っているエンジェリアを見て、微笑む。
「ぶー」
「どうしたの?さっきから機嫌悪そうだけど」
「……ぶー」
「エレばっかり構っているから拗ねたって」
ゼーシェリオンが、頬を膨らませている事に気づき、ゼムレーグに聞くと、ゼムレーグが、苦笑いで答えた。
「……ゼロ、おいで」
「ぶー」
「めんどくさいな。ゼロ、こっちおいで」
「……ぶー」
フォルは、ゼーシェリオンを呼ぶが、ゼーシェリオンが、こない。
「フォルはエレらぶなんだ。ゼロらぶしてくれないんだ。そうやって、ぎゅぅしてご機嫌取れば、ゼロは単純だから何も気にしなくなるとか思ってるんだ。べー」
「今日は一段と面倒だね。そんな事ないよ。だから、こっちおいで」
「そんなの嘘ってゼロ知ってる。ゼロを騙して良いように扱うつもりなんだ。きっとそうなんだ。絶対そうなんだ。ゼロ騙されない。エレみたいに単純違う」
「だから、そんな事考えてないって。エレの事やってたら、拗ねるってなんなの?」
「……じぃー……てこてこ……ぎゅぅ」
ゼーシェリオンが来て、フォルに抱きついた。
「寂しかった。寝れなかった。でも大人しくしてた。だからなでを要求するんだ」
「はいはい」
ゼーシェリオンの頭を撫でると、満足したようで、フォルから離れた。
「……寝れる時に寝とくか。ゼロ、僕寝るから、酒でも飲んで楽しんでて。ついでにちょっと、残しといて。後で使いたいから」
「みゅ」
フォルは、そう言って、エンジェリアの隣で眠った。