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星月の蝶  作者: 碧猫
6章
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5話 エレの出自


 来た覚えなどない。だが、そこには懐かしさがある。


 エンジェリアを見ると、ぼーっと何かを見ている。


「何見てるの?」


「フォルとフィル。とっても仲良し」


 幼いフォルとフィルの写真。


 この部屋には、フォルとフィルの面影ばかり。ここは、昔フォルとフィルが使っていた部屋なのだろう。


「どうしてここへ」


「ぷみゅ。フォルのお部屋。フィルのお部屋……ぷにゅ。らぶのお部屋」


 エンジェリアが、ベッドの上に行き、布団に潜り込んでいる。


「……まさかこのために連れてきたとか言わないよね?いくら僕とエレの関係と言っても、恥ずかしさはあるから」


「エレ、俺にもやらせろ!」


「しゃぁー!これはエレの特権なの!」


 エンジェリアが、顔だけ出して威嚇している。


「何も、思い出せないか」


「……ここが懐かしい。僕らが過ごしてきた場所で間違いないだろう。でも」


 その記憶は思い出せない。


 エンジェリアが、フォルをベッドの中に招いている。フォルは、エンジェリアの側へ向かった。


「フォル、このベッド、エレねむねむした事あるの。フォルと一緒に、何度も、何度も」


 エンジェリアが、そう言って、フォルに抱きついた。


『おちょとであちょびてゃい』


『僕も、エレとあちょびたい』


 このベッドでの記憶だろう。エンジェリアと一緒に外で遊ぶのを夢見ている。


「……」


「ぷみゅ。創造者様は、大事な事を思い出して欲しいんだと思うの。エレにはそれしか分かんないけど」


「ずっと見ていた。あのお嬢さん達との日々。後悔。その力を持って生まれて、後悔しているか?」


 もし、こんなものがなければ、ギュリエンの悲劇は生まれなかっただろう。幾度も、世界を滅ぼす事などしていないだろう。


 だが、それでも


「僕らが後悔なんてしないよ。あの子に後悔させないよ」


 少し前なら、後悔していたと言っていたのだろう。エンジェリアが、フォルに与えてくれたもののおかげで、それはなくなった。


「なら、話をしよう。愛姫の持つ力の話だ。詳細は話せない。愛姫には酷な事。それでも、負の感情を強めるな。愛を理解させるな。純粋無垢でいさせろ。それさえすれば、愛姫は、その力を使う事なくいられる」


「……愛姫は、僕らとおんなじ。なのに、どうして愛姫だけは、それを知っちゃいけないの?」


「エクシェフィーの血は愛姫には毒。エクシェフィーの血が、愛姫を蝕む。今の王達は、それを防げない。記憶がなければ、抑える方法など分からないだろう。今はまだ、それを使ってないから、こうして外へ出る事ができるだけ」


 エンジェリアはまだ、愛というものを理解していない。だから、愛魔法を使いこなしていない。


 エクシェフィーの血がなぜ、エンジェリアに毒となっているのか。エンジェリアに愛を理解させたければ、最低でも、その原因に関して理解していないとだろう。


「……いつまで経ったとしても、待ち続けるよ」


「記憶が戻らない限り、エレはずっとフォルの言う愛が理解できないんだよ?フォルは、いつまでも、エレに理解されないままなんだよ?それでも、待ってくれるの?」


「だったら、その記憶を取り戻すだけ。ていうか、今までだってどんだけ待ってると思ってんの?記憶にあるだけでも、気が遠くなるような時の中、僕はずっと、君と一緒にいられる未来を待ってたんだ」


 今更、待つものが一つ二つ増えようと、何も変わらない。


「それに、好きっていうのは覚えてくれてるんだ。それだけで、今は十分だよ」


「ぷみゅ。ぎゅぅなの。エレ、いつか、絶対にフォルと同じ感情を与えるの」


「息子のために、きっかけだけは作ろう。明日、その話をする」


 エンジェリアが眠そうにしている。


「エレ、フルーツタルト欲しい?」


「みゅ。フルーツタルトがあれば、お疲れ回復……きっと回復なの」


「って事らしいから、夕食のデザートは」


「愛姫の好物ばかりにしている。愛姫、期待を裏切らないと誓う」


 創造者は、エンジェリアを特別可愛がっているように見える。フォルやフィル、ゼーシェリオンやゼムレーグにも優しさはあるだろう。だが、それとは違う。


 好きな相手と接しているような。それに似ている。


「……あの本に、創造者は妹がいるってあった。その妹は、結婚してすぐ、エクシェフィー家に誘拐された。エレにエクシェフィーの血が流れているのは確か。でも、この子の明らかに異質な血は、エクシェフィーじゃない」


「ほぅ。続けろ」


「この子には、三つの特殊な血がある。一つはエクシェフィー。もう二つは分からないけど、一つは、魔物を引き寄せている。三つの特殊な血が、流れているとなれば、一つは外部から入れられたもの。それがエレに毒となるエクシェフィーの血だとすれば、残り二つが、エレの出自を示すもの」


 使用人はエンジェリアを奴隷や化け物と言っていた。エンジェリアの出自に関して知るのは限られていたのだろう。


「エレの出自が知られてないのは、エクシェフィーに誘拐された後にできた子だから。この子に、創造者の妹を攫ったエクシェフィーの血が流れてる。当然、創造者が良いと言おうと、周りはそれを公表しない」


「ぷみゅ?つまり?エレ分かんない」


「エレは、創造者の妹と誰かの子供。その誰かは、エクシェフィーじゃない。だから、そんなに愛おしそうに見るんじゃないの?この子が、その妹の残した手がかりだから。この子がいなければ、妹に会えないから。そういうのもあるだろうけど、一番は」


「妹の娘が愛おしいと思わない兄ではない」


「認めるんだ」


 エンジェリアが、きょとんと首を傾げている。自分の事だというのに理解できてないのだろう。


「エレに分かるように説明するの」


「今ので十分理解できるだろ」


「ふみゅ?」


「ついでに、それさえ分かれば、この子の魔力吸収量の多さについても、いくつか推測を立てる事ができる。その中で一番可能性が高いのは……エレは、エクシェフィーの実験体だったからとか?」


 エンジェリアの魔力吸収量は異常すぎる。元の体質も多少はあるのだろう。だが、それだけでは説明がつかない。


「ぷみゅぅ。良く分かんないけど、いっぱい色々知ってるフォルがかっこいいの。すきなの。らぶなの」


「話は明日だ。愛姫が望むなら、その話もしよう」


「ぷみゅ?エレはフォルが知りたい事を知りたいの。それに、エレの家族はゼロとゼムだけなの。未来の家族は、フォルとフィルなの」


 理解できないというより、理解しようとしていないのだろう。


 エンジェリアにとっての家族は、ゼーシェリオンとゼムレーグ。それを変えたくはないのだろう。


「エレは、それ以外いらないの。望まないの」


「うん。そうだよね。でも、知っておいて損はないんじゃない?」


 フォルの知りたい事が知りたいと言うのは、エンジェリアの本心ではない。出自に関しては知りたくないのだろう。


「……ぷみゅ。エレは」


「容姿も家も全て武器になるんだ。もし、君がこの先それを武器にしないといけなくなった時のために、ちゃんと知っておくのは良いと思う。認めるか認めないかは別として」


「良いの?認めなくて?」


「ほんとは、認めろって言うべきだろうけど、僕にはそんな事言えないよ。僕らにとって出自は自分の種族と身分を知るもの。それ以外は何でもない。それに、僕だって、知ってはいても、記憶なんてなくて、創造者の血縁なんていまだに信じられないよ」


 そうであるとは知っている。だが、実際に会ったのは初めて。昔、会っていたとしても、そんな記憶はない。


 そんな中、突然出てきた血縁者を受け入れる事なんてできていない。


「……ぷみゅ。エレ、ちゃんとお話聞く。ちゃんと、自分の事知るの」


「うん。ありがと」


「……エレが創造者の妹の血縁。フォルとフィルは創造者の血縁……」


「ゼロ、オレ達はとか考えないでよ」


「考えたくなるだろ!」


 ゼーシェリオンが、瞳に涙を溜めている。


「崩壊の書に書いてあった事だけど、ゼロとゼムは、創造者の相方の血縁らしいよ?」


「今、お嬢さん達を接待しているため、呼べないが、事実だ」


「……じゃあ逆になんで俺だけ……言ってて悲しくなるからやめる」


 ゼーシェリオンだけが、フォル達のように魔法を使えない事だろう。


「フィル、ゼロのあれに関して、どう説明するべきだと思う?期待させすぎるとあとで落ち込みそう。それに」


「そのまま伝えろ」


「……ゼロ、君は記憶にないだけ」


「は?」


「ぷみゅ。エレ、何度か意識あったから知ってるの。あれは敵に回しちゃいけない類なの。一度怒らせれば、全滅させるまで止まらないタイプなの。ぷるぷるだったの」


 エンジェリアが、何かを思い出して怯えている。


「ゼロ、僕が自分から魔力を制限するためにって封じた時、別人格ってわけじゃなくて、抑えが効かなくなっているだけでだけど、エレや君は別人のようって言うでしょ?」


「ああ。穏やか優しいフォルがいなくなる」


「稀にね、あまりに魔力が多すぎて、それをむりに抑えるとそういう症状が出るらしいんだ。君も、いくつか心当たりはあるはずなんだけど」


「……ぷるぷる?……ぷるぷる?……そう言えば、エレが急にぷるぷるしてた時が何度か」


「うん。それだろうね。今も思い出しただけでそうなってる」


 エンジェリアが、フォルに抱きついて怯えている。


「え、エレ、ゼロもフォルもすき。だから、それを制御するって言うんなら、がんばる」


 怯えながらもそう言うのは、知っているからだろう。


「……頼んで、良いか?」


「みゅ。フォルと一緒に面倒見るの。エレじゃないとだめだから」


 エンジェリア以外は、何かあった時に止める事ができない。


 ――そういえば、あの時もエレの言葉でギュリエンだけで止められた。もし、エレがいなければ……


 その世界が滅んでいただろう。


 愛姫という存在の重要さ。それを、再度理解した。

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