5話 エレの出自
来た覚えなどない。だが、そこには懐かしさがある。
エンジェリアを見ると、ぼーっと何かを見ている。
「何見てるの?」
「フォルとフィル。とっても仲良し」
幼いフォルとフィルの写真。
この部屋には、フォルとフィルの面影ばかり。ここは、昔フォルとフィルが使っていた部屋なのだろう。
「どうしてここへ」
「ぷみゅ。フォルのお部屋。フィルのお部屋……ぷにゅ。らぶのお部屋」
エンジェリアが、ベッドの上に行き、布団に潜り込んでいる。
「……まさかこのために連れてきたとか言わないよね?いくら僕とエレの関係と言っても、恥ずかしさはあるから」
「エレ、俺にもやらせろ!」
「しゃぁー!これはエレの特権なの!」
エンジェリアが、顔だけ出して威嚇している。
「何も、思い出せないか」
「……ここが懐かしい。僕らが過ごしてきた場所で間違いないだろう。でも」
その記憶は思い出せない。
エンジェリアが、フォルをベッドの中に招いている。フォルは、エンジェリアの側へ向かった。
「フォル、このベッド、エレねむねむした事あるの。フォルと一緒に、何度も、何度も」
エンジェリアが、そう言って、フォルに抱きついた。
『おちょとであちょびてゃい』
『僕も、エレとあちょびたい』
このベッドでの記憶だろう。エンジェリアと一緒に外で遊ぶのを夢見ている。
「……」
「ぷみゅ。創造者様は、大事な事を思い出して欲しいんだと思うの。エレにはそれしか分かんないけど」
「ずっと見ていた。あのお嬢さん達との日々。後悔。その力を持って生まれて、後悔しているか?」
もし、こんなものがなければ、ギュリエンの悲劇は生まれなかっただろう。幾度も、世界を滅ぼす事などしていないだろう。
だが、それでも
「僕らが後悔なんてしないよ。あの子に後悔させないよ」
少し前なら、後悔していたと言っていたのだろう。エンジェリアが、フォルに与えてくれたもののおかげで、それはなくなった。
「なら、話をしよう。愛姫の持つ力の話だ。詳細は話せない。愛姫には酷な事。それでも、負の感情を強めるな。愛を理解させるな。純粋無垢でいさせろ。それさえすれば、愛姫は、その力を使う事なくいられる」
「……愛姫は、僕らとおんなじ。なのに、どうして愛姫だけは、それを知っちゃいけないの?」
「エクシェフィーの血は愛姫には毒。エクシェフィーの血が、愛姫を蝕む。今の王達は、それを防げない。記憶がなければ、抑える方法など分からないだろう。今はまだ、それを使ってないから、こうして外へ出る事ができるだけ」
エンジェリアはまだ、愛というものを理解していない。だから、愛魔法を使いこなしていない。
エクシェフィーの血がなぜ、エンジェリアに毒となっているのか。エンジェリアに愛を理解させたければ、最低でも、その原因に関して理解していないとだろう。
「……いつまで経ったとしても、待ち続けるよ」
「記憶が戻らない限り、エレはずっとフォルの言う愛が理解できないんだよ?フォルは、いつまでも、エレに理解されないままなんだよ?それでも、待ってくれるの?」
「だったら、その記憶を取り戻すだけ。ていうか、今までだってどんだけ待ってると思ってんの?記憶にあるだけでも、気が遠くなるような時の中、僕はずっと、君と一緒にいられる未来を待ってたんだ」
今更、待つものが一つ二つ増えようと、何も変わらない。
「それに、好きっていうのは覚えてくれてるんだ。それだけで、今は十分だよ」
「ぷみゅ。ぎゅぅなの。エレ、いつか、絶対にフォルと同じ感情を与えるの」
「息子のために、きっかけだけは作ろう。明日、その話をする」
エンジェリアが眠そうにしている。
「エレ、フルーツタルト欲しい?」
「みゅ。フルーツタルトがあれば、お疲れ回復……きっと回復なの」
「って事らしいから、夕食のデザートは」
「愛姫の好物ばかりにしている。愛姫、期待を裏切らないと誓う」
創造者は、エンジェリアを特別可愛がっているように見える。フォルやフィル、ゼーシェリオンやゼムレーグにも優しさはあるだろう。だが、それとは違う。
好きな相手と接しているような。それに似ている。
「……あの本に、創造者は妹がいるってあった。その妹は、結婚してすぐ、エクシェフィー家に誘拐された。エレにエクシェフィーの血が流れているのは確か。でも、この子の明らかに異質な血は、エクシェフィーじゃない」
「ほぅ。続けろ」
「この子には、三つの特殊な血がある。一つはエクシェフィー。もう二つは分からないけど、一つは、魔物を引き寄せている。三つの特殊な血が、流れているとなれば、一つは外部から入れられたもの。それがエレに毒となるエクシェフィーの血だとすれば、残り二つが、エレの出自を示すもの」
使用人はエンジェリアを奴隷や化け物と言っていた。エンジェリアの出自に関して知るのは限られていたのだろう。
「エレの出自が知られてないのは、エクシェフィーに誘拐された後にできた子だから。この子に、創造者の妹を攫ったエクシェフィーの血が流れてる。当然、創造者が良いと言おうと、周りはそれを公表しない」
「ぷみゅ?つまり?エレ分かんない」
「エレは、創造者の妹と誰かの子供。その誰かは、エクシェフィーじゃない。だから、そんなに愛おしそうに見るんじゃないの?この子が、その妹の残した手がかりだから。この子がいなければ、妹に会えないから。そういうのもあるだろうけど、一番は」
「妹の娘が愛おしいと思わない兄ではない」
「認めるんだ」
エンジェリアが、きょとんと首を傾げている。自分の事だというのに理解できてないのだろう。
「エレに分かるように説明するの」
「今ので十分理解できるだろ」
「ふみゅ?」
「ついでに、それさえ分かれば、この子の魔力吸収量の多さについても、いくつか推測を立てる事ができる。その中で一番可能性が高いのは……エレは、エクシェフィーの実験体だったからとか?」
エンジェリアの魔力吸収量は異常すぎる。元の体質も多少はあるのだろう。だが、それだけでは説明がつかない。
「ぷみゅぅ。良く分かんないけど、いっぱい色々知ってるフォルがかっこいいの。すきなの。らぶなの」
「話は明日だ。愛姫が望むなら、その話もしよう」
「ぷみゅ?エレはフォルが知りたい事を知りたいの。それに、エレの家族はゼロとゼムだけなの。未来の家族は、フォルとフィルなの」
理解できないというより、理解しようとしていないのだろう。
エンジェリアにとっての家族は、ゼーシェリオンとゼムレーグ。それを変えたくはないのだろう。
「エレは、それ以外いらないの。望まないの」
「うん。そうだよね。でも、知っておいて損はないんじゃない?」
フォルの知りたい事が知りたいと言うのは、エンジェリアの本心ではない。出自に関しては知りたくないのだろう。
「……ぷみゅ。エレは」
「容姿も家も全て武器になるんだ。もし、君がこの先それを武器にしないといけなくなった時のために、ちゃんと知っておくのは良いと思う。認めるか認めないかは別として」
「良いの?認めなくて?」
「ほんとは、認めろって言うべきだろうけど、僕にはそんな事言えないよ。僕らにとって出自は自分の種族と身分を知るもの。それ以外は何でもない。それに、僕だって、知ってはいても、記憶なんてなくて、創造者の血縁なんていまだに信じられないよ」
そうであるとは知っている。だが、実際に会ったのは初めて。昔、会っていたとしても、そんな記憶はない。
そんな中、突然出てきた血縁者を受け入れる事なんてできていない。
「……ぷみゅ。エレ、ちゃんとお話聞く。ちゃんと、自分の事知るの」
「うん。ありがと」
「……エレが創造者の妹の血縁。フォルとフィルは創造者の血縁……」
「ゼロ、オレ達はとか考えないでよ」
「考えたくなるだろ!」
ゼーシェリオンが、瞳に涙を溜めている。
「崩壊の書に書いてあった事だけど、ゼロとゼムは、創造者の相方の血縁らしいよ?」
「今、お嬢さん達を接待しているため、呼べないが、事実だ」
「……じゃあ逆になんで俺だけ……言ってて悲しくなるからやめる」
ゼーシェリオンだけが、フォル達のように魔法を使えない事だろう。
「フィル、ゼロのあれに関して、どう説明するべきだと思う?期待させすぎるとあとで落ち込みそう。それに」
「そのまま伝えろ」
「……ゼロ、君は記憶にないだけ」
「は?」
「ぷみゅ。エレ、何度か意識あったから知ってるの。あれは敵に回しちゃいけない類なの。一度怒らせれば、全滅させるまで止まらないタイプなの。ぷるぷるだったの」
エンジェリアが、何かを思い出して怯えている。
「ゼロ、僕が自分から魔力を制限するためにって封じた時、別人格ってわけじゃなくて、抑えが効かなくなっているだけでだけど、エレや君は別人のようって言うでしょ?」
「ああ。穏やか優しいフォルがいなくなる」
「稀にね、あまりに魔力が多すぎて、それをむりに抑えるとそういう症状が出るらしいんだ。君も、いくつか心当たりはあるはずなんだけど」
「……ぷるぷる?……ぷるぷる?……そう言えば、エレが急にぷるぷるしてた時が何度か」
「うん。それだろうね。今も思い出しただけでそうなってる」
エンジェリアが、フォルに抱きついて怯えている。
「え、エレ、ゼロもフォルもすき。だから、それを制御するって言うんなら、がんばる」
怯えながらもそう言うのは、知っているからだろう。
「……頼んで、良いか?」
「みゅ。フォルと一緒に面倒見るの。エレじゃないとだめだから」
エンジェリア以外は、何かあった時に止める事ができない。
――そういえば、あの時もエレの言葉でギュリエンだけで止められた。もし、エレがいなければ……
その世界が滅んでいただろう。
愛姫という存在の重要さ。それを、再度理解した。